2021年の関東オークスは1番人気と2番人気の人気通りの決着となり、波乱は巻き起こらなかった。
しかし、この重賞で注目を浴びたのはこの2頭だけではなかった。
それは最低人気(12番人気)の馬とダートグレード初騎乗の2年目騎手のコンビが繰り出した豪脚だった。
その馬は、ネイバーアイランド。
宮崎生まれのペルシャザール産駒でデビューは2歳5月の門別。以降毎月走り続けて9戦目の10月に初勝利。
その翌月に金沢の鋤田誠二厩舎へ移籍。2歳11月の時点で10戦1勝2着1回着外8回と着実に走り続けていた。
その騎手は、魚住謙心騎手。
2003年大阪府生まれ。
2020年金沢の鋤田誠二厩舎に所属してデビュー。初年度から42勝を挙げて金沢リーディング10位(19人中)、この年デビューの地方所属の同期で最多勝となった。
ひたむきに走る彼女と金沢の若手有望騎手とのコンビが結成されてから、2着と3着が続いてなかなか勝ち切れない。
金沢が冬休みに入っても彼女は佐賀へ期間限定移籍し一旦は魚住騎手の手を離れて走り続けるも、3着まで。
2勝目が遠いまま再び魚住騎手の手に戻ってきたのが名古屋の重賞・東海クイーンカップだった。ここで8着に敗れるも金沢の2歳重賞を制していたサブノタマヒメ、マナバレンシアに先着。
「これなら金沢の3歳重賞では期待できる」という認識にはならなかったようで、次走・石川ダービーでは単勝277.9倍の12頭中10番人気という評価だった。
「(ダービーと言う事ではなく)重賞と言うだけでいっぱいいっぱいだった」
と振り返る魚住騎手と挑んだ石川ダービーは、勝ち馬から4.5秒差の8着。
そして、このコンビの次走が冒頭で振り返ったダートグレードJpnⅡの関東オークスだった。
この年の関東オークスは中央のリステッド鳳雛S勝ちの武豊騎乗ウェルドーンと、森泰斗騎乗の南関牝馬2冠馬ケラススヴィスが人気を分け合い、他にも中央OP馬や地方重賞好走馬とメンバーが揃った。
そんなメンバーの中に入ったネイバーアイランドは、22戦1勝、重賞は7~8着まで、初距離、初川崎、初左回り、馬体重-16㎏で過去最低の403kg。
はっきり言って、買い要素は見当たらない。当然ながら単勝535.5倍の最低人気だった。
「正直メンバーは天と地じゃないですけど、本当に離れた能力差があった」
騎乗する魚住騎手もそんな認識。
だがここまで離れていると──。
「後方待機で最後の一脚に賭けるしかないって、腹を括りました」
18歳の若武者は開き直って不良馬場の大舞台に向かった。
ゲートが開くと2番人気ケラススヴィア、6番人気ウワサノシブコがレースを引っ張って3番手に1番人気ウェルドーンが続く。
ネイバーアイランドはスタートすると最後方にポジションをとった、最初のコーナーから1周目スタンド前では11番手からも引き離されてぽつんとただ1頭走る最後方。
追走すらままならぬ……という走りにも見えた。
「(前が)速くなってほしいな、前止まってくれればいいなと言う気持ちで乗っていた」
魚住騎手はそんな思いで手綱を握っていたと振り返る。
あくまで、無理な追走ではない、マイペースの追走。
2周目向こう正面では中継の隊列全体を映す画面で馬が豆粒にしか見えなくなるくらいの最後方となっていた。
だがこの時、遥か前方では1100m1分10秒3(同年の川崎記念が重馬場で1100m1分11秒7)と言うハイペースが刻まれ、魚住騎手の願望は叶っていた。
向こう正面でネイバーアイランドは徐々に進出を開始。大きく離れてはいるがその差は縮まっていく。
そして、最後の直線。遥か前方でケラススヴィアとウェルドーンの一騎打ちとなった頃、ネイバーアイランドは馬群に追いついていた。
「ペースも割と早くなっていたので、前も止まってくれて」
最後の一脚に賭けたのが、功を奏した。
他の馬が上り43秒後半から45秒台とバテバテで直線を駆ける中、ネイバーアイランドは上り40.4と言う勝ち馬の上り(41.3)よりも1秒近く速い脚で300mの直線の大外を駆け抜ける。
中央の実績馬も地方の実力馬もまとめて交わして行き、芝の快速馬リフレイムを首差交わした所でゴール。大健闘の5着入線を果たした。
「(この展開は)正直読みというよりも願望でした。そのおかげで、なんとか最後5着まで食い込めた」
魚住騎手はこう言うが、ダートグレードで見せる腹括った、思い切った騎乗は18歳(当時)2年目騎手とは思えない大胆さ。
ネイバーアイランドの走りと同時に金沢の魚住謙心の名を全国の地方競馬ファンに轟かせる事となった。
だが、この年、魚住謙心の名は再び全国の競馬ファンに轟いた。
年末のヤングジョッキーシリーズのファイナルに進出。ファイナルラウンド中山で単勝11番人気スウェアーで鮮やかに抜け出して優勝し、2戦1勝2着1回と大活躍を見せてもう少しで総合優勝の総合3位に入ったのである。
ネイバーアイランドやこのレースのように逃げ先行より差し追い込みが得意なように見えるが、
「差しが得意と言う訳じゃないけど。そう言う馬が多かったので。逃げよりも差し追い込みが多かったので自然と身に着いた。馬に教えられた。馬のおかげですよ、本当に」
1年目から多くの騎乗を経て身に着けた技術が地方のみならず中央でもファンを驚かせた。
2022年は怪我で戦線を離脱する経験もしたが彼ならばきっとその経験も糧にしてまだ勝っていない重賞を制覇できるだろう。
「2022年は名前を売っていきたい」
そういう19歳3年目の魚住謙心。その名をさらに全国へと高めていくことだろう。
そして、関東オークス後も手綱を握り続けているネイバーアイランドとも2勝目を挙げて以降は結果が出ていないが再びあっと言わせてほしい。
騎乗以外のプライベートにも肉薄(?)したインタビューも掲載中の「遊駿+48号」はこちらです。
(百万石賞前の発行号となっています)