[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]横断幕(シーズン2-41)

前夜祭当日、理恵さんを羽田空港まで迎えに行き、川崎競馬場まで案内します。京浜急行線に乗って川崎駅まで行き、そこから京急大師線に乗り換えて港町駅で降り、徒歩3分で競馬場まで到着です。川崎競馬場は羽田空港からのアクセスが良く、船橋競馬場に比べて、遠方から来る人にとっては来やすい競馬場です。

福ちゃんのデビューの舞台を船橋から川崎競馬場に変更したとき、「川崎の方が行きやすい」という声が多かったのは、そういう理由もあるはず。港町駅を降り、川崎競馬場に面する大通りで信号待ちをしているとき、「都会だあ!」と初めて修学旅行で東京に来た田舎の中学生みたいな台詞が理恵さんから出てきて、僕からするとこの景色のどこが都会なのか、むしろ郊外っぽい気がするがと思いつつ、理恵さんからするとこれが都会なんだなあと妙に感心しました。

僕たちが貴賓室に到着すると同時に、チーム福ちゃんの皆さまも続々と来室されました。15時から20時まではいるので、お好きな時間に来て、お好きな時間にお帰りくださいとアナウンスしていたのですが、皆さんかなり入れ込み気味で、前進気勢の強さが伝わってきます。

ルリモハリモのデビュー戦から来てくれている、ハナケイエールさんやユーコさん、ユリ子さん、サンちゃん、ラブペコさんご夫婦に手伝ってもらいながら、出来上がったばかりの横断幕を入口近くに設置することにしました。協賛してくださった方々に、間近で見てもらいたかったのです。綺麗なオレンジ色が出ましたし、何と言っても、ひとつ一つのアイコンがきちんと映っています。自分の象徴がドコフクカゼの横断幕に入り、この先ずっと福ちゃんを応援し続けるのです。しかもこの横断幕にアイコンがあるということは、生まれてきてからデビューするまで福ちゃんを2年半の間、見守ってきたことの証でもあります。

息つく間もなくチーム福ちゃんの皆さまがやってきて、僕や理恵さんと話し、横断幕の中に自分のアイコンを見つけてもらい、貴賓室の中で好きに過ごしてもらいました。この貴賓室はこれまでずっと福ちゃんをサポートしてもらったことに対する、僕からの感謝でもあるので、手ぶらで来てくださいとお伝えしていました。ところが、手土産を持参してくれた方々が多く、僕と理恵さんの手元にはあっという間にお菓子や果物等の山ができあがりました。

福ちゃんのYouTubeチャンネルが始まった頃から思っていましたが、チーム福ちゃんの皆さまからはギブ&ギブの精神を感じるのです。テイクすることなんて微塵も考えていない(福ちゃんからは何もテイクできないので当然ですが)チーム福ちゃんの皆さまのギブの精神には敵わないと思ってしまいます。

僕の横では、ギブの精神の大将である理恵さんが、手作りのオレンジのキーホルダーや日高の馬具ショップ「日胆サドラー」で買ってきた馬型クリップ、そして北海道のお土産として持ってきたお菓子を配って回っています。とにかくこの2日間で、理恵さんは数えきれないほどの福ちゃんファンの方々に、何かを配り、話をして回ってくれました。与え好き、話し好きの理恵さんにとっては、最高の2日間だったとも言えます。もしかすると理恵さんがこういうギブ&トークの人だからこそ、こうした素晴らしいファンの方々が集まったのかもしれません。

気がつくと、第4レースの新馬戦のパドックに馬たちが周回している映像がモニターに映し出されています。このレースには、ドコフクカゼの練習パートナーであるパタちゃんことパタヤビーチが出走します。パタヤビーチは先行力があるので、900m戦ならば自分の競馬ができるのではないでしょうか。実際にレースでも2番手を追走し、最後は止まってしまいましたが4着と頑張りました。パタヤビーチが好走したことで、明日のドコフクカゼにも期待が高まります。

