[連載・馬主は語る]宙に浮いた馬(シーズン3-14)

大狩部牧場の代表となった下村獣医師ことシモジュウと電話している中、「宙に浮いてしまった馬がいて困っているのです」という話がポロっと出ました。最初は馬が宙に浮いているSF小説のようなシーンを想像しつつ、作家ガルシア・マルケスの「たとえば、象が空を飛んでいるといっても、ひとは信じてくれないだろう。しかし、四千二百五十七頭の象が空を飛んでいるといえば、信じてもらえるかもしれない」という言葉まで思い浮かびました。空想の世界から戻ってきた僕がワンテンポ遅れて、「そうなんだ」と返すと、シモジュウは悩みを語り出しました。

お付き合いのある馬主さんが、ご自身の都合によって大狩部牧場の生産馬を手放さなければならなくなり、一旦、牧場が買い取ることになったそうです。アメリカンペイトリオットを父に持つ1歳の牝馬は、すでに美浦の厩舎に預かってもらうことが決まっていました。調教師はその牝馬を牧場に見に来て、その場で「ぜひやらせてください」と言ってくれたそうです。同期の馬たちの中でも、馬体の随所にオッと思わせるような良さがあり、中央で走ることを期待していた1頭。ところが、馬主さんが手放したことで中央の厩舎の件も流れてしまい、そろそろ育成に入ろうかという段階であったにもかかわらず、行く当てがなくなってしまったそうです。

せっかくここまで育ててきただけに、何とか競馬場で走らせてあげたいという想いは強く、アメリカンペイトリオットの種付け料やこれまでの育成コストを考慮した金額で、大狩部牧場として馬主さんから買い取ることにしました。自分たちの牧場名義で走らせることもできますが、これからの育成コストなどを考えると、やはり売り切りたいというのが牧場としての本音でしょう。何とかして新たな馬主さんを探さなければならない。そうしなければ、彼女の行き場がなくなってしまうと悩んでいました。

本来はセリに出せていたら良かったのですが、その時期はすでにオータムセールの登録が終わってしまっていました。サラブレッドオークションも考えたのですが、気乗りしなかったとのこと。そうなると誰か下で買ってくれる人を探すしかありません。

おそらくシモジュウはこの話を暗に僕に持ちかけてくれたのだと思いますが、僕は厩舎とのつながりが少ないことや競走馬を1頭所有することはリスクが高いと考えて生産の道を選んだ以上、有難い話ではあるのですが素直にイエスとは言えません。そこで真っ先に思い浮かんだのはエクワインベットオーナーズ(EVO)の上手獣医師の顔です。シモジュウと上手さんは僕の共通の友人であり、同じ大学の先輩後輩に当たるにもかかわらず、これまで接点がありませんでした。二人をつなげるという意味でも、この話を上手獣医に持っていくのは面白いと考えました。EVOは新馬も積極的に導入しており、しかもこのアメリカンペイトリオットの1歳馬は牝馬ですから、上手さんの思い描いているEVB(繁殖牝馬の共有事業)のことも考えると、ワンチャンあるのではないかと思ったのです。

とはいえ、さすがに信頼するシモジュウの頼みだからというだけで、上手さんに話を持ちかけるわけにはいきません。まずは僕自身がその馬のことを知っておかなければならないと思い、馬体写真からウォーキング動画、血統、測尺等の情報を教えてもらうことにしました。

馬体写真を見たとき、ゴツイなというのが最初の印象でした。牝馬離れしており、シモジュウが「見どころがある」と言う意味が分かります。アメリカンペイトリオットの産駒は標準よりも大きく出るのですが、この馬も大きくてパワフル。その分、ウォーキング動画を見ると重さを感じさせるのですが、パワー型でダートを走ると割り切れば問題ないでしょう。アメリカンペイトリオット産駒は芝・ダートのどちらでも走りますが、このパワフルな馬体はダートでこそ生きるはず。測尺も体高が152.5㎝、胸囲が183㎝、管囲21.0㎝とこの時期の牝馬としては十分です。

