[根岸S]ブロードアピール、シルクフォーチュン、カフジテイク。根岸Sで驚異の追込みを決めた馬たち

フェブラリーSの前哨戦、根岸Sと聞いて「後方一気」をイメージする競馬ファンは少なくないだろう。近年は、やや先行有利の傾向になっているものの、差し、追込み勢が台頭することも珍しくなく、日本一長い東京競馬場の直線をいっぱいに使った末脚比べは迫力十分。4コーナーで最後方付近に位置していた馬がライバルたちをごぼう抜きする姿は圧巻で、未来永劫語り継がれるような伝説の追込みが決まったこともあった。

今回は、根岸Sで驚異の追込みを決めた末脚自慢たちを振り返っていきたい。

2000年 ブロードアピール

驚異的な追込みが決まったレースを振り返る際、必ずといっていいほど取り上げられるのが、ブロードアピールが制した00年の根岸Sではないだろうか。

米国産の牝馬ブロードアピールがデビューしたのは、なんと4歳の9月。札幌芝1200mの500万下(現1勝クラス)で3着と好走すると、8日後のダート1000m戦で早くも初勝利をあげた。

その後、4戦目から条件戦を4連勝し、格上挑戦で臨んだGⅢ京都牝馬特別は3着に惜敗するも、自己条件のうずしおSを快勝。デビューからわずか半年でオープン入りを決めた。

そこからは一転して重賞で2着3回と勝ちきれないレースが続いたものの、10度目の重賞挑戦となった翌年のシルクロードSで、不良馬場を苦にせず4コーナー12番手から追込みを決め待望の重賞初制覇。さらに、初勝利をあげて以来、久々のダート戦となった5月の栗東Sでも、再び雨を切り裂くような鋭い末脚を繰り出して今度はレコード勝ち。このときマークした上がり3ハロン34秒1は、データが残っている1986年以降のダート戦では当時最速のタイムだった。

そして、再び芝路線に矛先を向け、重賞で6、3、4、4着と惜敗が続く中で臨んだのが、当時11月にダート1200mでおこなわれていた根岸Sだった。

ダートで2戦負けなしの成績が評価されたか、1番人気に推されたブロードアピールは、この日も序盤は最後方付近を追走していた。ただ、逃げるエイシンサンルイスが刻む流れは600m通過34秒1とそれほど速くなく、しかも隊列は縦長。直線に向いた時点で2頭の差は20馬身ほどあり、東京の長い直線とはいえ絶望的な差に思われた。

それでも、馬場の四分どころに持ち出されたブロードアピールは、瞬時に追込み態勢に入ると凄まじい末脚を発揮。まるで狩りをおこなう肉食獣のように先行各馬を次々捕らえると、残り200mで5番手まで進出し、さらにそこから、かつてダート戦では見たこともないような爆発的な末脚を繰り出した。すると、先頭との差はあっという間に詰まり、ついには逃げるエイシンサンルイスも捕らえゴールでは逆に1馬身4分の1突き抜けるという、驚異的な逆転劇を演じてみせたのである。

ゴールした瞬間から伝説になったといってもいい衝撃的かつ驚愕の追込み。このときブロードアピールがマークした上がり3ハロン34秒3は、良馬場のダート戦ではやはり当時の最速で、これをきっかけにほぼダート路線にシフトしたブロードアピールは、さらに4つの重賞タイトルを上積みした。

その中でもとりわけ、最後の勝利となったガーネットSは、またしても良馬場の東京競馬場で上がり34秒3の驚異的な末脚を繰り出してのもの。後に、ダート短距離界で一時代を築くサウスヴィグラスを差し切ったブロードアピールはこのときなんと8歳で、8歳牝馬による平地重賞制覇はJRA史上初。現在でも、09年の阪神牝馬Sを制したジョリーダンスと2頭しか保持していない記録である。

そして2ヶ月半後。初の海外遠征となったドバイゴールデンシャヒーン5着を最後に繁殖入りしたブロードアピールは、重賞ウイナーこそ送り出せなかったものの、4番仔のミスアンコールからダービー馬ワグネリアンが誕生。競馬の祭典の歴史に名を刻むこととなった。

2012年 シルクフォーチュン

2024年4月、落馬事故により惜しまれながらこの世を去った藤岡康太騎手。その半年前のマイルCSでは、レース当日に決まった代打騎乗にもかかわらず、初めてコンビを組むナミュールとともに4コーナー15番手から素晴らしい追込みを決め、自身久々のGⅠ制覇を成し遂げていた。

ただ、藤岡康太騎手が鮮やかな追込みを決めたレースは、それまでにも度々あった。中でも思い出深いのが、シルクフォーチュンとのコンビである。

ダート界で競走馬としても種牡馬としても一流の成績を残したゴールドアリュール産駒のシルクフォーチュンは、2歳8月の小倉でデビュー(5着)。5戦目で勝ち上がったものの500万下は4戦して2勝目をあげることができず、さらには骨折が判明し、およそ1年の休養を余儀なくされてしまった。

それでも、復帰2戦目で待望の2勝目を手にすると、続く1000万クラス(現2勝クラス)の平場戦から追込みをものにし、上がり3ハロン34秒2の強烈な末脚を繰り出して連勝。さらに出石特別では、栗東Sのブロードアピールに並ぶ上がり34秒1の末脚で3連勝を飾り、中山オータムプレミアムまで4連勝を達成した。

