
■2021年秋の「2歳牡馬勢力図」は?
秋の深まりと共に、固まり始めるのが2歳馬たちの勢力図である。天皇賞(秋)の前後からジャパンカップにかけて、秋のGⅠシリーズが開催と並行した、2歳馬の登竜門レースが行われる。アルテミスステークス、京王杯2歳ステークス、ファンタジーステークス、デイリー杯2歳ステークス、京都2歳ステークス、東スポ杯2歳ステークス…。さらにオープン特別も加えて、それぞれに勝ち上がった2歳馬たちが暮れの3つのGⅠを目指す。
2021年の秋はまさに群雄割拠、主要レースが終わる度に有力馬が登場し、暮れのGⅠに名乗りを上げていた。新潟2歳ステークスを勝ったセリフォスが、デイリー杯2歳ステークスも勝ち3連勝で暮れの主役候補になる。一方、札幌2歳ステークス勝ちのジオグリフは、早々に朝日杯フューチュリティステークス出走を宣言し、セリフォスとの夏の王者対決に注目が集まる。また、クラッシックに直結する東スポ杯2歳ステークスは、イクイノックスという怪物を登場させ、次走はどこになるのか話題となった。
2歳重賞を勝って台頭してきた組とは一線を画し、オープン特別から暮れの朝日杯フューチュリティステークスに向かった馬もいる。夏競馬の最終週、小倉の新馬戦で芦毛のガイアホースとクビ差の接戦を演じて勝利したドウデュースである。武豊を背に大物感たっぷりのレースぶりは新馬勝ちとはいえ、早々に注目が集まる。続く10月府中のオープン特別、アイビーステークスも、後の菊花賞馬アスクビクターモアをねじ伏せて優勝。ドウデュースは、直線で内から抜け出すアスクビクターモアを、外から楽に差し切った。インパクトある強い勝ち方で連勝すると、セリフォス、ジオグリフの重賞組と肩を並べ、朝日杯フューチュリティステークスの有力候補として、ドウデュースの名も挙がった。

ドウデュースはハーツクライ産駒。父は有馬記念でディープインパクトを破り、ドバイシーマクラシックを制した持続力と底力を伝える血統。母ダストアンドダイヤモンズは米国のスプリント重賞勝ち馬。スピードと瞬発力を注ぎ込み、父系の持続力と融合した。
さらに額に整った流星を持つドウデュースは、これぞサラブレッド…というような美しいシルエットを描く馬体の持ち主。観る者に馬の個性と宿命を直感させ、未来のスター候補として、ファンの記憶に刻まれていった。
■2歳最強馬決定戦・朝日杯フューチュリティステークス
2021年冬の阪神。澄み切った空気のなかで行われる2歳王者決定戦・朝日杯フューチュリティステークスが始まる。次年度のクラッシック戦線で、間違いなく主力を形成する馬たちが集い、その舞台は静かな緊張感に包まれていた。主役は無敗の3頭──セリフォスとジオグリフ、そしてドウデュース。誰が世代の先頭に立つのか。その答えは、ゴール前の一瞬に凝縮されていた。
パドックでは有力馬3頭が、堂々と周回を重ねている。気合を表に出すセリフォスに対して、ドウデュースは落ち着いて歩いていた。ジオグリフも気合を内に秘めた周回を見せ、馬体がひと際輝いて見えるのが、人気薄のアルナシーム。「止まれー」の合図と共に、各馬の元へ鞍上たちが駆けていく。

