
南部杯といえば、2026年現在、岩手競馬で唯一のGⅠ級競走として知られる。26年で第39回を迎える南部杯は、優勝馬にJBCクラシックとJBCスプリントの優先出走権が与えられる前哨戦の位置づけとなっており、同時に秋ダート界の「マイル王決定戦」となっている。
1988年の創設当時は、北関東以北に競馬場のあった宇都宮・足利、高崎競馬の北関東や、水沢・盛岡、上山、新潟・三条競馬の東北、函館、、札幌、岩見沢、旭川、帯広などのホッカイドウ競馬による地方交流競走「北日本マイルチャンピオンシップ南部杯」として施行されていた。

当初は水沢競馬場で行われていたが、95年にJRAとの交流競走に変わり、96年に現在の盛岡競馬場(通称“ORO(オーロ)パーク”)へ移転して以降は、原則として同場ダート1600mを舞台に、中央、地方を代表するダートマイル戦線の強豪が覇を競い合ってきた。

南部杯の歴代勝ち馬でいえば、スイフトセイダイとともに「SG時代」と呼ばれる岩手競馬の黄金期を築いたグレートホープや、43戦39勝の圧倒的な戦績を残した“岩手の怪物”トウケイニセイ、地方所属馬として26年10月時点で唯一のJRA・GⅠ覇者となっているメイセイオペラなど、90年代の岩手競馬全盛期を象徴した名馬のほか、02年の覇者で、2年連続NARグランプリ年度代表馬の栄誉を手に入れたトーホウエンペラーらが名を刻む。一方で、そのトーホウエンペラー以降、25年までの23年間は、JRA勢がすべての優勝馬に名を連ねている。
豪華メンバーが揃った2010年のマイルチャンピオンシップ南部杯
そんな歴史ある盛岡競馬場の名物レース。とくに印象深かったのが、2010年10月11日(月)の盛岡10Rで行われた第23回マイルチャンピオンシップ南部杯である。このレースには、地元の岩手から09年の岩手ダービーダイヤモンドC勝ち含む重賞4勝馬にして、前年6着のマヨノエンゼルと、NHKマイルC4着などJRAの芝で実績を残していた転籍馬アポロノサトリの2頭が参戦。
さらにホッカイドウ競馬から、名古屋所属時に駿蹄賞を制し、東海ダービーでも1番人気(3着)に支持されたこともある5歳牝馬のクロスウォーター、笠松から有限会社ホースケア所有馬で、ここまで重賞2勝のコロニアルペガサスが遠征し、高知からもJRAから雑賀正光調教師のもとへ転入したジョインアゲンとグランシュヴァリエの2頭が出走。3地区から遠征馬が集った。
また、JRA勢がとくに強烈な面々で、3歳時にジャパンダートダービーを勝利し、この年のフェブラリーSでも2着となったテスタマッタを筆頭に、サマーチャンピオンを制したセレスハント、10歳の牝馬ながらすでに重賞10勝を誇っていたメイショウバトラー、前走のジャパンダートダービーこそ6着に敗れたものの、ここまでダート7戦5勝の勢いある3歳馬バーディバーディ、さらに1400m~マイル戦前後に良績があり、前走のエルムSで2着に好走しているオーロマイスターが出走していた。
しかしながら最大の注目は、かしわ記念を連覇し、ジャパンCダート&フェブラリーS連勝。加えて前年の覇者で目下GⅠ級5連勝を含む重賞6連勝中、単勝オッズでは元返し1.0倍の支持を集めたエスポワールシチーの存在で間違いなかった。まさに絶対的な主役である同馬に他の実力馬がどこまで迫れるのか、が焦点となるレース──これが戦前の下馬評であった。
絶対的存在エスポワールシチーにわずかな隙あり
そのエスポワールシチーに隙はなかったのか。同馬は5月のかしわ記念優勝時から約5カ月ぶりの休み明けで、レース直前に発表された馬体重は当時の自己最高となる511キロ。前走から15キロも増えていた。しかも直後に本場アメリカのBCクラシックへの出走を見据えるプランもあり、今考えると重箱の隅を突けば隙がなくもない部分はあった。しかし、それでも格の違いを見せつけてくれる。そんな雰囲気が盛岡競馬場には漂っていた。
