
週末、お気に入りのファミリーレストランでいつものモーニングを頼む。店内を見渡すと、親子連れや老夫婦、勉強に勤しむ学生、読書を楽しむ壮年の男性など、私を含む市井の人々が各々ゆったりとした休日の朝を過ごしていた。
心地よい穏やかな時間だ。
耳を澄ませると、店内BGMが聞こえてくる。流れていた曲は、SUPER BEAVERの『主人公』。メロディーに覚えがあるのは、音楽番組で何度か耳にしたことがある曲だったからだ。
「知らない場所、知らない人、誰しも脇役で主人公」
SUPER BEAVER『主人公』より
周りの人たちの様子を見てしんみりと感傷に耽っていた気持ちに、歌詞がリンクする。そんなとき、ふと1頭の競走馬を思い出した。
2020年の函館記念を勝ったアドマイヤジャスタだ。
その馬は、嫡流と評するに相応しく
2016年セレクトセール2日目。ジャスタウェイの初年度産駒でもあるアドマイヤテレサの2016は、コーフィールドCを勝ったアドマイヤラクティの半弟として紹介される。そして、新車が買えるような金額が秒単位で上がっていく激しい競り合いの末、1億4000万円でオークショニアのハンマーが落とされた。
やがて、彼はアドマイヤジャスタという馬名で競走馬として登録される。1億円を越える落札額、母や兄と同じアドマイヤの冠、父の名を受け継いだ馬名、どれもこれも嫡流という言葉が相応しいように思えた。例えるなら、『源氏物語』の光源氏や『義経千本桜』の源義経といった具合だ。
つまるところ、アドマイヤジャスタというデビュー前の競走馬が、王道ストーリーの主人公に思えて仕方がなかったのだ。
デビューは宝塚記念デーに行われる芝1800mの新馬戦。例年、その世代の評判馬が集まることが多く、注目度の高い新馬戦だ。これも物語の主人公にはおあつらえ向きの舞台だと言えるだろう。
このレースで2番人気に支持されたアドマイヤジャスタは、スタートの出負けもあってか、後にラジオNIKKEI賞を勝つ8番人気ブレイキングドーンに3馬身放されての2着となる。しかし、人気馬の中では最先着である点や晩成気味の血統背景から、負けて強しと判断する人も多く、依然として高い期待を受けていた。
その後、続く未勝利戦は難なく勝利し、3戦目の紫菊賞でもロジャーバローズに勝利。世代上位の1頭として、評価を順調に上げていった。

ホープフルS - 強大すぎるライバルとの対決
迎えた2歳暮れのホープフルS。1番人気に支持されたのは、エピファネイアとリオンディーズというGⅠ馬2頭を半兄に持つ超良血馬サートゥルナーリアだった。
すでに重賞2勝のニシノデイジーや、一度は新馬戦で後塵を拝することになったブレイキングドーンも出走するなか、アドマイヤジャスタはサートゥルナーリアに次ぐ2番人気に支持されていた。
アドマイヤジャスタ陣営にとってこのレースは、ブレイキングドーンへのリベンジマッチであり、翌年のクラシックにおける主役の座をかけた1戦だったように思う。
──いざ、ホープフルS。
まずまずのスタートを切ったアドマイヤジャスタは、先団に取り付き、道中はサートゥルナーリアの外にぴったりつけるという上々の展開でレースを進めていた。
そして迎えた最終コーナー。この場面でアドマイヤジャスタの鞍上、C.ルメール騎手が見せた手腕には、結果を知った上で当時のレース映像を見ても、思わず「上手い」と声がこぼれそうになる。サートゥルナーリアに対してピタッと蓋をするような進路を取ると、そのまま先頭に抜け出し、アドマイヤジャスタにとって理想的な状況に持ち込んだように見えた。外からはブレイキングドーンが競りかけてくるが、脚色は断然にアドマイヤジャスタの有利に見える。そう、今まさに、2歳王者への道が開かれようとしていた。
しかし、現実はそう甘くはなかった。
アドマイヤジャスタが抜け出したことによって生まれた僅かな進路から、サートゥルナーリアがブレイキングドーンとの間隙を縫って這い出るようにするすると進出。そして、あっという間に先頭でゴールイン。サートゥルナーリアの手綱を握るM.デムーロ騎手は、持ったままだった。しばらくして、掲示板に表示された着差は1.1/2馬身。しかし、それは短いようで遥かに遠い1.1/2馬身に思えた。

