日高の家族経営の小さな牧場で産まれたナカヤマフェスタは、高額売買馬が多数集まるセレクトセールで、和泉信一氏に1,000万円で落札されます。
和泉氏と旧知の間柄だった二ノ宮厩舎に預託されたナカヤマフェスタは、2008年11月2日東京でデビュー。
このレースは、直線素早く抜け出した3頭に離され、残り100mでもまだ先頭とは5馬身近くの差があったのですが、そこからもの凄い末脚で先頭まで突き抜けての差し切り勝ちを収めます。
この勝ち方は非常にインパクトがあり、今でも記憶に残っているデビュー戦です。
2戦目は重賞の東京スポーツ杯2歳Sへ。9番人気という低評価を覆し、断然1番人気のブレイクランアウトを粉砕し、重賞初勝利。これがステイ産駒12勝目の重賞勝利となりました。
新馬・重賞2連勝となれば、当然クラシックへの期待が大きくなります。しかし明けて2009年、初戦の京成杯を2着した後に体調を崩して弥生賞を使えず、3カ月ぶりとなった皐月賞では全く力を出せず8着。
ダービーでは、超極悪馬場の中、出負けして最後方近くからの競馬となってしまいますが、直線上がり最速の末脚で素晴らしい追込みを見せ、惜しい4着。ここで、復調の兆しをみせます。
秋初戦は、セントライト記念を完勝。
「これで菊も万全で臨める」と安心していたのも束の間。その後、菊花賞・中日新聞杯ともに二桁着順という不可解な惨敗を喫します。
ファンにとっては全く理解できない負け方だったのですが、実はこの頃、フェスタの気性難が悪化し、調教もまともにできなくなっていた──という事を、後になって知りました。
また、同じ時期の11月、フェスタの馬主となっていた和泉信一氏の愛娘・信子さんが若くして他界されてしまい、信一氏が馬主を引き継ぐ事になります。
様々な事が起き、フェスタにとって運気が悪かった2009年が終わり、明けて2010年。
次走予定のメトロポリタンSまでの間、二ノ宮師をはじめとする厩舎スタッフは、調教方法を変えるなど、フェスタの気性難矯正のために力を尽くします。
2010年4月24日、東京11RメトロポリタンSで、厩舎スタッフの祈りは通じました。
4番手と、久々に前目での競馬となったフェスタは、そのままの位置で直線へ向くと、あっさりと後続を突き放して抜け出します。
2馬身突き放しての1着──それは、厩舎一丸となっての、見事な復活劇でした。
この結果に自信を深めた陣営は、次走に宝塚記念を選択します。
同年6月27日、阪神11R宝塚記念。
この年は、連覇を狙うドリームジャーニー、直前にヴィクトリアマイルを制しGI4勝目をあげたブエナビスタ、ダービー馬ロジユニヴァースといった非常に豪華なメンバー。
前走オープン特別を勝っての参戦であるフェスタは、8番人気と当然の低評価でした。
好スタートから中団まで下げた柴田善Jは、4角手前では6番手まで進出。そのまま直線を向きます。一旦抜け出したアーネストリーの内から、ブエナビスタが鋭く伸びて先頭へ。
その瞬間!馬場の真ん中から一頭突き抜けてきた馬が!
一瞬目を疑いましたが、それは間違いなくナカヤマフェスタでした。
そして、並ぶ間もなくブエナビスタを差し切って見せたのです。
まさかまさかのGI制覇!
正直、ジャーニーの連覇しか考えていなかった私は、大外からいい脚で伸びてきたジャーニーだけを見ていたので、抜け出してきたフェスタが一瞬わからず「なんだこの馬!」と思ってしまいました。
ステイファンとして恥ずかしい……。
低評価を覆し、ステイ産駒2頭目のGI馬となったフェスタですが、
その後さらに大きな仕事が待っていようとは、この時には想像もつきませんでした。
宝塚記念勝利後、ファンですら困惑するような意外な発表がなされます。
二ノ宮調教師が「フェスタで凱旋門賞へ挑戦」とぶちあげたのです。
ファンである私でも「え??」と口あんぐり状態であったぐらい、それは驚きの発表でした。
重賞を3勝しているとはいえ、GIは宝塚記念が初勝利。
あえて言えば『その程度の馬』が、過去8頭の日本馬が挑戦し、エルコンドルパサーの2着が最高着順……
あのディープインパクトでさえ手の届かなかったレースに、出走する。
正直「出るだけでも記念にはなるかなぁ」程度の反応しかできない自分がいました。
ただ、当時唯一の『凱旋門賞連対馬』エルコンドルパサーの調教師が、フェスタと同じく二ノ宮師だった事が、このチャレンジが実現した大きな要因であったのでしょう。
また、当然ながら海外遠征には馬主サイドの了解を得る必要がありますが、前年に他界された和泉信子さんはフランスが大好きで、亡くなられる直前にもご家族でフランスへ旅行されたという事もあり、父・信一氏は娘さんの想い出の地であるフランス行きを快諾されたそうです。
こうして凱旋門賞挑戦は本決まりとなり、二ノ宮師はエルコンドルパサー遠征時のスタッフをできる限り招集します。その中には、メトロポリタンS、宝塚記念とフェスタの手綱を柴田善臣騎手に譲っていた元の主戦、蛯名騎手の名前もありました。
フランスへ渡り、現地での調整が始まりますが、日本国内で話題の中心になっていたのは、この年5連勝で皐月賞を制し、ダービー3着を経て凱旋門賞挑戦を決めたヴィクトワールピサでした。
