大穴騎手と大穴娘、運命の邂逅〜2014年・ターコイズS〜

「大穴をあける騎手といえば?」という問いに、皆さんはどの騎手を思い浮かべるだろうか。

様々な名前が挙がると思うが、おそらく上位に食い込むのが、江田照男騎手ではないだろうか。
ダイタクヤマトで制した2000年のスプリンターズステークスは、16頭中の16番人気。
他にも、テンジンショウグンやネコパンチで制した日経賞など、平場のレースのみならず、重賞での激走実績も数多ある。

一方で「大穴をあける馬といえば?」という質問に対する回答は、騎手に比べて少し難しい。
なにせ、日本のサラブレッドの生産頭数は年間およそ7000頭前後。もちろんそのすべてがデビューできるわけではないが、その中から1頭を選ぶというのは、騎手を選ぶのに比べて少し迷いが生じる。
しかし、1頭も選べないほど迷うかといわれれば、決してそんなことはない。
特に、大波乱となった重賞やGⅠで馬券に絡んだ馬の名前は、競馬を愛するファンそれぞれの心の中に、少なからず存在しているはずだ。

今回は、タフに走り続けた長いキャリアの中で、歴史に残る大穴を二度もあけた馬が、オープン初勝利を挙げた2014年のターコイズステークスを振り返りたい。


ターコイズステークスは、2015年にオープンから重賞に格上げされたが、レース自体は昭和の時代から施行されている歴史ある競走。距離こそ2000m→1800m→1600mと短縮されてきてはいるものの、12月に行われる牝馬限定のハンデ戦という設定は変わっていない。そして、こういった設定ゆえ、以前から波乱の決着となることも少なくなかった。
この年は14頭がエントリーしたが、単勝オッズ10倍を切ったのが5頭。
さらに、14番人気の馬でも単勝オッズは39.9倍と人気は割れに割れ、混戦の様相を呈していたのだった。

そんな中、オッズ4.3倍の1番人気に推されたのは、5歳馬のレイカーラだった。前年の覇者で、前走はGⅡ府中牝馬ステークスで7着。とはいえ、勝ち馬からは0秒4差の惜敗だった。血統面でも、この2週間前のマイルチャンピオンシップを制したダノンシャークを半兄にもつことも評価されたのだろうか、人気に推されたのだった。

2番人気に推されたのが、4歳馬のケイティバローズ。ここまでの17戦で、芝のレースは3戦して未勝利だったが、久々の芝のレースとなった前走のユートピアステークスでは、好メンバー相手に2着と好走し、格上挑戦ながら51kgの軽ハンデも魅力だった。

そして、3番人気に続いたのは、3歳馬のマーブルカテドラルだった。牝馬三冠すべてに出走し、前走の秋華賞では16着と崩れたものの、桜花賞7着、オークスも6着と惜敗。2歳時に重賞のアルテミスステークスを制した実績は、このメンバーの中では上位だった。人気順では、以下、ノボリディアーナ、クラウンロゼと続き、スタートを迎えることとなった。


ゲートが開くと、最軽量ハンデの1頭で、格上挑戦の身だったミナレットが、この年デビューした新人・石川裕紀人騎手を背に、好スタートを切ってそのまま先頭に立った。もともと、逃げ・先行の競馬を得意としているが、前走は出遅れて惨敗していたために、今回の逃げは全く迷いのないものだった。

それを追ったのは、前年に重賞を中山競馬場で制した実績を持つクラウンロゼとサクラプレジールの2頭で、以下、チャーチクワイア、トーセンベニザクラ、フレイムコードが先行集団を形成した。一方で、上位人気3頭は中団より後方に控え、ケイティバローズに至っては離れた最後方を進み、先頭からはおよそ12馬身ほどの差となっていた。

快調に逃げるミナレットのペースは、前半3ハロンが35秒4、4ハロンは47秒0と平均的な流れ。そのまま隊列は変わらず、残り600mを切ったところで、今度は4番手にいたトーセンベニザクラが仕掛けて、ミナレットに並びかけようとする。それに連れて、サクラプレジールとクラウンロゼもスパートを開始し、レースはそのまま直線での勝負を迎えた。