血統的には、母カズヤラヴは園田と門別で1勝ずつ挙げていますが中央では未勝利。祖母リビングデイライツは中央で5勝、その母グリーンポーラはフランスのGⅢカルヴァドス賞の勝ち馬であり、TCK女王盃を勝ったケイプリズバーンを出しています。直近2世代からは活躍馬は出ていませんが、前述のケイプリズバーンや2023年のヒヤシンスステークス3着、レパードステークス4着と好走したエクロジャイトなども出ているダートに強い牝系です。血統と馬体のイメージが一致していますね。

これであれば上手さんも気に入ってくれるのではないかと感じ、話を持ちかけてみました。すぐに馬体写真や動画等を見てくれて、その日には連絡を取り合ってもらい、購入の決断をしてくれました。僕が信頼を置いているシモジュウと上手さんがつながって良かったと思うと共に、僕も間に入った責任を感じざるを得ません。おかしな話ではないと思いますし、僕は一銭も得ていないのですが、信頼のループに傷をつけたくはないのです。カズヤラヴの22が走ってくれることで僕の責任は果たせるのだと思います。もちろん、僕もお値段以上の馬だと考えていますので、責任と期待を抱いて出資するつもりです。

のちに上手さんから、「川崎の山﨑裕也先生にお願いする予定です」と連絡がありました。もともとは中央に所属する予定でしたから、素質的にも南関東でデビューさせるべきですし、そうなるとEVOとしてはサラサワンなども預かってもらっている山﨑裕也厩舎ではないかと推測していましたのでその通りでした。先日のBBQパーティーで若々しい勢いのある雰囲気を体感していますので、こうして縁のあった馬が山﨑裕也厩舎に入ってくれることでまた僕と山﨑厩舎も縁が生まれそうで嬉しく思いました。

EVOは地方競馬のオーナーズですので、他の方々にも共有してもらわなければいけません。僕は出資するとして、他に誰も持ってくれないとなると、上手獣医に負担を押し付けてしまったようで申し訳ないので、僕もアピール係を買って出なければなりません。そこでカズヤラヴの牧場における様子や評価を聞いてみると、「健康良児で、私が就任してからはもちろん当歳の時から一度も体調崩すことなく昼夜放牧管理で逞しく育っています。バテやヘコたれるということを知らない牝馬です。これまで産駒の勝ち上がり率が75%という素晴らしい成績を残している父アメリカンペイトリオットをコピーしたかのような瓜二つの馬体構造です。臀部の容積、肩周りの筋肉量も申し分なく、牝馬として全く非力さがない首、などなどこれから鍛え上げていく下地が整っている馬です。人に対して従順で、難しさはないので、騎乗馴致が始まって逆にピリッとしてくることを期待しています」といかにもシモジュウらしい真面目で的確なコメントが返ってきました。

カズヤラヴを引き取るにあたって、シモジュウも自分で馬体検査をしてみたところ、どこも悪いところがなくて驚いたそうです。どこかしら痛いところや心配な箇所が出てくるものですが、この馬に関してはまさに健康優良児という表現がしっくりきます。健康であれば調教もたくさん積んで鍛え上げることができますし、コンスタントに走っていれば勝つチャンスもそれだけ巡ってくるはずです。馬格と体力にものを言わせて先行し、しぶとく粘り込むレースをして、ひとつずつ勝ち星を積み重ね、大きな舞台に辿り着いてあっと言わせる姿が目に浮かぶようです。僕は心のどこかで自分で独り占めしなかったことを後悔しましたが、上手さんやシモジュウ、そして他のEVOのメンバーさんたちと川崎競馬場で口取りするシーンを思い浮かべ、コレでいいのだとバカボンのパパみたいなことを呪文のように繰り返し口ずさんだのでした。

(次回へ続く→)

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