[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]僕たちがYouTubeを続ける理由(シーズン1-16)

毎年恒例となっている、徳武英介氏の新種牡馬インタビューのために、社台スタリオンステーションに赴きました。昨年(2023年)は足首を骨折してしまい、電話取材になりましたので、今年は足元をしっかりと踏みしめながら、何ごとも起こらないことを願って北海道に向かいます。もちろん、取材が終わってからは、碧雲牧場に行って、福ちゃんたちに会うつもりです。

時刻どおりに飛行機は離陸し、新千歳空港からタクシーに乗り、無事に社台スタリオンステーションまでたどり着きました。徳武さんの計らいで、インタビュー前に実際の種付け風景を見学させてもらうことになりました。「ちょうどこれからキタサンブラックですよ」とうながされ、速歩で種付け場に向かうと、僕が来るのを待っていたかのようにキタサンブラックが登場しました。

キタサンブラックはこれが仕事だと分かっているのか、テキパキと種付けをこなし、はいお疲れさまといった具合に、あっという間に去っていきました。他人の繁殖牝馬ながらも、無事に受胎してくれよと願いつつ、1500万円もする種付け料のキタサンブラックをつけている生産者がいることに驚いてしまいます。自分で出すとなったら、否が応でもそのリアリティが分かるのです。金額的にもそうですし、もし生まれてきた仔が奇形であったり、生まれてきたあとも無事に育つかどうかなどの心配を考えると、僕にはとても1500万円の種付け料を出せる勇気はありません。

続いてナダルがやってきました。筋骨隆々というか、岩のようなゴツい馬体を揺らして繁殖牝馬の背中に覆いかぶさり、猛々しく種付けをします。次はダノンキングリー。初年度や2年目は、自身が小柄であり、馬体の大きな繁殖牝馬が来やすいこともあって、種付けに苦労したそうですが、今は上手にこなせるようになりました。一度も繁殖牝馬から降りることなく、一発で決めてくれました。

最後はコントレイルです。これまでの種馬とは少し雰囲気が違います。首を低く下げてみたり、周りの様子をうかがいながら焦らす余裕すらあり、あの有名なストレッチポーズも披露してくれました(分からない方のために、拙著「馬体は語る2」書影を載せて宣伝しておきます)。その場の雰囲気を楽しむかのように十分な間を取ったあと、いざ繁殖牝馬の背に跨ると、フィット感が良くなかったのか、一度体勢を入れ替えます。「コントレイルは奥まで達しないと射精しないのです」と徳武さんは教えてくれます。コントレイルは種付けの仕事が分かっているだけではなく、その目的さえも理解しているようです。己の快楽のために、ただ出してしまう僕とは大違いです(笑)。

インタビュー取材も終わり、碧雲牧場の理恵さんが社台スタリオンステーションまで迎えにきてくれました。今年の出産は全て終わった(福ちゃんを含めて計7頭)のですが、慈さんは今、繁殖牝馬を種付けに連れていくために東奔西走しているそうです。碧雲牧場の繁殖牝馬に僕や他の馬主さん、そして社台ファームの預かり馬も含め、それぞれのタイミングに合わせて、各地のスタリオンに馬運車を運転して行かなければいけません。1回で済む(受胎する)と良いのですが、止まらなければシーズン中に何度も出かけなければならず、ガソリン代はもちろんのこと、往復にかかる時間も計り知れません。僕だったら、1回種付けに行くのにいくらという形で、馬主さんから交通費や手数料を取りたいと思うはずですが、慈さんは嫌な顔ひとつせずに種付けに向かってくれます。

迎えにきてくれた理恵さんにも感謝でいっぱいです。仕事の合間を縫って、福ちゃんの動画の総監督として撮影してくれています。「片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS」を見てくれている方なら分かると思いますが、これだけ馬と距離感の近い映像はなかなかありません。それは碧雲牧場の馬たちと理恵さんたちスタッフの距離感の近さであり、互いの信頼感の証しです。

「1頭の馬に焦点を当てて、生まれた瞬間からここまで撮影してきた映像はこれまでないと思いますし、それがハンデキャップのある馬であればなおさらですね」と話しつつ、「数年後に福ちゃんが大きくなって、競馬場で走ったり、母として活躍したりしたとき、今撮り重ねている映像はより貴重なものになると思います。ひとつの作品として残していきたいと思っています」と僕は理恵さんに伝えました。

福ちゃんが誕生して、競走馬になれないと思っていたときは、何とか生きる道を見つけようと奮闘していました。それこそ藁をもつかむ気持ちで、リアルダービースタリオン方式を実現しようと株式会社ドワンゴに相談に行ったり、クラウドファンディングを提案されたこともありました。YouTubeチャンネルを始めたきっかけも、福ちゃんが繁殖牝馬になるまでは少しでも自分の存在で飼い葉代を稼げるようにしたいという想いからです。しかし、地方競馬場によっては競走馬になれる可能性があると分かってからは、僕の気持ちもそうですし、最初とはコンセプトが違ってきたと考えるようになりました。

競走馬になれるのであれば、他の生産者さんたちがそうしているように、(当歳時は碧雲牧場の好意に甘えさせてもらいますが1歳になってからは)普通の馬として預託料を牧場に払い、育成場にも育成料をかけて鍛えてもらい、入厩してからも月々の預託料を支払ってレースに出走させればよいのです。レースで走って稼げるようになれば、そのリターンは馬主である僕に返ってくるわけですし、その後、福ちゃんが現役を引退し、繁殖牝馬になってからも同じです。セリで売ることは難しいので、自分で走らさざるをえませんが、そもそも牝馬が生まれたら自分で所有するつもりもあったのです。

今となっては、福ちゃんという片目のサラブレッドが生まれてきて、競走馬を目指して頑張る姿を見て知ってもらうためにYouTubeチャンネルは存在します(広告もスパチャも全て外しました)。福ちゃんという馬の生きた記録であり、片目が見えなくても競走馬になれて、活躍できて、繁殖牝馬としても成功できかもしれないことを、ひとりでも多くの人たちに知ってもらうための手段です。福ちゃんの存在を生産者や馬主さんらを中心とした多くの競馬関係者が知ってもらうことで、今までどおり処分されていた馬たちの命がもしかすると助かるかもしれません。

そんな壮大な話だけではなく、1頭のサラブレッドが牧場で生まれ、人間たちの愛情を受けながら、他の馬たちと共に過ごし、競走馬や繁殖牝馬としての仕事を全うする幸せな馬生を競馬ファンに届ける。僕たちがYouTubeチャンネル「片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS」を続ける理由はそこにあるはずです。

(次回へ続く→)

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