直線に入ると、ミナレットが二の脚を使って1馬身半ほどのリードを取り、逃げ込みを図る。一方、トーセンベニザクラは後退し、クラウンロゼとサクラプレジールにも伸びがない。それ以外の馬もジリジリとしか伸びてこず、ただ一頭、目立った差し脚を伸ばしてきたのは、最内を突いたマーブルカテドラルで、優勝争いは完全にこの2頭に絞られた。

──逃げるミナレットか、追うマーブルカテドラルか。

しかし、最後はミナレットがいっぱいいっぱい粘りきり、人馬共にオープン初勝利を達成。クビ差の2着にマーブルカテドラル、3着にはメイショウスザンナが入った。

勝ったミナレットは、ここまで1000万クラス(現・2勝クラス)での勝利はあったものの、1600万クラス(現・3勝クラス)では2戦して、6着、14着と実績がなかった。今回は、格上挑戦だったものの、50kgの軽ハンデと新人騎手を配してきたことで、やるべきレースが明確なことが馬券を買う側にも伝わっていたのだろうか。単勝オッズ25.7倍の9番人気という評価は、誰もがあっと驚くような大穴、というわけではなかった。


ミナレットは、2010年4月12日、キヨタケ牧場に生を受けた。

父は、現役時に13番人気の伏兵で天皇賞春を制したスズカマンボ。代表産駒として、ミナレットの同期で、後に牝馬二冠を達成するメイショウマンボや、JBCレディスクラシックとチャンピオンズカップを制するサンビスタを輩出した。

母のノワゼットは、現役時4戦して未勝利。
しかしその父ウォーニングは、代表産駒のカルストンライトオやサニングデールに象徴されるように、産駒に伝えるスピードは屈指のもの。いまや世界的には貴重な血となったインリアリティ系の種牡馬だった。

1歳で2011年北海道オータムセールに上場されたミナレットは、税込84万円という安値でミルファームに落札された。ミルファームといえば、今や新潟の直線1000mの2歳戦に多数出走してくる光景がお馴染みである。翌年8月のミナレットのデビュー戦に選ばれたのは、1000mではなかったものの、同じ新潟コースの芝1400mだった。

お世辞にも、父母ともに超一流の実績を残した良血とはいえない血統で、17頭中14番人気という戦前のミナレットへの評価は相応のものだった。しかし、そんな低評価をあざ笑うように、デビュー戦から持っているスピードをいかんなく発揮したミナレットは、道中2番手からレースを進めると、逃げた馬をゴール前で捕らえて抜け出し、見事にデビュー勝ちを決めたのだった。そして、この勝利こそが、ミナレットが日本競馬の高額配当の歴史に、史上最も名を残した馬として語り継がれる、伝説の始まりとなったのである。

この時のミナレットの単勝オッズは121.9倍。そして、2着同着となったヘイハチピカチャンとファイヤーヒースは、それぞれ12番人気と10番人気だった。3連単は、二通りの配当があったが、ミナレット→ヘイハチピカチャン→ファイヤーヒースの3連単は、WIN5を除けば、2020年12月現在でも中央競馬の史上最高配当となっている29,832,950円という大波乱となり、ミナレット→ファイヤーヒース→ヘイハチピカチャンの3連単も、当時5位、現在でも10位となる、14,916,520円という配当になったのである。ちなみに、タラレバの話をしてもしょうがないが、もし2着が同着ではなかったとすると、前者の配当は5,900万円を超えており、歴代の配当でも群を抜いた1位となっていたことになる。

ミナレットは、その後も持ち前の先行力を武器に、1400m前後の芝のレースをタフに走り続けた。2勝目は、12戦目となった翌年の6月に挙げ、20戦目となったその年の12月に3勝目を挙げる。その後は6戦して勝利を挙げられず、一度1000万クラスに降級したものの、4歳8月の豊栄特別を勝って通算4勝目を挙げ、2戦を挟んだキャリアちょうど30戦目で、冒頭のターコイズステークスでの逃げ切りに繋がるのだった。


年が明け、迎えた5歳シーズン。
オープンに昇級したミナレットは、ニューイヤーステークス14着、中山牝馬ステークス11着と低迷したが、福島牝馬ステークスでは一転、ローカルの小回りで先行する自らの武器を生かして見せ場を作り、5着と好走した。そして、次走に選ばれたのは、なんと初のGⅠの舞台となるヴィクトリアマイルだった。