その後はオープンや重賞でやや苦戦が続くも、初コンビの藤岡康太騎手と挑んだプロキオンS(当時は7月開催)で、まわりが止まって見えるほどの凄まじい追込みを決めついに重賞初制覇。そして、Jpn1の南部杯で3着に好走するなどして臨んだのが、6歳シーズン初戦の根岸Sだった。

人気は、南部杯で2着と好走し、シルクフォーチュンに先着したダノンカモンが集め、以下、同じくシルクフォーチュンに先着して前走のギャラクシーSを制したヒラボクワイルド。前年の根岸Sを含めここまで重賞3勝のセイクリムズンが続き、シルクフォーチュンは4番人気に留まっていた。

レースは、スタートでエベレストオーが落馬する中、外からタイセイレジェンドが逃げ、オオトリオオジャが続く展開。対するシルクフォーチュンは、指定席ともいえる最後方を追走していた。ただ、馬群は一団であったものの600m通過は35秒3と速くなく、先行馬有利の流れで進み直線を迎えた。

直線に入ると、前は粘るタイセイレジェンドにトウショウカズンが迫ろうとする一方で、シルクフォーチュンは残り400m地点でもまだ最後方。一つ前の14番手に位置するサクラシャイニーとも2馬身近い差があった。

しかし、そこから瞬時に加速して末脚を爆発させると、あっという間に馬群を飲み込み5番手まで進出。残り100mを切ったところで早くも先頭に立つと、最後は2着トウショウカズンに1馬身半の差をつけ、先頭でゴールを駆け抜けたのである。

自身と3着テスタマッタ以外、先行勢が上位を占めたこの一戦は、展開面の不利を跳ね返した点でも非常に価値ある内容で、そのとおり、続くフェブラリーSではテスタマッタに雪辱を許したものの2着に好走。根岸S組によるワンツーだった。

さらに、年末のカペラSでは、またしても鮮やかな大外一気を決め、3つ目のタイトルを獲得。結果的にこれが最後の勝利となったものの、9歳で現役を退くまで全46戦を闘い抜いたシルクフォーチュンの勇姿と強烈な大外一気が忘れ去られることはないだろう。

2017年 カフジテイク

自身も産駒もダートの短距離戦を中心に活躍した種牡馬プリサイスエンド。2026年1月末現在、JRAの重賞を制した産駒は2頭で、ともに根岸Sを勝利している。そのうちの一頭、カフジテイクもまた根岸Sで素晴らしい追込みを決めた馬だった。

3歳1月、ダート1400mの新馬戦でデビューしたカフジテイクは、いきなり勝ち馬から3秒2差の10着と大敗を喫してしまった。この結果だけを見れば、後に重賞ウイナーまで駆け上がる姿を想像しにくい敗戦といえるだろう。

ところが、そこから中2週で臨んだ未勝利戦で好位2番手から抜け出し、単勝130倍の低評価を覆して快勝すると、続く500万下では、中団待機策から今度は単勝62倍の低評価を嘲笑うように差し切り勝ち。穴党を喜ばせる連勝で、戦績を3戦2勝とした。

ただ、カフジテイクには出遅れ癖があり、5戦目の伏竜Sからはそれが顕著となって出世を遅らせる原因になった。それでも「体が資本」とばかりにタフに走り続け、4歳6月の夏至Sを勝利してオープン入りを果たす。

そして、ここからは直線が長い東京や中京のレースに狙いを定め、10月のグリーンチャンネルCを快勝。続く武蔵野Sが3着、GⅠのチャンピオンズCでも4着と大健闘し、5歳シーズンの初戦に選ばれたのが根岸Sだった。

このレースが早くもキャリア22戦目ながら1番人気に支持されたカフジテイクは、初コンビの福永祐一騎手(現調教師)を背にスタートでやや立ち遅れたものの、無理に挽回することなく後ろから4頭目に構えていた。

ただ、前は600m通過35秒0と先行馬有利の流れ。このペースを察知したか、自身より後ろに位置していた各馬が挽回を図ると、カフジテイクは16頭立ての15番手で直線を迎えてしまった。

しかし、そこは名手・福永祐一騎手。冷静に相棒を馬場の七分どころへ誘導すると、カフジテイクもこれに応えるように末脚一閃。直線半ばで8頭ほどを交わしさり、残り100mでGⅠ級2勝の実績馬ベストウォーリアと2頭で抜け出して一騎討ちになると思われたものの、並ぶ間もなく差し切って先頭ゴールイン。4度目の挑戦で、待望の重賞制覇を成し遂げてみせた。

その後、カフジテイクは次走のフェブラリーSで再び1番人気に推されたものの、今度は追込み届かず3着に惜敗。続くゴドルフィンマイルが5着、休養明けのプロキオンS2着、翌年の根岸Sでも3着など、重賞で度々好走した。

ところが、この根岸S後に左前繋靱帯炎を発症し、1年半以上の休養から復帰して以降は本来の走りができなくなり、9歳時には地方・大井に移籍するも2戦して引退。故郷のヒダカファームで種牡馬入りを果たした。

カフジテイクの産駒は、非常に少ないながらも初年度は3頭が血統登録されている。そのうちの一頭、アスターエポワスはデビューから4、2着と好走。26年1月12日の未勝利戦でも3着と好走し、初勝利にあと一歩のところまで迫っている。

折しも、1月21日にはカフジテイクを管理していた湯窪幸雄元調教師が亡くなったことが発表されており、産駒の初勝利と弔い星なるか、アスターエポワスの今後にも注目したい。

写真:@pfmpspsm

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