ホープフルS以降、サートゥルナーリアはクラシックの主役候補としてこれまでより多くの注目と期待を集めていたように感じるが、思い返してみればアドマイヤジャスタが2番人気という評価に相応しい実力を発揮して2着になったことで、なおさらにサートゥルナーリアの強さを際立たせる結果になっていたのではないかと思う。
活躍するライバルたちの陰で…
3歳初戦のすみれSは、単勝オッズ1.5倍という断然の1番人気に支持されながらも結果は2着に終わる。
迎えたクラシック初戦の皐月賞では、同じ舞台でサートゥルナーリアの2着という実績があるのにも関わらず11番人気。結果も8着と、ホープフルSの雪辱を果たすことはできなかった。
アドマイヤジャスタ陣営が苦杯を舐める一方で、皐月賞馬の称号を勝ち取ったのはサートゥルナーリアだった。また、同じ父を持つヴェロックスが2着と好走したことで、ジャスタウェイ産駒を牽引する存在としての評価も、このときすでにアドマイヤジャスタのもとから離れていたように思う。
続く日本ダービーでも良いところを見せることができず、シンガリ負けを喫した。
このとき、2019年のダービー馬として世代の頂点に君臨したのは、ここまで常に世代を代表する1頭として輝きを放っていたサートゥルナーリア…ではなく、12番人気という低評価からの大逆転を果たしたロジャーバローズだった。

そう、かつて紫菊賞で打ち倒した相手がダービー馬という一生に一度の栄光を手にしたのだ。このときのアドマイヤジャスタ陣営の悔しさというものは、筆舌に尽くしがたいものであったのではないかと推察される。
3歳の夏以降、ブレイキングドーンによるラジオNIKKEI賞での重賞制覇やサートゥルナーリアの有馬記念2着など、かつてのライバルたちが目覚ましい活躍を見せていく中、アドマイヤジャスタは2桁着順を繰り返すという苦しい状況を続けていた。
しかし、アドマイヤジャスタ陣営は距離や舞台を変えながら試行錯誤をくり返していたようにも見えた。それに応えるかのように、アドマイヤジャスタも走り続ける。結果が伴わなくとも、ひたむきに自分の道を駆ける1頭の競走馬の姿がそこにあったように思う。
夏の函館、波乱の立役者アドマイヤジャスタ
復活の兆しは、4歳夏の鳴尾記念だった。ここでアドマイヤジャスタは6着に入線する。掲示板にその馬番を表示させることこそできなかったが、このときの勝ち馬は天皇賞(春)3着から参戦のパフォーマプロミスであり、2着も前年のオークス馬ラヴズオンリーユーであった。そのような高い実績を持つ相手もいる中での1桁着順という結果には、陣営も手応えを覚えたことだろう。
そして、いよいよ迎えたサマー2000シリーズ第2戦の函館記念。かつてGⅠで2番人気に支持されたこともあるアドマイヤジャスタには、単勝オッズ77.3倍の15番人気という厳しい評価が下されていた。
レースは、巴賞を逃げて勝ったトーラスジェミニが早めのペースで引っ張る展開。アドマイヤジャスタは、先行集団を見守るように中団のやや後ろを追走していた。
4コーナーに差し掛かると一気にポジションを上げていき、最後の直線では吉田隼人騎手の懸命な右ムチに応えるかのように加速した。
内で粘るバイオスパークとトーラスジェミニをあっさり交わすと、そのまま先頭でゴールイン。2歳の秋以来、じつに1年9ヶ月の時を経て掴み取った勝利である。また、2着にも13番人気のドゥオーモが入線したことによって、馬連で13万1670円という払い戻しとなる大波乱を演出した。
このとき、SNS上では高配当に対する驚きとともに、アドマイヤジャスタの復活を喜ぶコメントが多かったことを今でも覚えている。もちろん、私自身も外れた馬券を横目にアドマイヤジャスタの復活を喜んだ人間の1人だ。
その日、アドマイヤジャスタが魅せた走りは、かつて多くのファンが夢見たであろう素質が重賞制覇という結果として開花した瞬間であったように思う。いくら敗れようが、ただひたむきに自分の道を歩み続け、ついに一つの栄光を勝ち取ったのだ。
2020年7月19日、波乱に満ちた夏の函館において、彼の姿は紛れもない主人公のように見えた。

写真:Horse Memorys、s1nihs、みき
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