[追悼]負け続けて愛された馬の行き着いた先。ハルウララ晩年の姿を振り返る

2025年9月9日、「負け組の星」と呼ばれたハルウララが疝痛のため息を引き取った。29歳だった。
高知競馬で113連敗という記録を作り、テレビや新聞で大いに話題を作ったアイドルホース。競馬ファンを超え、当時の社会を元気づける活躍を果たした。

晩年は、千葉県のマーサファームで過ごしたハルウララ。
昨年のハルウララの様子を取材した記事が「もうひとつの引退馬伝説~関係者が語るあの馬たちのその後」に掲載されている。在りし日のハルウララを振り返り、追悼としたい。

行方不明といわれたアイドルホース

かつて100戦以上走って一度も勝てなかった馬がアイドルホースとなり、日本中に大ブームを巻き起こしたことがある。「負け組の星」と呼ばれて一世を風靡したハルウララである。

1998年に高知競馬場でデビューしたハルウララ。生涯成績は113戦0勝。どんなに走っても勝てない馬――通常そうした馬が脚光を浴びることはない。しかし、ハルウララが現役で走っていた2000年前後は、史上最悪の失業率とリストラの嵐が日本を襲った時代。どんなに負けても走り続けるハルウララは、さまざまなメディアで取り上げられ、多くの人に勇気と希望を与えた。しかしそのブームの最中、2004年秋に放牧に出されたハルウララは、そのまま高知競馬場に戻ることなく引退。その後、行方が報じられることはなくなった……。

そんなハルウララの消息が久々にメディアで発信されたのが2014年。同馬の余生を見守る『春うららの会』が発足し、近況が伝えられた。今回その『春うららの会』の代表にして、同馬が繋養されているマーサファームを運営する宮原優子さんに、引退後の紆余曲折や現在の様子などを聞くことができた。

「ウララは引退後にここの隣町の勝浦でセラピーホースをやる話があったみたいですが、北海道の牧場を転々として、前のオーナーが繁殖にするっていうことで動いていたみたいです。しかもディープインパクトを付けるって(笑)。種付料は当時900万円くらいで、今でいうクラウドファンディングでお金を集めようとしたけど集まらなくて、次はステイゴールドを付けると言っていたようです(笑)。でも当時、ウララは16とか17歳。結局繁殖をあきらめてこっちに連れてくるということで、2012年にうちが引き取ったんです」

しかし、それまでまったく消息が掴めなかった馬だけに、本当にハルウララなのかという声もあったはずだ。

「目立った特徴のない馬ですけど、オーナーが連れてきたということと、健康手帳が一緒についてきましたから。でも私は連れてきた馬が本物のハルウララじゃなくても構いませんでした。ハルウララだから預かるというわけではなかったですし。ただ、引き取って『春うららの会』を作る時、証明になる健康手帳があったのはよかった。会を立ち上げたら、すぐに80人くらい会員さんが集まってくれました。涙ながらに『生きていてよかったです』っていう電話をいただいたりして」

ハルウララ無事の報は、気にかけていたファンには朗報だったろう。それでも「連れてきた馬が本物のハルウララでなくても構わなかった」という宮原さんの言葉には、彼女の馬への深い愛情が感じられた。ところが宮原さんのハルウララへの第一印象は意外なものだった。

「やだなって思いましたね (笑)。事前にやんちゃだとかすごい手がかかるとか情報は仕入れていたんですが、馬運車から下ろして馬房まで来るのに飛んだり跳ねたり、うわっ、怖っと思って。怖がりなんですよ。そもそも輸送も苦手らしくて場所が変わったストレスもあったのか、とにかくすごかったです」

そんな不安いっぱいのハルウララの気持ちを和らげてくれたのは、パートナーともいえる馬たちだった。

「前のオーナーから、ウララが来る前に2頭預っていまして。そのうちの1頭とウララが仲良しだったというのも、ウララがここに来た理由です。ウララってあの性格だからあんまり友だちを作るタイプじゃないんですけど、その仔のことは信頼していて横にいると落ち着くようでした。でもその仔が亡くなって。今はマーキュリーという仔が一緒にいます。マーキュリーも性格が穏やか。一緒にしたらそんなわがままもしなくなりました」

