![[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]サプライズプレゼント(シーズン1-62)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/08/20250907.jpg)
ダートムーアの今年の出産予定日は3月29日でしたが、4月に入っても産む気配がありません。予定の数日前にはまだお乳も張っておらず、もちろん乳ヤニもついておらず、4月を過ぎて3日経っても少しお乳が張ってきてはいるものの、乳ヤニはついていません。ダートムーアは乳ヤニがついてからは早いので、奇跡の瞬間に立ち会うためには、慈さんから「乳ヤニがつきました」という連絡を聞いたらすぐに飛行機に飛び乗らなければいけません。
年度始めということもあり、僕も仕事が立て込んでいて、即座に動くのは難しい状況でしたから、出産のシーンに立ち会うことは半ばあきらめていました。それでも予定日を過ぎても乳ヤニがつかないムーア母の様子を見るにつけ、心配は募ります。あまり遅れすぎると難産になる可能性が高まりますし、今年こそは母子共に無事に産まれてきてもらいたいと願うからです。繁殖牝馬として晩年にさしかかってきているため、出産が遅れているのかもと考えたりします。ミーちゃんの母フォーミーが一昨年、出産予定日から1か月経ってもまだ生まれていないと慈さんが心配していたことを思い出しました。
予定日からちょうど1週間が過ぎた日の夕方頃、慈さんから着信が残っていました。ようやく乳ヤニがついたかな、そろそろだなと思いながら折り返すと、慈さんはすぐに「治郎丸さん、報告があります」と言いました。まさかもう出産したのではないだろなと思って聞いていると、案の定、「ダートムーアが出産しました! 母子共に無事です。とても立派な仔ですよ。推定60kg以上はあると思います」と返ってきました。「乳ヤニもつかずにいきなり産んだの?」と聞くと、「そうなんです。実は放牧地で産んでたんです。おそらく今日の13時から14時の間だと思います。ちょうどその時、僕は種付けに行っていて、戻ってきたら1頭増えていて驚きました」と教えてくれました。
「野生の馬か!」と思わずツッコミを入れたくなりましたが、僕は平静を装って、「そういうこともあるんですね?」と聞いたところ、「決して珍しいことではないですよ。うちの牧場でも今まで何頭かありました。前兆がないまま産むタイプの繁殖牝馬には起こり得る話ですが、ダートムーアは今までは乳ヤニがしっかり付いてから産んでいたのでびっくりしましたよ」と慈さん。繁殖牝馬だけの放牧地にいきなり親子が現れたのですから、それはたしかに目を疑ったことでしょう(笑)。
「僕が見つけたときには、すでに仔馬は立ち上がり、母乳を飲んでいました。初乳は仔馬に免疫力をつける働きもしますので、念のためダートムーアの乳の濃度を測ってみたら28ぐらいの数値があって、これにも驚きました。かつてフォーミーやマンデゥラのそれを測ったときは18とか19でしたから、ダートムーアは高齢の繁殖牝馬としてはかなり母乳の濃度が高く、仔馬にとっては良いことです。ただ、自然出産によって、へその緒等からばい菌が入って感染したりしていないか確認するため、念のため血液検査をしておきますね」と慈さんはフォローしてくれました。
ダートムーアの乳の濃度の高さもそうですが、誰の手も借りることなく出産したことに、僕は何よりも驚きを感じました。お腹が苦しくなって、横に倒れ、そのまま何度かいきんでいるうちに、スルッと出てきたのでしょうか。昨年の福ちゃんのお産シーンにて、最後は慈さんが少しだけ手伝って引き出したのを覚えていますので、全くの自力で生んだことが凄いと思えます。仔馬はもちろん、ダートムーア自身も至って無事とのことですから、最高の安産であったと考えることもできますね。
ふと気になって、「へその緒はどうなったんですか?切らなくて大丈夫だったのですかね?」と尋ねたところ、「馬は出産したあと、仔馬が動いたり、母馬が立ち上がったときに自然と切れるものです。その際、へその緒から血が出て、ばい菌等を外に排出します」と教えてくれました。人間の出産のように、へその緒は切るものだと思っていたのですが、そうではないようです。
ここまでのやり取りの中で何も言及がなかったので安心していたのですが、いちおう慈さんに聞いてみました。
「両目とも問題ないですかね?」
慈さんは間髪入れずに「大丈夫です」と答えてくれました。たとえ今年も片目で生まれてきたとしても、普通の馬と同じように生きられて、競走馬になれることを僕はもう知っていますので、大した問題ではないとは思っているのですが、それでも両目が見えると聞いて、良かったと思いました。それ以外の部分も全く問題なく、至って健康だそうです。昨年の福ちゃんのことなどがあり、サラブレッドが母児共に健康に産まれてくることがどれだけ幸運なことか身をもって感じましたので、ここまでの報告を受け、僕は幸せな気持ちに浸っていました。
「唯一、残念なことは、出産の動画が撮れなかったことですね」と慈さんは言います。福ちゃんの弟か妹が生まれてくるシーンを僕も観たかったですし、YouTubeチャンネルの視聴者さんもそうだったはずですが、仕方ありません。誰も観ていないところで産んだのですから、記録は残っていないのです。もしかすると、ダートムーアは今年くらいは静かにひっそりと産みたかったのかもしれませんね。
来週には福ちゃんやダートムーア、そしてとねっ子に会いに行くことができる旨を伝え、電話を切ろうとすると、「雌雄(しゆう)はお伝えしなくてもいいですか?」と慈さんが言います。し・ゆ・う? とすぐには理解できませんでしたが、そう言えばオスかメスか聞いていなかったと思い、身構えます。
無事に産まれてきてくれたら、正直どちらでも良いと思っていましたので、「どうしようかな、来週そちらに行ったときまでのお楽しみで」と答えました。「分かりました。おしっこのシーン(の動画)を観なければ、オスかメスか分からないと思いますので、来るときまでの楽しみにしておいてください」と慈さん。
電話の最後に知ったのですが、この日は慈さんの妻の理恵さんの誕生日だそうです。お祝いは何にしようかねと相談していたところ、ダートムーアが放牧地で出産をしたとのこと。理恵さんに「誕生日おめでとう!」とLINEを送ると、「ムーちゃんママから誕生日プレゼントをもらいました」と返ってきました。「突然のプレゼントでごめんね」とさらに返すと、「サプライズ大好きなので」と。もしかすると、ダートムーアは理恵さんの誕生日まで待って、サプライズでプレゼントしたのかもしれません(笑)。
さらにさらにこの日は福ちゃんの声を担当してくれている女性の誕生日でもありました。理恵さんの誕生日と福ちゃんの声の人の誕生日が同じであることが判明し、さらにその日にダートムーアの25は生まれてきたのです。縁を感じないわけにはいきません。この世界は不思議なことばかりです。
来週、福ちゃんの弟か妹に会いに行きます!

(次回へ続く→)