「いきいきと」馬たちが過ごせる場所を目指して。Horse Space 紡の挑戦

埼玉県羽生市、さいたま市街中心地から車で2時間ほどの長閑な場所に、『Horse Space 紡』という、馬のための場所がある。

近年、ニュースや関係者による発信により、引退競走馬への関心が広がっている。それに伴い、実際に競走馬生活を終えた馬たちを受け入れ、セカンドキャリアへ送り出すことを目指す活動も増加した。

しかし、セカンドキャリアを迎えた馬たちのその後を知る人たちは、どれくらいいるのだろうか。

勿論、受け入れ先により様々な事情はあれど、終生まで世話をすることを公表している乗馬クラブや、ファンを迎え入れている往年のスターホースがいる観光牧場など、乗馬・種牡馬・繁殖馬を終えた馬たちがその後を過ごす場所が全く存在しないわけではない。
しかし、セカンドキャリアに進んだとしても、馬たちが過ごす未来が不透明であることも、また現実である。

『馬と共に』そして『馬のために』過ごせる場所を目指して

2023年4月某日、春らしい穏やかな日差しを浴びながら『Horse Space 紡』を訪ねた。

出入口にポストと看板があるが、そこに乗馬クラブという記載はない。

なぜならこの場所は、人のための『乗馬クラブ』ではなく、"紡っ子"と呼ばれる馬たちのための『Horse Space』として、存在するからである。

このポストの向こうに、馬たちが過ごすきゅう舎がある。

まずは、オーナーである仲嶺さんのご指導のもと、乗馬体験をさせてもらう。これまでの乗馬レッスンでは深く意識していなかった「馬に合わせた騎乗姿勢」と「右回り(普段は左回りでレッスンを受けている)」についての指導を受ける。レッスン担当馬マロンの脚の動きを、鞍上にいる私の坐骨と合わせ、文字通り"一緒に歩くこと"を意識すると良いそうだ。

暖かな春風の中、深呼吸を一つして肩の力を抜くと、マロンの息遣いが、一歩一歩馬場を踏みしめる音が聞こえてきた。マロンは道産子の血が入っているので、競馬で見慣れているサラブレッドに比べれば小柄だということだが、18歳(当時)とは思えないほどに元気に力強く導いてくれた。

下馬した後はマロンと一緒に洗い場へ戻り、手入れをする。マロンはふすま汁を一気に飲み干して、厩舎へ戻った。その姿に私もつられて麦茶を飲み、運動後の水分補給を終えた。

体験乗馬の僅かな時間ではあったが、人馬一体、心を通わせることを目指した時間は充実感にあふれていた。

"いいヤツ代表"マロン。表情は終始穏やかで優しかった。

人を乗せるということは少なからず馬たちに負担がかかる。それはレースを走った後の競走馬に限った話ではなく、乗馬でも人の重さを背中に感じながら歩いたり走ったりすることに変わりなく、無理をさせれば故障してしまう。

Horse Space 紡では、1日2 鞍までの稼働を上限とし、疲れた馬や痛みを抱えていそうな馬はホースケア会員(日々馬とのコミュニケーションやケアを学び、実践する会員)と共に、元気に日々の生活を送れるようケアを施される。

ホースケア会員が馬たちの体温を冷やす工夫をしている真夏のある日の風景。

また、Horse Space 紡では、馬同士が過ごす時間も大切にしているため、天気のいい日は馬場で放牧されることもある。逆に雨風や雪の場合はレッスンもクローズしてきゅう舎で1日を過ごすようにしている。私が伺う予定だった日もあいにくの雨だったため、1週間ほど後の晴れた日に日程を変更した。

全天候対応の屋根があったり、多少の雨天であれば雨具着用でレッスンを実施する施設がある中、すべては"紡っ子"の健康と幸せを中心に、日々の取り組みが続けられている。

きゅう舎にいる"紡っ子"たちは仲嶺さんやボランティアスタッフだけでなく、この日初めて訪れた私に対してもフレンドリーに顔を覗かせ、触れ合うことができた。

Horse Space 紡にいる馬は、かつてどこかで心身の健康を損なってしまった馬が多い。人に対して警戒心あるいは敵意を持っていたであろう馬たちに対して、じっくりと時間をかけて丁寧にケアをすることで、最期の瞬間まで幸せに過ごしてほしい──。そんな思いを結実させた"馬のための場所"であることが、最も感じられた瞬間だった。