馬と馬が同じ環境で生きていく上で、相性というのは重要なのだろう。

「ウララはあの仔にぶつけてるんです。寂しい時は呼んで、大好きなニンジンが絡むと『あんたどっか行って』って。なんかうまいことやっていますね (笑)」

わがままで自己中 しかも飽きっぽい

マーキュリーへの当たりを見てもわかるように、ハルウララはとても感情表現の豊かな馬なのだそうだ。

「すぐ顔に出しますよ。気に入らないと怒りますし」

宮原さんとハルウララが過ごした年月は12年を超える。長年連れ添っていると、ハルウララの表情ひとつで何を思い、伝えようとしているのかわかるようだ。

「怒っている顔をします。顔が引きつるんで。彼女の中では決まり事がいろいろあって、たとえば放牧に向かう時間帯にどこかにつなごうとすると『嫌、放牧なの!』って。放牧から帰る時もちょっと違うことをしようとすると『嫌、帰るの!』って主張します。昼寝の時間も邪魔すると怒ってくるし。わがままで自己中で気持ちの振り幅が極端です。持ち上げとかないとすぐ機嫌を損ねますね (笑)」

宮原さんは、ハルウララが現役時代に結果を出せなかった理由もこう分析する。

「飽き性なんですよ。血統的には長距離も大丈夫なはずなのに、現役の時に短距離ばかり使っていたのは飽きっぽいからかも。30分とか40分とか普通に運動させるんですけど、20分で飽きます。好きなことだとずっとやっているんですけどねぇ。とりあえず人も乗せることは乗せる。でもちょっと運動すると、『はい終わり、下りて』って落とそうとします。危ないコイツって (笑)」

ハルウララも28歳。年齢的にはもう少し穏やかになってもよさそうだが。

「人間の子どもにはやさしいですよ。ちょっと困ってたり、怖がっている子どもにはとてもやさしい。意外とセラピーホースに向いてたかもしれませんね。でもズカズカ来る大人には寄らないです。犬や猫とか他の動物にも興味がなくて」

今では『ウマ娘』でハルウララを知って訪ねてくる人も増えた。しかし、ハルウララが自らファンサービスしてくることはないという。基本的にはお尻を向け、大好きなニンジンを持ってきたら少しサービスして、カメラを向けると仕方ないなという感じでポーズを取るそうだ。

「カメラとか物怖じしないんで女優とか言われます。すごいんですけど、わかっているのかわかっていないのか (笑)」

ハルウララの毎日は、朝ごはんを食べて放牧に出て、昼に戻ってきて昼ごはんを食べてお昼寝して、そのあと晩ごはんを食べて、の繰り返し。宮原さんは、「この先も変わらないでしょうね、きっとこのまま。ウララに対しても愛着やら愛情やら何か湧くのか、よくわからない。わからないっていうか、うーん」ずっとハルウララの世話をし続けている宮原さん。そこに特別な感情はあるはずだが、その思いや関係性を言葉で表現するのは難しいようだ。

「友だちやパートナー……そういう感じじゃないですね。『切っても切れない縁』というか、切ろうと思っても切れないとこですね。向こうが何か返してくれるわけでもないけど、勇気とか何かもらってるとかそんな素敵な関係でもない。きっと周りから見れば綺麗な関係なんでしょうけど、お互いにいいスタンスを保っていて、私にあまりぶつけてこない。ちょうどいい距離感なのかもしれません」

紆余曲折の末に、ようやくハルウララは勝ち負けとは無縁の素の自分でいられる環境と人の元に辿り着いた。宮原さんとハルウララの「縁」は、これからもずっと続いていくことだろう。

写真:宮原政典


書籍名もうひとつの引退馬伝説~関係者が語るあの馬たちのその後
発売日2024年9月13日
価格定価:1,980円(本体1,800円+税10%)
ページ数A5判/オールカラー/144ページ
あなたにおすすめの記事