前年のオークス馬ヌーヴォレコルトが人気を集め、GⅠ馬は他に、秋華賞馬ショウナンパンドラや、2年前の二冠牝馬メイショウマンボも出走していた。一方、ミナレットの単勝オッズは291.8倍で、18頭中18番人気。さらに、入った枠も大外18番という不利なもので、戦前は厳しい戦いが予想されていた。

しかし、その背には、歴代の大穴ジョッキーとして屈指の実績を誇る、江田照男騎手という頼もしいパートナーの姿があった。キャリア34戦目にして初のコンビ。デビュー戦で、歴代最高配当ランキングの筆頭に名を刻んだ大穴娘が、よりによって生涯初のGⅠの大舞台で、大穴ジョッキーとコンビを組んだことは、まさに運命の出会いとしかいいようのないものだった。

ゲートが開き、大外枠から完璧なスタートを決めたミナレットと江田騎手は、あっという間に最内に進路を取り、2番手に1馬身半ほどの差をつけた。前半の3ハロンは34秒3の平均ペースだったが、その後もペースは落ちず、続く2ハロンも11秒2、11秒4で推移。1000m通過は56秒9のハイペースとなり、2番手のケイアイエレガントとの差は5馬身、そして人気馬が密集する中団馬群とは、10馬身近い差ができていた。

「さすがに早すぎるから、後方にいる馬向きの展開になるな」

ミナレットの馬券を買った人も、そうでない人も、大半の人々はこう思っただろう。

しかし、直線に入って残り400mの標識を通過しても、そのリードは変わらない。さらに、ゴールまで残り200m標識を前にして、ケイアイエレガントが2馬身後方まで迫ってはきたものの、ミナレットの逃げ脚もそこまで鈍ってはおらず、3番手以下との差はまだ5馬身はある。ハイペースで逃げたことで、父スズカマンボのスタミナと、母系に流れるウォーニングの持続するスピードが、この日の高速馬場と相まって、GⅠの大舞台で見事に発揮されたのか。

片や、人気のヌーヴォレコルトやディアデラマドレは末脚を伸ばせず、中団でもがいている。そんな中、ただ一頭ストレイトガールだけが末脚を伸ばし、前を行く2頭に襲いかかり、上位争いは完全に3頭に絞られた。大波乱の決着が現実として見えてきただけに、この時点で、早くも悲鳴にも似た歓声とどよめきが上がり、場内は異様な雰囲気になりつつあった。

残り50m地点。ついに、ケイアイエレガントが粘るミナレットを捕らえ、そのまま押し切るかと思われた矢先、外から一気にストレイトガールが追込み、交わしたかどうかというところがゴールだった。肉眼では、1、2着の差は微妙だったが、3着には18のゼッケンをつけた馬が完全に残っていた。

「これは、えらいことが起きたぞ……」

最後の直線、残り200m地点で想像したことが、現実に目の前で起きた。単勝オッズで300倍近い18番人気のミナレットが、3着に粘ったのだ。レース後、場内にはなんともいえない不思議な空気が漂い、GⅠが行われた直後の競馬場とは思えないほど、静まりかえっていた。

程なくして、1着ストレイトガール、2着ケイアイエレガント、3着ミナレットの順で確定。
東京競馬場の巨大なターフビジョンに払い戻しを告げる数字が並び、同時に場内アナウンスが流れたが、その数字が表示された瞬間が、この日一番の大きな歓声となった。

3連単 5-7-18 20,705,810円

この配当はGⅠ史上最高額の配当で、全レースを通じても現在では5位の高額配当となっているが、この時点では歴代2位の高額配当となった。つまりこの瞬間、当時の3連単の高額配当ランキングの上位2つに、ミナレットの名前が記載されることとなったのだ。異なる2レースに同じ馬がランクインすることは前代未聞の珍記録といってよく、今後このような馬が出てくる可能性は、限りなく低いのではないだろうか。

その後、ミナレットは7戦し、通算41戦目となった谷川岳ステークスを最後に現役を引退、ミルファームで繁殖入りを果たした。結局、生涯を通じて一度も1番人気に推されることがなかったところが、大穴娘のこの馬らしいところでもあった。

ミナレットは引退後、繁殖入り。順調に子供達もデビューしている。
いつの日かその産駒があっと驚くような高配当を演出し、ミナレットと共にその名をランキングに刻むことを、願っている。

写真:ラクト

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