[連載・馬主は語る]牧場の馬房が足りない(シーズン3-21)

朝、碧雲牧場まで迎えに来てくれたシモジュウ(大狩部牧場の下村社長)と車中でYouTubeを撮影しながら、小1時間かけてノーザンホースパークに向かいました。今年のノーザンファームミックスセールでは繁殖牝馬を買う予定はないため、あまり気合が入っていないというか、完全にウインドーショッピング状態です。あらかじめカタログには目を通してきていますが、さすがに一昨年や昨年のような真剣さはありません。セリの活況を観察し、生産者のリアルに触れることが目的です。

なぜ今年は繁殖牝馬を買わないのかというと、預かってくれる牧場がないからです。慈さんの碧雲牧場は昨年の時点で馬房が一杯なのは知っていましたし、事前にシモジュウにもお伺いは立ててみたのですが、「治郎丸さんと一緒に馬を育てたいのは山々ですが、うちもこれ以上は馬が入りません」とやんわりと断られました。前野牧場はどうなのかと慈さんに遠まわしに聞いてみても、「真ちゃんのところはいつも一杯ですよ」とダメ押し。牧場ならどこでも良いわけではなく、この人なら自分の家族でもある繁殖牝馬やその子どもたちを預かってもらいたいと思えなければならないのです。

たとえ何が起こっても、その人に預けた以上は仕方ないと思えるかどうかが大切です。家族のような存在を預かってもらうということはそういうことです。僕たちは四六時中、牧場にいるわけではありませんので、全てを任せるしかありません。そんな中で少しでも信用がおけないと思う気持ちが僅かでもあれば、良くない状況に陥ったとき、疑いの矛先が相手に向いてしまうものです。サラブレッドは生き物ですから、どれだけ大切に扱ってもらっていても、事故や病気や怪我はつきもの。何ごともなく生まれて、無事に育って、そのまま売れていくなんてことはほとんどあり得ません。悪いことは起こるものです。だからこそ互いの信頼関係が最も重要であり、たとえ最悪の事態になったとしても、この人なら仕方ないと思える絶対的な信頼を持てないならば、自分の大切な馬を預けてはいけないのです。それができないならば、全て自分でやればよいのです。

来年は種付け料にお金をかけるタイミングかなとも思えます。今年行われたいくつかのセリを観察してみても、購買者(馬を買う人たち)は種牡馬を見ていることが分かります。スワーヴリチャードだったら何でも良いとか、シニスターミニスターだったらいくらまで出すといった言葉が飛び交っているように、種牡馬ありきなのです。母(繁殖牝馬)にこだわっているつもりの僕にとっては残念に感じることもありますが、購買者の立場になってみると、多ければ数百頭も上場される馬の中から、母(繁殖牝馬)がどういう馬なのかを1頭ずつチェックすることは難しいものです。まずは種牡馬でふるいをかけ、その後に本馬の馬体を見たり、母やその産駒の成績を調べる程度でしょうか。どれだけ母(繁殖牝馬)が良くても、父(種牡馬)が目を引かなければ、検討のテーブルにさえ載らないということです。

本馬の出来が良くても、父(種牡馬)が地味だと馬主に勧めにくいという話も聞きました。馬主の代わりに調教師がセリに買い付けに来ることも多々あり、たとえ素晴らしい馬格をしている馬を見つけても、父が無名であったり、人気や実績がなかったりすると、馬主に電話をするなどしてお伺いを立てたときに「うーん…」となることが多いと。その場にいない馬主さんに本馬の良さを伝えるのは難しく、どうしても「●●の仔で」と●●に入る父が分かりやすい方がスムーズだということです。分かりやすい種牡馬を配合するためには、やはりある程度の種付け料が必要になってきます。種付け料にはその種牡馬のブランド代も含まれていると考えても良いかもしれません。

その話を受け、今年ダートムーアにタイセイレジェンドを配合したことを僕は少し後悔しました。血統的にも噛み合うはずですし、馬格もある馬が生まれてくると思いますが、売るとなるとタイセイレジェンドは(産駒も少なく実績も乏しいため)伝わりづらいはずです。数十頭しかいない産駒の中からスピーディーキックやティーズハクア、タイセイスラッガーといった活躍馬たちが出ていることに、ピンと来る馬主さんは稀でしょう。走る馬をつくることと、売れる馬をつくることの間に違いは確実にあって、そのあたりがマーケットブリーダーである今の生産者たちにとって大きな課題になっています。

話がずいぶんと脱線しました。いくつかの理由が重なり、今年は繁殖牝馬を買えない(買わない)ので、展示されている繁殖牝馬をあまり見ることもなく、未供用馬の数頭(ゴールドシップ産駒やオルフェーヴル産駒など)を撮影させてもらったのみにとどまりました。セリが開始されても、ノーザンファームが提供してくれた美味しいランチを食べながら談笑する余裕すらあります。「セリでご飯食べている奴はダメだ!」という前野牧場の真ちゃんの名言のとおり、今年は真剣味に欠けている自覚があるのです。

それでも、現場の声を聞けた収穫はありました。他の牧場さんたちの会話を聞いていても、「うちも馬房が一杯です」とか「むしろ(預かり馬を)減らしていきたいと思っているのです」など、預かりたくてもこれ以上は預かれなという声ばかり。馬が売れる時代だけに、馬主さんたちも自分の使った馬を繁殖に上げて生産を始め、もちろん生産者たちは自分の繁殖を増やして売り上げの規模を拡大したいと思うのは当然です。馬房が一杯であることは安定収入につながるのですが、自分たちの繁殖牝馬を新たに導入することができなかったり、今いる馬たちを預かることに手一杯で、新たな投資ができなかったりというジレンマも生じてきているようです。

この流れはこの先もしばらくは続きそうです。生産をしたくても、牧場の馬房が足りなくて締め出しを食らってしまう事態が生じるのではないでしょうか。馬房はあっても、人手が足りなくて馬を預かれないという牧場も増えてきそうです。僕が馬主になろうとしたとき、預かってくれる厩舎を見つけにくかったように、生産の世界もすでに渋滞が起きつつあります。特に昨年と今年(2023年)の間を境にして、その状況は顕在化した気がします。2022年まではまだ繁殖牝馬を預かれる余地があった牧場も、今年は預かれなくなっているのです。

そのことは繁殖牝馬セールにも大きな影響を与えます。昨年は中国資本の爆買いもあり、繁殖牝馬が高額で売れに売れたのですが、今年のノーザンファームミックスセールを見る限りにおいては、比較的穏やかでした。僕でも買えそうだなと思う繁殖牝馬が何頭もいたほどに、昨年ほどの熱い競り合いが見られません。買いたくても預かってもらえないから買わない人たちの声なき声が聞こえるようでした。僕は一昨年が1頭、昨年も1頭、それほど高値づかみすることなく買えて、そして信頼できる慈さんたちの碧雲牧場に2頭とも預かってもらえてラッキーでした。

今いる繁殖牝馬2頭(ダートムーアとスパツィアーレ)を大事にしようと改めて心に誓い、僕は北海道をあとにしました。

(次回へ続く→)

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