生産における配合の難しさは、目の前に誕生する馬が走るようにするか、その先を見据えるか、良いところ取りができないところにもあります。もう少し分かりやすく説明すると、今所有している繁殖牝馬にどの種牡馬をつけると、生まれてきた産駒が最も走る確率が高いかを追求する配合と、生まれてきた仔が牝馬だった場合、その馬が繁殖牝馬になったときのことを考えた配合とでは、全く逆の発想が求められるのです。
たとえば、これから生まれてくる産駒が走る確率を上げるのであれば、現代の日本競馬においてはサンデーサイレンスやキングカメハメハの血を避けては通れません。キタサンブラックやキズナ、イクイノックスなどはサンデーサイレンス系、ロードカナロアやルーラーシップ、ドゥラメンテ(は残念ながらもう配合できませんが)はキングカメハメハ系の種牡馬です。リーディングサイアーの上位から下位に至るまで、サンデーサイレンスかキングカメハメハのいずれかの血(もしくはいずれもの血)を持つ種牡馬でほとんどが占められているのが現状です。彼らの子どもたちはレースに行って走るのだから当然です。
同じことは繁殖牝馬にも当てはまります。牧場で棒を投げれば、サンデーサイレンスかキングカメハメハの血を持つ繁殖牝馬に当たるはずです。生産者も馬主も、走る産駒を誕生させたい、手に入れたいと願えば願うほど、サンデーサイレンスとキングカメハメハの血が市場により多く流通するのです。その流れが加速して、ふと気が付くと、サンデーサイレンスとキングカメハメハの血が生産界に飽和していることになります。かつてはノーザンテーストやその父であるNorthern Dancerであったり、最近ではStorm Catの血であったりします。逞しい血や勢いのある血とはそういうものですね。
一方で、サンデーサイレンスとキングカメハメハの血を持つ繁殖牝馬に、サンデーサイレンスとキングカメハメハの血を引く種牡馬を配合するとインクロスが生じます。過去にも強いインブリードから名馬が誕生していますし、今種牡馬になっているような名馬たちも何らかの形でインクロスを持っている馬がほとんどですから、インクロスが悪いということではありません。今のその国や地域で走っている馬同士をベストトゥベストで配合すると、自然と流行っている血のインブリードが生じるというだけのことだと僕は考えています。
インクロスの是非やどこまでの濃さが許容されるのかという議論はさておき、目の前のことを考えて、走っている血や流行っている血同士を掛け合わせることを続けると、遺伝子のプールが狭くなり、血統的な多様性が失わる方向に進むことは確かです。よく言われるセントサイモンの悲劇が起こった時代とは違って、今はヨーロッパやアメリカ、オーストラリアなどから多くの血が日本の競馬には入ってきていますから、血統の袋小路に陥ってしまうことはないと思いますが、あまりに流行の血ばかりを重ね合わせていくと、どこかで見たことのある金太郎飴のような血統の馬たちばかりになってしまう、つまらなさのようなものを感じるのはたしかです。
たとえば、僕の元にいるダートムーアとスパツィアーレという繁殖牝馬は良血ではありますが、それゆえに良くある血統であり、種牡馬の選択によっては、多様性を失わせてしまう可能性があります。ダートムーアにはクロフネやトニービン、ノーザンテーストという血が入っており、スパツィアーレの血統表にはサンデーサイレンスやトニービン、シンボリクリスエスの名が見えます。サンデーサイレンスとキングカメハメハの血を持たずに中央競馬で4勝を挙げているダートムーアは、血統的にも繁殖牝馬としては有望な部類には入ると思いますが、それでもデピュティミニスターやトニービンの血が入っています。スパツィアーレに関してはサンデーサイレンスとトニービンの血が入っているので、配合には気を遣いますね。ここで挙げた名種牡馬たちの血がインクロスにならない配合になる種牡馬を探すだけでひと苦労です。
3×4までであればインクロスになっても大丈夫、流行の血で血統表が埋め尽くされても、まずは目の前に誕生する馬たちが高く売れて、走ってくれたら良い。先のことは分からないのだから、という考えも間違ってはいなくて、それであれば配合に頭を悩ませる必要はあまりありません。種付け料さえ払えるのであれば、人気の種牡馬を迷うことなく配合すれば良いのです。
ただ、生産者として、自分の生産した牝馬を繁殖牝馬として牧場に戻し、また配合を考えるという一世代先のことを考えたとき、できるだけ多様性のある血統の方が良いなと考えてしまいます。自分がまた絵を描くときのことを考えて、できるだけキャンバスを拡げておきたい、余白を残しておきたい、どんな色でも使って映えるようなキャンバスを用意しておきたいといったイメージでしょうか。
そんな視点で種牡馬を見てみたところ、ナダルは今の日本にはない血を多く持っており、流行の血をほとんど持っていない、面白い種牡馬ですね。馬格もあるわりに動きが機敏ですし、気性も穏やかで扱いやすいと聞いています。産駒たちに馬体の大きさと敏捷性、そして気性の良さが伝われば、日本の競馬にフィットするはずです。前回、パレスマリスの話でも書いたように、気性の穏やかさは日本の芝のレースを走るときに求められるため、もしかすると芝を走る産駒も出てくるかもしれませんね。スパツィアーレと配合すると、Kris.Sの3×4になってしまうので、ダートムーアに対する種牡馬としてベストだと思います。
ダートムーアは第1希望がナダル、第2希望がオナーコードと絞り込まれてきました。
(次回へ続く→)