メインレースが発走する頃、僕たちはようやく落ち着きました。貴賓室の窓の片隅に月が見えました。見上げてみると、一片の欠損もない綺麗な満月。福ちゃんが生まれてから、短かったようで長い歳月が流れ、良いことも悪いことも起こりました。福ちゃんをデビューさせるために、僕の中では泥水をすすりながらここまでやってきたつもりです。感謝してもし切れないほど、多くの方々に経済的にも精神的にもサポートしていただきました。藁にもすがる思いでYouTubeチャンネルを始めた頃は、こんなにもたくさんの福ちゃんファンが生まれるなんて想像もしていませんでした。福ちゃんを通じてたくさんの縁にも恵まれ、気がつくと僕の世界は大きく広がっていました。通帳の残高はひと桁減ったままですが、僕はありあまる富を手に入れたのです。全ては福ちゃんのおかげ。月は満ちては欠け、欠けてはまた満ちるのです。

デビュー戦当日、僕は穏やかな気持ちでいました。横断幕にチーム福ちゃんの皆さまのアイコンを入れて準備することができ、横断幕を張る場所と流れも確認済みです。何と言っても、福ちゃんがここまで健康に育ち、大きな頓挫もなく能力試験に合格し、新馬戦に出走できるところまで来たのです。奇跡という言葉を簡単には使いたくはありませんが、これはほとんど奇跡なのです。日本競馬史上、小眼球症の馬が競走馬デビューするのが初めてであることが、全てを物語っています。

今日という日を迎えられた時点で、ひと仕事終えた、晴れやかな気分です。ゼロから創業した会社を上場させた起業家のような、赤ん坊の頃から育て上げた娘が大学を卒業し、ようやく社会人になった親のような気持ち。どちらも体験したことはありませんが(笑)、たぶん僕が今抱いているような感慨深さなのではないでしょうか。もちろん、この先も山あり谷ありは続くはずですが、僕の手を一旦は離れたのです。

チーム福ちゃんの皆さまから見ると、福ちゃんのデビュー戦は一生に一度しかない晴れ舞台です。本物の福ちゃんと会う(見る)初めての機会になることも大きかったのでしょう。「デビュー戦は観に行きます!」と多くの方々に言われて嬉しい反面、デビュー戦が終わったらそれ以降は誰にも見向きもされなくなったら嫌だなと心の底では思っていました。そのあたりの心情のギャップも、僕を冷静に落ち着かせていた理由なのかもしれません。決して冷めていたわけではありません。ひと息ついて安堵し、静かな幸せに満ちていたのです。

13時40分にハナケイエールさんと入場門のところで待ち合わせをし、福ちゃんの声の人も連れていき、3人で手分けをして横断幕を張ることにしました。開門ゲートが開いたら、僕は開催本部に行って申請書を記入し、ハナケイエールさんと福ちゃんの声の人はパドックに行って横断幕を張り始める。下見に来てシミュレーションはできていますが、絶対に落とせない戦いです。これだけ多くの方々に協賛してもらった横断幕を、福ちゃんのデビュー戦でスペースがなくて張れなかったなんてことがあってはいけません。

14時に開門の合図があり、ゲートが開きました。僕たちの他に横断幕を張りたい人たちは2、3人しかいませんので、慌てる必要はないのですが、どうしても小走りになってしまいます。ふと隣を見ると、ハナケイエールさんと福ちゃんの声の人が横断幕を抱えて走っています。どちらも走るのは得意ではないようで、走っているのにあまり前に進んでいません。これでは能力試験に合格できないだろうなと思いつつも(笑)、僕は少しペースを上げて、先頭で開催本部を目指しました。

扉を開けて屋内に入り、目の前に出された申請書に、名前や住所等を記入し、横断幕の内容欄に「ドコフクカゼの横断幕」と書いて手続き終了です。開催本部を出て、パドックを眺めると予定していた場所に、ふたりが横断幕を置いている姿が見えました。途中で転んだりしなかったようです。僕もパドックの向こう側に回り、一緒に取り付けを手伝いました。そうしているうちに、すでにオレンジ色の応援タオルを首にかけた人たちが声をかけてくれます。皆さんも開門と同時に入場されて、前のめりです。


(次回へ続く→)

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