コウエイトライ〜ハードル界の「姐さん」〜

鹿児島県の乗馬クラブで、障害レースの女傑が第二の馬生を送っている。彼女の名は「コウエイトライ」。史上最多記録となる障害重賞8勝を勝ち取った名馬である。
牡馬を率いてハナに立ち、果敢に障害を飛越してゆく姿。ファンの一部は尊敬の念を込めて、彼女を「姐さん」「トライ姐さん」と呼んでいた。

障害馬を語る上で欠かせないのが、パートナー……主戦騎手の存在である。一部で乗り難しいのではないかと噂されていた彼女の主戦となったのは、小坂騎手であった。
彼女の特性を把握し、時には他の障害騎手と相談しながら騎乗技術に磨きをかけていたという小坂騎手。そしてその想いに応えるかのように、コウエイトライは飛越の腕を上げていった。

「障害騎手は皆上手いよ」と前置きをした後、乗馬関係者をして「小坂さん、良いね」と言わしめるほどの、若き期待の星。またコウエイトライの素顔はかなりの美人であり、美形の小坂騎手とのコンビは絵になるものであった。

J-G3を8勝、J-G2では2着4回。「重賞に8回出走するだけでも凄い」と口にしたのは、鋭い勝負勘を武器に活躍中の高田騎手。彼女の軽快なレースぶりからは、天性の才能で楽々と重賞タイトルを手にしたかのように見える。
しかし小坂騎手は、彼女の障害レースへの適性・才能を認めた上で「コウエイトライは気力で走っていた」と語っている。
小坂騎手の代打として、新潟JSで彼女を勝利に導いた高田騎手も「目一杯走り切る馬」など、何度も彼女の精神面を讃えていた。

レースでは果敢にハナに立ち、牡馬を相手に戦い続け、J-G3で幾多の輝かしいタイトルを手にしたコウエイトライ。
J-G2ではスタミナの限界を超えていた。しかし気力で何度も上位に食い込んだ。2着4回。「あと一歩」……何度も手が届きかけていたのだが。
中山J-G1に出走させなかった理由も、一部で囁かれている「飛越に難がある」というより、バンケットや距離といったスタミナの面にあったそうだ。

当然ながらそんな女傑にも、現役を退く時が来る。

多くの牝馬は引退後に繁殖牝馬……母馬になり、子を育てる。しかし、コウエイトライはその道を選ばなかった。飛越の才能を買われ、鹿児島県の乗馬クラブからのスカウトが来たのだ。

勝ち気で、牡馬と互角に戦う姿に反して……と言っては失礼だが、彼女はとても大人しく、優しい馬であるという。その性格を買われ、更に高校馬術部からもスカウトされる事になった。

「乗馬を始めたばかりの部員たちに、馬の背中というものを教えて欲しい」と。

コウエイトライは母馬にはなれなかったものの、高校生たちの「お母さん」として貢献し、再び乗馬クラブへ戻ってきたという。

そして競技馬としての腕もかなりのもの。「トライ」をそのままに、競技馬としての新たな名を与えらえた彼女。国体出場も果たし、全国区の大きな馬術大会での更なる活躍が期待されているようだ。
つい最近も、高校生を背に華麗なジャンプを魅せていたという。さすが、姐さんだ。

天は二物を与えずなどと言われるが、天は彼女に幾つの物を与えたのだろうか。引退しても引っ張りだこ。現役時代のファンも、彼女の近況から目が離せない。私たちが憧れた、強く、美しく、優しい「トライ姐さん」は、今なお健在である。

写真:tosh、茶碗蒸し

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