
2025年7月10日。馬主である小田切光氏のX(旧Twitter)ポストにて、カラテの現役引退が発表された。
49戦8勝。5歳から9歳まで重賞戦線を走り抜けた、遅咲きの名馬であった。
彼は、季節のはざまが似合う馬だった。
木々の緑が色を深める5月、夏の熱が落ち着きはじめる9月──。そのどちらでも、彼は重賞ウィナーとしてターフを駆け抜けた。

■新進気鋭、菅原明良騎手と歩んだ日々
カラテとコンビを組んでいたのは菅原明良騎手。2019年に美浦・高木登厩舎よりデビューし、カラテと出会うまでに中央・地方合わせて60勝以上をあげていた。まさに新進気鋭といった若手騎手──とはいえ、重賞のタイトルにはまだ手が届いていなかった。
カラテと菅原明良騎手の出会いは2020年6月13日の八丈島特別(1勝クラス)。雨が降りしきる不良馬場での開催であったこのレースでは、直線で放たれた菅原明良騎手の鞭に鋭く反応し、逃げ粘りを図るイザラらを大外からまとめて交して差し切ってみせた。この後2勝クラスでは少し苦戦したものの、12月の2勝クラス・1月の若潮ステークスと連勝を飾り、重賞の舞台へ再度駆け上がってみせた。
この人馬の物語が熱を帯び始めたのは、寒さ駆け抜ける2月の東京新聞杯。若き菅原明良騎手と共に掴んだ初めての勲章は、静かに、けれど確かに競馬ファンの胸を打つことになる。
当時、カラテという遅咲きの名は、まるで武士のように黙々と、勝利へと歩みを進めていた。
まだ冬の風情が街を包み込み、冷たい風が頬を撫でる東京競馬場。この日は春を見据えた伝統のマイル戦、東京新聞杯が行われようとしていた。カラテにとっては、3歳の際に出走したフジテレビ賞スプリングステークス以来、約2年ぶりとなる重賞への出走である。
レースではダイワキャグニーが逃げる中、カラテは先団に位置し5番手付近を追走。直線に入り、前を走っていた各馬の伸びが悪く、カラテの進路は無いかと思われた。ただ、先団の馬達が内ラチ沿いに寄ったことと、外を走っていたヴァンドギャルドの末脚が鈍ったことで、カラテの右前に一頭分のスペースがあく。
俊英の若手、菅原騎手はその隙を見逃さなかった。一瞬の間にその間へ駆け込み、馬群を抜け出す。同時に、カラテと馬体を併せた馬がいた。後ろから猛追してきた、カテドラルだ。
同期の2頭の一騎打ち。若手の菅原明良騎手・ベテランの田辺裕信騎手の鞭に両馬は応え、ゴール前は激しいたたき合いとなった。
──軍配が上がったのは、カラテだった。カラテ自身にとっても、菅原明良騎手にとっても初の重賞制覇であった。
■狭間の季節で手にした、復活の勲章
初めての重賞タイトルを手にした後も、カラテは派手な戦績を刻むというわけではなかった。
それでも、ひとつ、またひとつと経験を積み重ねる。それが結実して、ひとつの形を成したのが新潟記念である。まだ夏の余韻が香るものの秋への移ろいを感じさせる風がターフを撫でていた、9月の新潟。
まさにそれは「狭間の季節」。カラテによく似合う季節だった。
この年の新潟記念には18頭が集結。その中には、3年前の新潟記念覇者で、中長距離芝G1戦線の常連であったユーキャンスマイルや、ラジオNIKKEI賞を勝ち進み挑んできた3歳馬フェーングロッテンなどが顔を揃えていた。
多頭数のハンデ戦。決して楽な舞台ではなかった。それでもカラテは、馬群の中で力を貯め、新潟の広く長い直線でその力を開放し、勝利した。

その勝ち方は、非常に鮮やか。
強いカラテが帰ってきた…私たちにそう思わせてくれたレースであった。

■雨中の一騎打ち、そして…
天皇賞秋・ジャパンカップと秋のG1レースを2走したカラテ。年明けの1戦目に陣営が選んだのは新潟大賞典であった。新潟記念での勝利の他にも、関谷記念で2着に入るなど、カラテが得意としていた競馬場でもある。
当日の新潟は雨。不良馬場での開催となった。カラテと菅原騎手が初コンビで制した、八丈島特別にも似た空気だった。
セイウンハーデスが先手を取ったこのレースは、スタート後すぐに縦長の隊列となった。カラテは前目の5番手につけ、虎視眈々と前を狙う。後ろにはモズベッロやハヤヤッコらも控える中、4コーナーから直線へ入った所で彼らはスパートをかけた。最内にいたカラテがするすると伸びていく。残り400mを通過した際に後続はもう離していた。前を行くセイウンハーデスとの一騎打ちの幕開けである。
逃げ残りを図るセイウンハーデスと津村明秀騎手。追うカラテと菅原明良騎手。得意の距離で初の重賞を狙う若き駿馬と、得意の競馬場で重賞3勝目を狙う遅咲きの古豪。
残り200mを通過する。完全に2頭のマッチレースだ。カラテが徐々にセイウンハーデスに距離を詰め、並びかける。ただ、セイウンハーデスも譲らない。雨で荒れた馬場の中を、2頭が激しく叩きあう。
徐々にカラテがセイウンハーデスを突き放す。ハナ差、アタマ差、クビ差、半馬身差……。そして、3/4馬身離したところがゴールだった。

泥だらけになりながらも、まさに人馬一体でつかみ取った勝利。
思い返せば、いつもひたむきに走っていた馬であった。そのひたむきさを積み重ねた結果が、49戦という戦績に表れているのだろう。
正直なことを言えば、初勝利をあげた小倉の地で節目である50戦目を走るのを見たかった、という気持ちはある。しかし、カラテはこれからがある馬なのだ。
これからのカラテの未来はまだまだ無限にひらかれている。どうかひたむきな彼が、いい余生を過ごせるよう、いちファンとして、切に願うばかりだ。
ありがとう、カラテ。

写真:かずーみ