世界の扉を開いた日。フォーエバーヤングが刻んだ、日本競馬の夜明け

2025年11月2日。現地時間11月1日。深く澄みきった青空に西海岸の海風が吹き抜ける、カリフォルニア州・デルマー競馬場。

いくつもの国旗が翻り、世界中の競馬ファンが息を呑んで待つダートの頂上決戦、ブリーダーズカップクラシック。

10年前、いや5年前ですら夢物語に過ぎなかった。もしかしたら、この日を迎えてもなお、その瞬間が本当に訪れるとは信じられなかった。米国の頂点を日本馬が制するなど。

けれど、その「ありえない」を一頭の名馬は現実に変えてくれた。

フォーエバーヤング。矢作芳人調教師と坂井瑠星騎手の師弟タッグが育て上げた名馬が。

■願いが叶った日

パドックでは力強く、自信に満ちた仕草を見せていた。馬場に踏み出すその姿も堂々たるもの。鹿毛の馬体は鮮やかに輝いている。3度目の米国遠征。その瞳に不安や恐れは見られない。

ゲートが開いた瞬間、坂井瑠星騎手の手綱がわずかに動き、すぐに安定へと変わった。序盤から迷いのないポジションを取り、好位2番手を追走。3コーナーを待たずして、早くも先頭に躍り出た。

後ろから迫るのは、アメリカの雄フィアースネス、ジャーナリズム、マインドフレーム――そして、最後の直線、シエラレオーネが矢のように伸びてくる。一年前、苦杯をなめた相手。同じ祖母を持つ、怖い怖い、宿命のライバル。

だが怯まない。坂井瑠星騎手のステッキが唸り、フォーエバーヤングは、ただ前を見て、力強く、一歩、一歩を踏みしめる。その姿に、頼む! 踏ん張れ! と、胸の奥から感情が吹きあがる。

沈みゆく西日に人馬の影が伸びる。歓喜のゴールが目前に迫る。

そして、世界が震えた。坂井瑠星の咆哮が、デルマーの空を突き抜けた。

それは「展開がはまった」なんて競馬ではない。次々と迫るライバルたちを真っ向から受け止め、力と自信で押し切った、横綱相撲。フォーエバーヤングの強さが、極まった瞬間だった。

どんな馬が来ようと、どんな展開になろうと、揺るぎない勝負強さがそこにはあった。

矢作芳人調教師の目に涙が光った。

かつて何度も世界の扉を叩き続け、それでも届かなかった夢。

それを、この馬と、この弟子が叶えたのだ。

テレビ画面の向こうから、私たちに世界の競馬を教えてつづけてくれた合田直弘さんの涙ぐむ声が聞こえる。

「こんな日が、本当に来るなんて──」

日本競馬を見つめ続けた人々の心に、長い時間をかけて積もった願いが、いま報われた。気が付けば、私の眼にも熱いものがこみ上げる。

■遠かった海を越えて

30年前、スキーキャプテンやタイキブリザードの偉大な挑戦の頃、米国の競馬は果てしなく遠かった。

20年前、カジノドライヴやエスポワールシチーの新たな挑戦の中で、その距離がまだ縮まっていないことを思い知らされた。

10年前から、ラニやマスターフェンサー、マンダリンヒーローらが挑むようになり、まだ形にもなっていない程度の、か細い光が見えはじめた。そして──。

■何度でも、世界へ

フォーエバーヤングの歩んだ道は、決して平坦ではなかった。

JRAで走ったのは、新馬戦の一度きり。地方、そして海外へと舞台を移し、未知の地で挑戦を続けた。 UAEダービーで世界への切符をつかみ、ケンタッキーダービーでは夢に手をかけた。

一年前のブリーダーズカップクラシックでは、苦しい展開のなか、あと一歩まで迫った。

今年のサウジカップではロマンチックウォリアーとの歴史的名勝負を制した。春のドバイでは不運も重なり混乱の中、惜しくも3着。

10月1日、船橋・日本テレビ盃をステップに、3度目の米国へ。彼の歩みには中央も地方も海外もない。勝つために、ただひたすら最善の道を。世界の頂点に彼らは挑み続けた。

■日本競馬が積み重ねた軌跡の先に

父リアルスティール、祖父ディープインパクト、曾祖父サンデーサイレンス。

芝で飛んだ日本近代競馬の結晶の血は、世代を経て、かつて曾祖父が輝いた米国の頂点に還った。

遠征のノウハウ、調整技術、国際輸送の経験。数多の挑戦者たちが敗れ、刻みつけてきた痕跡の上に、この勝利はある。

フォーエバーヤングは、突然現れた「奇跡」ではない。夢破れた先達たちが築いた礎の、その先に立っている。

日本で生まれ、矢作調教師と出会い、坂井騎手と絆を育んだ。それは「オールジャパン」の軌跡だった。

調教師、騎手、生産者、国内と現地でサポートした全てのスタッフ。そのすべてが積み重なって、この日、世界の扉を押し開いた。

夜明けに中継を見守った日本のファンは、その歓喜に打ち震えた。


熱狂の一日が終わり、やがて、西海岸の空に夜が満ちていく。その光の端で、確かに何かが変わった。

それでもこの瞬間を、この興奮を、この奇跡を、私たちは決して忘れない。

ありがとう、フォーエバーヤング。

君が見せてくれた世界の果てに、また新しい夜明けが訪れる。

日本競馬の長い旅路は、いま、新しい一章を迎えたのだ。

写真:s1nihs、Healy Racing

あなたにおすすめの記事