大観衆に包まれたレースは、5番人気のセレスハントがじわっと先頭に立った。直後の外を4番人気のオーロマイスター、差なく内からエスポワールシチーが続く。単勝111.3倍の6番人気メイショウバトラーが馬群のなかから顔を覗かせ、すぐ外めを3番人気のバーディバーディ、インから2番人気のテスタマッタが追走し、直後の外から単勝636.3倍の11番人気グランシュヴァリエが続く展開となった。さらに後ろのジョインアゲン以下はそこから3、4馬身と離され、先団7頭はほぼ雁行状態。
第3コーナーに入り、残り600mのハロン棒を過ぎたあたりでテスタマッタが遅れはじめ、さらに後ろの5頭は追走に手一杯。そしてバーディバーディも手応えが怪しくなっていく。一方、外からは高知・雑賀厩舎の秘蔵っ子グランシュヴァリエが楽な手応えで上がっていき、残り400m地点先頭に並びかけると、場内は驚きと戸惑いの入り混じった大歓声に変わった。
しかし、鞍上の吉田豊騎手が手綱を持ったままの状態から、満を持して追い出されたオーロマイスターが、馬場の内めから勢いよく先頭に立ち、外のグランシュヴァリエを突き放す。そしてインから外に持ち出されて追われたエスポワールシチーが2番手に上がり、これを追うが、早めに抜け出したオーロマイスターは、そのままエスポワールシチーの追撃を3馬身振り切り、金星を挙げる。さらに2馬身遅れた3着にグランシュヴァリエが流れ込み、鋭く差し脚を伸ばしたメイショウバトラーが4着。本命の敗戦と超大穴の激走で3連単は131万2650円を記録し、馬単は4070円、3連複は7万2220円の好配当となるほど、2010年の南部杯は大波乱の結末で幕を閉じた。
馬名通り「オーロマイスター」となった瞬間
オーロ(ラテン語で「黄金」)のマイスター(ドイツ語でチャンピオン)がOROパーク(スペイン語で「黄金の」競馬場)を見事に攻略し、1分34秒8のコースレコードで重賞初タイトルをGⅠ級勝ちで決めた。
一方、まさかの2着に敗退したエスポワールシチーは、レース後に管理する安達昭夫調教師が「次(ブリーダーズC)を考えた仕上げで余裕を残していました」とコメントしたように、たしかに仕上がり途上だったのかもしれない。
しかし、それだけでこれまでヴァーミリアンやカネヒキリ、サクセスブロッケンといった猛者を相手に実績を残してきたダート王者が3馬身差で敗れた理由にはならない。実際に、同馬はその後に予定通りBCクラシックへ遠征し10着に完敗するも、12年と13年に南部杯連覇を達成して同レース3勝目を挙げて雪辱を果たしている。
この日の南部杯は、オーロマイスターのために用意されていたような舞台であった。改めて同馬の戦歴を見返すと、デビュー当初にみせた芝をもこなす軽快なスピード能力に加え、ダートに転向しても1400〜1800mに良績が集中している。実際にレースでは直線早めにゴーサインが出されて、瞬時に抜け出し、エスポワールシチーらを置き去りにした。そしてその勢いはゴールまで衰えることはなかった。
レース後に管理する大久保洋吉調教師が「距離も左回りもこの馬には合っていた」と語れば、鞍上を務めた吉田豊騎手も「(早めに先頭に立ったが)ソラ(気合が抜けること)を使いませんでした」と話していたように、まさに馬自身が旬を迎えた時期に、左回りのダートマイルという絶好の舞台が巡ってきた。すべてが嚙み合った先に生まれたのが、絶対王者を3馬身突き放すレコード勝ちだったのである。
写真:TOM、マ木原