社台ブランド・クラシック制覇・有利な3歳馬・鞍上は武豊騎手……あらゆるファクターから、もし勝つならヴィクトワールピサ!という空気になっていたのも──2頭の実績、血統の違いも含めて──やむを得ない状況だったのかもしれません。
その風向きが少し変わったのが、前哨戦の結果でした。ニエル賞でベーカバドに8馬身以上離された4着のヴィクトワールピサに対し、フェスタは、フォワ賞で逃げ馬を捉えきれなかったものの、いい末脚で3/4馬身差の2着となりました。「なかなかやるじゃない!」というのが当時の感想でした。
……とはいえ、ピサは本番で一変可能いう評価の方がまだまだ強く、当時日本で馬券が売られていれば、間違いなくピサが上位人気、フェスタは人気薄だったと思います。
そして2010年10月3日、ついに凱旋門賞のゲートが開きます。
フェスタは中団の外目につけます。
淡々とレースは進み、団子状態で4角へ。
ここでフェスタが仕掛けようとした時に前が詰まり、一瞬蛯名騎手の腰が落ちる程の不利を受けますが、直線で前が開けると一気に抜け出したフェスタが先頭に立ちます。
内から英ダービー馬ワークフォースの追い込み。
一旦半馬身ほど交わされましすが、ゴール前で再び差し返すフェスタ。
そして頭差まで迫ったところが、ゴールでした。
直線はTVの前で絶叫しっぱなし。先頭に立った瞬間には「いける!」と思ったんですが、さすがは英ダービーをレコードで圧勝したワークフォース。
ただ、惜しむらくは4角の不利がなければ……。
それでも、フェスタ59.5キロに対してワークフォースは56キロ。
初めて背負う斤量と、3.5キロの斤量差をものともせず、世界的名馬をあと一歩まで追い詰めたフェスタの激走は、種牡馬ステイゴールドの価値をより一層高めるとともに「ステイの仔は父と同じで海外に強い!」という評価も得る事になりました。
フェスタは帰国後ジャパンカップに出走しますが、さすがに疲れが取れなかったのか14着と惨敗。その後故障で約9ヶ月休養し、翌年再度フランスに渡りますが、前年の調子を取り戻すことができず惨敗。
凱旋門賞を最後に引退となりました。
フェスタは引退後日高で種牡馬入りし、初年度から100頭以上の種付けを行う大人気種牡馬となりました。ところがやはり繁殖牝馬の質は低く、父ステイのように活躍馬を出すことができませんでした。勝ち上がり頭数は、初年度産駒で47頭中11頭、2年目が43頭中3頭、3年目(現4歳)に至っては26頭中2頭しか勝ち上がれていないのが現状です。
そして……残念なことに、2017年限りでシンジケートが解散となってしまいました。
まだ、たった3世代しか走っていないのに……と非常に悔しく、悲しい想いでそのニュースを聞きました。
ところがその後、ダートを3勝し1000万クラスだったフェスタの初年度産駒ガンコのサクセスストーリーが始まります。
障害入りが決定し、入障前の叩き台として2年ぶりに使った江坂特別(芝・2400m)を完勝。
年明けに「ハンデも軽いから」と格上挑戦で使った初重賞・日経新春杯(GⅡ・芝2400m)でなんと3着に食い込みます。
この時点でも「まぁハンデ軽かったし、フロックかもなぁ」程度の評価でしたが、次走、適鞍の松籟S(芝・2400m)で2着馬を3馬身1/2引き離す圧勝後、正真正銘のオープン馬として二度目の重賞「日経賞」へ出走します。
果敢にハナを切ったガンコですが、道中、菊花賞馬キセキのマクリにあい、一旦二番手に下がります。
この時点で「あぁーマクリ切られたらダメだなぁ」と、このままズルズル後退するのを覚悟しましたが、ガンコはそのまま2番手で頑張り、
4角を先頭のキセキよりも手応えよく回ってきます。
あっさりとキセキを交わして先頭に立ったガンコは一気に抜け出し、後続の追撃を3/4馬身抑えきって完勝。
なんと、シンジケート解散の翌年に、初年度産駒が初重賞制覇という……あと一年早ければ、と思わせる結果となりました。
その後、ヴォージュが札幌日経オープンを勝ち、産駒2頭目のオープン馬となります。
そして、ヴォージュの勝利の2か月後の昨年10月、嬉しいニュースが届きます。
新ひだか町静内のアロースタッドに、種牡馬としてフェスタが戻ってきたのです!!
そして、今年から再び種牡馬としての生活が始まります。
いいお嫁さんに恵まれ、ガンコに続く重賞産駒を出してくれるよう、願っています。
そんな中、先日1月6日、ヴォージュが万葉Sに出走し、昨年の菊花賞3着馬ユーキャンスマイルの猛追をハナ差凌いで、オープン2勝目!
フェスタの種牡馬復帰を祝うような勝利に思えました。
とはいえ、ガンコ、ヴォージュともに初年度産駒。昨年デビューの現3歳世代は、現時点で53頭デビューして勝ち上がりは4頭と、まだまだ厳しい状況です。
6歳のオープン馬2頭には、さらに活躍してもらって、その間に2頭に続く産駒が出現し、種牡馬としての人気が少しでも上がってくれればと願っています。
それにしても。
ステイの初年度産駒がデビューしてから、たった5年余りで凱旋門賞2着馬が出るとは……。
しかも、日高の小さな牧場の繁殖牝馬からです。
とにかく、信じられない事ばかりでした。
写真:RINOT