長らく、国内で新年最初に行われるGI級競走として親しまれてきた川崎記念。
近年では人気薄の台頭も見られるレースだが、ひと昔前までは“日本一堅い重賞”と称されるほど上位人気が強いレースであった。現に2007年からの10年間は1番人気が9勝、2着1回という成績である。
そして2017年の川崎記念といえば、競馬新聞とにらめっこしながら「今年も1番人気が勝利するのだろうか…」などと考えを巡らせ、予想に興じていたことを思い出す。
2017年の川崎記念は、前年のチャンピオンズC覇者でGI・2勝の実績を誇るサウンドトゥルーが1.6倍の圧倒的な1番人気に推され、重賞やOPで7戦連続連対中だったケイティブレイブが2番人気。以下、OP実績のあったミツバ、バスタータイプが続いた。
本稿の主役で波乱の立役者となるオールブラッシュ&ルメール騎手は18.2倍と、中央馬の中ではかなりの人気薄。あくまでも伏兵の域は出ず2、3着に食い込めれば……という評価が大半だったように思う。
低評価だったのは無理もない。2014年7月に初陣を迎えたオールブラッシュは初勝利までに4戦を要し、2勝目を飾ったのはデビューから1年後。重賞初挑戦のレパードSでは見せ場乏しく9着に敗れ、世代の中では隠れた存在だった。
4歳シーズンに入ると成績が安定し、2連勝でOP入りを果たして川崎記念出走だったが、1年半ぶりの重賞挑戦がJpnIの舞台で古馬OP初戦。流石に荷が重いと考えるのは、自然なことだろう。
しかし、その評価は間違いだった。レースでは、名手ルメール騎手の巧みな手綱捌きが冴え渡る。好スタートからケイティブレイブを抑えてハナを切ると、道中は12秒台前半~14秒台まで緩急自在にラップを刻み他馬を翻弄。「人気薄だし向正面あたりで捕まるだろう」と筆者は考えていたが、勝負所でも手応えの差は歴然だった。後続馬の手綱が激しく動く中、ルメール騎手が持ったままで4コーナーを過ぎ、直線は後続をちぎるちぎる――。サウンドトゥルーが後方から飛んで来たが遥か3馬身後方。“ルメールマジック”が炸裂、JpnI初挑戦でビッグタイトルを掴んだ。
この勝利にはオールブラッシュ自身の成長に加えて、気性的な特徴も関係している。父のウォーエンブレムは米国2冠馬だが、全成績は【7-0-0-6】。1着or着外という極端な成績が示す通り、マイペースで走ると滅法強く、調子が良ければ連戦連勝。だが一方で、リズムを崩すと意外な大敗もあり、脆さも同居した馬だった。
ムラ馬だった父の特徴を色濃く反映したのか、その後は長いスランプもあり、23戦して僅か2勝。どちらも4番人気・8番人気と人気薄であげた勝ち星と、何ともウォーエンブレム産駒“らしい”成績であった。
最後に彼の馬名由来を紹介しておこう。オールブラッシュの意味は「皆が赤面する。他馬が降参するような馬になるように」。父同様に気分良く走れば、他馬が思わず“降参するほど”の能力を隠し持った馬だった。そして、特徴や才能を“ここ一番”の大舞台で引き出した名手のリードも、また見事である。
写真:umanimiserarete