![[追悼・ナカヤマフェスタ]あの日、ロンシャンの直線で夢を見た](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2021/03/image-561.jpeg)
信じたくないニュースが飛び込んできた。
2026年8月23日、ナカヤマフェスタが天国へ旅立ったという。20歳だった。
ナカヤマフェスタが競走馬を引退し、うらかわ優駿ビレッジAERUで穏やかに暮らしている様子を見かけるたび「元気でいてくれるだけでいい」と思っていた。訃報が届く数日前には、8月上旬からナカヤマフェスタが体調を崩していることを知らせるAERUのX公式アカウントの投稿があり、多くの心配や励ましの声が届いていた。私も、フェスタに一日も早く元気になってほしいと強く願っていた一人だった。フェスタは必ず元気になると信じていたので、まさか、こんなに早くお別れの時が来るなんて。信じたくないし、信じられないというのが本当のところだ。

私にとってナカヤマフェスタは「競馬のロマン」そのものだった。
父ステイゴールド、母ディアウィンク。セレクトセールにて1000万円で購買され、祝祭日を意味する「Festa」と名付けられたナカヤマフェスタ。決して王道の血統というわけではなかったが、デビュー戦を勝利、そしてデビュー2戦目での重賞初制覇と、父ステイゴールドを愛する者にとっては、絶大な期待を寄せざるを得ない、注目の一頭だった。
2009年のクラシック戦線はひたすらにナカヤマフェスタを応援し続けた。特にダービーでは、後方から4着まで一気に追い上げた最後の直線に夢を見た。この子ならば、何か大きなことを成し遂げてくれるのではないか。そんな思いが浮かんだのもこの時だった。
続く菊花賞、中日新聞杯と大敗を喫するも、翌年4月、始動戦となったメトロポリタンSを制し、そして迎えたのがあの衝撃の宝塚記念だった。
絶対女王ブエナビスタをはじめ、前年の覇者ドリームジャーニー、最後の直線で夢を見たあのダービーを勝利した同世代のロジユニヴァースなど、グランプリに相応しい好メンバーが揃ったこともあり、ナカヤマフェスタは8番人気。それでも当然、フェスタを応援する気持ちは揺るがない。
スタートを切り、中団に位置を取ったナカヤマフェスタを息を呑んで見守る。向正面では、外から上がってきたフォゲッタブルに合わせるように落ち着いた様子で徐々に前へと進出をはじめる。4コーナーで外目を回り、良い手応えで上がってくるフェスタ。その勇姿に全身が震える。
最後の直線は、あっという間だった。前で競り合うブエナビスタとアーネストリーへ、一完歩ずつ差を縮めるナカヤマフェスタ。心臓が飛び出るのではないかというほどの緊張感と興奮の中、フェスタは前を行く2頭を抜き去り、先頭でゴールを駆け抜けた。
「フェスタが宝塚記念を勝った!」
フェスタの初GⅠ制覇。それは私にとって何よりの喜びで、心より待ち望んでいた瞬間だった。

そして迎えた秋。ナカヤマフェスタは、ヴィクトワールピサと共にフランスへと向かった。
宝塚記念勝利後に明かされた、凱旋門賞へ挑戦するというビッグニュース。
驚きはしたが、本当に出走するのであれば、全力で応援するのみだ。
凱旋門賞の前哨戦であるフォワ賞に出走し2着と、手応えの感じられる結果に期待が高まる。もしかしたら、もしかするのではないだろうか。いや、それよりもまずは無事に走って日本に帰ってきてほしい。そんな思いが交錯する。凱旋門賞勝利は日本競馬の悲願だったが、私にとってはずっと応援してきたナカヤマフェスタの一世一代の大舞台であり、愛する父ステイゴールドの夢の続きのようにも思えていた。
だから、ゴール前でのワークフォースとのあの叩き合いには、魂が飛び出るのではないかというほど叫んだ。叫んで、叫んで叫んで。日本調教馬ではエルコンドルパサー以来となる、内国産馬では初の凱旋門賞2着。アタマ差届かなかった凱旋門賞馬の称号。遠征に関わった「チームすみれの花」のみなさまへの感謝。レース後は様々な思いが込み上げ、そして何よりフェスタへの「お疲れさま」と「ありがとう」の気持ちで、涙を拭った。
ナカヤマフェスタは、翌年も凱旋門賞に出走した。私はフェスタを応援するため、映画館で行われたライブビューイングに参加した。結果はナカヤマフェスタは11着、共に出走したヒルノダムールが10着に終わったが、ファンのみなさんと共に、大画面でフェスタの最後の走りを見届けられて本当によかったと良い思い出になっている。
種牡馬としてのナカヤマフェスタも、もちろん全力で応援した。
2018年日経賞を勝利したガンコ。2020年セントライト記念を制し現在は誘導馬としても人気のバビット。まだまだ他にもフェスタの血を引く馬たちの勝利を、無事を、ただ祈り続けた。

種牡馬を引退してからのナカヤマフェスタは、北海道のうらかわ優駿ビレッジAERUで多くの人に愛されながら、のんびりと馬生を送っていた。会いに行くことは叶わなかったが、フェスタがAERUで穏やかに暮らしているという話を聞くたびに、あの宝塚記念で、凱旋門賞で絶叫したことを思い出し、なんだか温かい気持ちになっていた。
ねえ、フェスタ。
あの日、ロンシャンのターフで世界中の視線を釘付けにした君の姿は、私たちの心の中でいつまでも輝き続けているよ。
楽しいことばかりではない、つらいことも悲しいこともたくさんある。
そんな世界でも、夢を追い続けている限り、フェスタ、君にいつでもまた会えるんだ。
写真:RINOT