更なる『馬のQOL』向上を目指して。羽生からのお引越し

Horse Space 紡が立ち上げられたきっかけは、仲嶺さんが元乗馬クラブ在籍馬、ミントキャンディを引き取ったこと。「馬と暮らせるようになりたい。馬と暮らすということを勉強しよう」と決意したという。そして学んでいくなか、引き取った後の預託先の牧場が2017年に閉鎖を決定。牧場にいた全頭と一緒に、埼玉県羽生市に移動した。

そうして立ち上がったHorse Space 紡は、2018年4月~2024年2月まで約6年間、馬のための場所を守る活動を続けてきた。その間にスタッフの知識も向上し、"紡っ子"たちは心身に大きな変化を遂げた。

さらに2024年春、大きな転換期を迎える。

人を乗せる仕事ができなくなった馬であっても、自分が生きていくためのお金を生み出せるシステムを確立することによって、最期の日まで安心して過ごせる場所作りを目指したい──。馬と人がより良い生活を送るための"事業"として更に環境を整えるため、羽生市から越生市への引越しを決めたのである。

引越先は元乗馬クラブの跡地。数年使われていなかったこともあって、まずは修繕が必要になる。
修繕後も、まずは"紡っ子"たちが新天地に慣れるまで時間をかけてケアをするのが優先だ。その上で、馬に負担が少なくなるタイミングで営業をスタートする予定だ。

移動前のHorse Space 紡は、夏になると熱帯夜が続いたという。それが、朝晩は気温が下がる新たな場所での生活に移れば、"紡っ子"たちの身体負担を軽減することが出来る。広い土地を自由に駆けまわることが出来れば、メンタルもより良い方向に向かっていくはずだ。すべては"紡っ子"たちを第一に考えた上での、Horse Spaceとしての引越しである。

そこで、2024年2月7日から、新天地への移転資金300万円を目標にクラウドファンディングをスタート。その理念に共感する人は多く、すぐに第一の目標である300万円に到達した。そしてネクストゴールとして、馬房や排水溝といったライフライン改修をするための費用600万円を設定。2024年3月29日まで支援を募集している。

興味がある人は、ぜひ支援を検討してみて欲しい。

おわりに…

クラウドファンディングに参加するのは勿論、"発信"することもまた一つの支援の在り方である。今回の記事は、私が実際に羽生市の施設に訪れた体験談をもとに、これから更に質の高い『人馬共生』を目指す仲嶺さんの思いに共感して筆を執ったものである。

そして、今回のクラウドファンディングはあくまでも新事業のスタートラインに過ぎない。

『心身のトラブルを抱えてしまった馬たちをケアする場所』として、乗馬だけではなく更に多くの馬たちを"紡っ子"として受け入れ、そして多くの人馬が共に幸せに生活できる事業として軌道に乗ることこそ、ゴールラインなのである。

さらに、もうひとつ。今回の記事を執筆中に、Horse Space 紡に預託されていた"ちゃいろいおうま"ジョージが天へ旅立った。35歳と約10か月、長い馬生の最期を穏やかに終えたという。祭壇には多くの献花やおやつが届いていることからも、ジョージが多くの人との絆を紡いだことが伺える。勿論、僅かなひとときであったが、私もジョージとの絆を紡いだ一人である。

お別れは寂しいが、羽生の地が素晴らしい場所だったことを伝え、これから新たに立ち上がる越生の地も素晴らしい場所になるように協力することを、ジョージに約束したい。

ジョージ、競走馬、乗馬、そして紡での馬生お疲れ様でした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

2023年のジョージ。背中は落ちても毛艶はよく元気一杯、桶に顔を突っ込んで牧草を食していた。

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