ゲートが開き、出遅れ気味のスタートがアルナシーム。有力馬3頭、ドウデュースもセリフォスもジオグリフも綺麗なスタートを切る。
レースは序盤から、セリフォスを中心に流れていく。完成度の高さ、安定した先行力。誰もが1番人気の馬が進むべき「王道」を思い描いたはずだ。対するドウデュースは、セリフォスの後ろでじっと息を潜める。派手さはないが、無駄のないフォームで武豊騎手の指示に従っている。対してジオグリフは、五分のスタートから後方に下げ、後方から2頭目を行く。行かないのか、久々で行けないのか…。C・ルメール騎手の手綱は動いていない。
向正面から3コーナーへ。ペースが上がり、各馬の脚色に微妙な差が生まれる。セリフォスは余力十分に見えた。一方、ジオグリフは依然として後方待機のままで進む。ドウデュースは、セリフォスの脚色を伺うようにまだ動かない。だが、それは劣勢ではなく“待ち”だった。ライバルたちの動きを見極め、最後の一手を打つための静かな駆け引き。その中心にいたのが、武豊騎手だった。

4コーナーを回って直線。コースの中央に進路を取ったD・レーン騎手がGOサインを出し、セリフォスは先頭に躍り出る。勝負あり!このまま突き放す──そう思った瞬間、外から一完歩ごとに差を詰める黒鹿毛が現れる。ドウデュースだ。武豊騎手の手綱は最小限、馬のリズムを壊さないまま、セリフォスにぴったりと並びかける。ドウデュースとの信頼関係が、最後の爆発力を生んだ。

ゴール前、2頭は並び、そしてドウデュースがわずかに前へ出た。ほんの一瞬、しかし決定的な差。2頭の力比べは、駆け引きと我慢、そして信じ切った末の勝利という形で決着した。その差は1/2馬身。もう1頭の主力馬ジオグリフは、大外から差して来たものの5着に留まる。見事な差し切り勝ち。ゴール板を過ぎ1コーナーへ向かっていく武豊騎手の背中が、輝いて見えた。
■武豊の悲願と「七不思議」の終焉
この勝利が、武豊騎手にとって特別な意味を持っていたことも忘れてはならない。
数え切れないほどのGⅠを制してきた名手が、意外にもこれまで手にしていなかった朝日杯フューチュリティステークスの称号。長年「武豊は、なぜ朝日杯フューチュリティステークスに勝てないのか?」と言われ続けた“競馬界の七不思議”に終止符を打った。
検量室へ帰って来る武豊騎手の笑顔は、ファンの記憶に残る名場面。武豊自身も「ようやく勝ててすごくうれしい」と語り、ドウデュースに与えられた2歳王者の称号とともに刻まれたのは、ベテランがなお進化し続けるという事実だった。
■ドウデュース&武豊騎手の「新時代到来」
ドウデュースの朝日杯フューチュリティステークス勝利は、単なる2歳GⅠの結果ではない。セリフォスという強烈なライバルとの真っ向勝負、そして武豊騎手の「待つ勇気」が結実した瞬間だった。冬の阪神で生まれたこの物語は、やがて続く大舞台の序章として、翌年のクラッシック戦線に派生していった。
同じ舞台で戦ったメンバーは、それぞれの道で活躍し、記憶に残る蹄跡を刻んでいる。2着のセリフォスは、3歳秋にマイルチャンピオンシップを制覇、3着のダノンスコーピオンは、NHKマイルカップを制し、共にマイルGⅠの覇者となった。また、5着のジオグリフは、皐月賞制覇後、世界を渡り歩くトラベルホースとなり大活躍。4着のアルナシーム、6着のトウシンマカオは、古馬になって重賞戦線で活躍し、名バイプレイヤーとして「記憶に残る」ポジションを築いた。
朝日杯フューチュリティステークス制覇後のドウデュースは、弥生賞・皐月賞で敗れるも、日本ダービーをレースレコードで制覇する。ライバルであるイクイノックスの追撃を封じ、89代目のダービーホースとして「ドウデュース時代」の到来を予感させた。

ドウデュースと武豊騎手。時代を創るこのコンビは、4歳になり有馬記念を、5歳になり天皇賞(秋)とジャパンカップを連勝する。中山の坂の上を、府中の直線を、驚異の末脚を繰り出し伸びるシーンこそ、「最強馬の証」と言わざるを得なかった。
そして、その背にはいつの時も、武豊騎手の笑顔があった──。

Photo by I.Natsume
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