[秋華賞]ブゼンキャンドルにブラックエンブレム…。 秋華賞の波乱を彩った乙女たち。

現在の牝馬三冠における最終戦・秋華賞が創設されたのは1996年。2021年で、ちょうど四半世紀が経過したことになる。それまでの最終戦はエリザベス女王杯で、距離は2400m。3歳秋とはいえ、オークスと同様、乙女たちにはまだまだ厳しい条件で、ホクトベガやタケノベルベット、さらにはサンドピアリスが制したレースでは、伝説レベルの大波乱が起こっている。

そして、距離が2000mに短縮された秋華賞も、創設当初はその歴史が受け継がれたように、波乱の決着となることが多かった。

今回は、過去の秋華賞で波乱の立役者となった牝馬たちを振り返っていきたい。

ファビラスラフイン(1996年)

記念すべき第1回の秋華賞で、圧倒的な1番人気に推されたのがエアグルーヴだった。6戦4勝2着2回とほぼ完璧な成績。前走のオークスで、ダイナカールとの母娘制覇を達成したが、それ以上に強烈なインパクトを残したのが、前年のいちょうSと、この年のチューリップ賞である。

前者は、ゴールまで残り250mの地点で前をカットされ、騎乗した武豊騎手が立ち上がるほどの不利を受けながらも再加速して勝利。後者は、阪神3歳牝馬Sで逃げ切りを許したビワハイジを、逆に5馬身も突き放す圧勝だった。続く桜花賞は熱発で回避したものの、この2レースのインパクトが強烈すぎたせいか、オークスの勝利にそこまでの驚きはなく、秋華賞での二冠達成はほぼ間違いなしと思われていた。

2番人気は、外国産馬のヒシナタリー。3歳牝馬としては珍しく宝塚記念に挑戦し4着と好走すると、小倉記念とローズSを連勝。対抗馬の筆頭候補と目されていた。

単勝オッズでは2頭が抜け、3番人気のエリモシックは単勝15倍と、下馬評では完全な一騎打ちムードの様相。しかし、好事魔多しとはこのことか。エアグルーヴが、パドックでカメラのフラッシュに驚いてイレ込みはじめ、著しく集中力を欠いてしまったのだ。

そんな中スタートが切られると、シルクスプレンダーが逃げ、2番手にマークリマニッシュ。3馬身差の3番手に、ややいきたがりながらもファビラスラフインが追走する展開。

前半1000mの通過は、当時としてはハイペースの58秒7で、中団に付けた人気馬には絶好の展開と思われた。ところが、3~4コーナー中間で早くもエアグルーヴの手応えが悪くなって鞭も飛び、にわかに波乱の雰囲気が漂い始める。

直線に入るとそれは現実のものとなり、ハイペースを前で追走していたはずのファビラスラフインが残り200mで先頭。後続との差を広げにかかるのとは対照的に、エアグルーヴは馬群に沈み(レース中に骨折していたことが判明)、ヒシナタリーも伸びを欠いている。

かわって、エリモシックとロゼカラーが追い込むも、1馬身半差まで詰めるのが精一杯。結局、ファビラスラフインが余裕を持って押し切り、コースレコードに0秒1差の好タイムで優勝。当時は、馬連までしかなかったものの、2着エリモシックとの組み合わせは155倍という波乱の決着だった。

外国産馬のファビラスラフインは、春は3戦全勝でニュージーランドトロフィーを制し、NHKマイルCでは抜けた1番人気に推されたほどの実力馬。しかし、レースでは超ハイペースで逃げるバンブーピノを2番手で追走し14着に大敗。今回はそれ以来5ヶ月ぶりのレースで、5番人気と評価を下げていた。

さらにファビラスラフインは、この勝利がフロックでないことを次走のジャパンCでも証明。当時としては珍しい3歳牝馬のジャパンC挑戦で、7番人気に甘んじたものの、直線でシングスピールと2頭で抜け出すと激しい叩き合い。わずかにハナ差及ばなかったものの2着に激走し、凱旋門賞馬のエリシオには先着してみせたのだ。

次走の有馬記念では10着に敗れ、その後、骨折と屈腱炎に見舞われて引退したため、ファビラスラフインが出走したのは、この年限りの7戦のみ。しかし、彼女のひたむきな走りと刹那の眩い輝きは、オールドファンの記憶の中に、今も鮮やかに残っている。

ブゼンキャンドル(1999年)

松田博資元調教師といえば、ブエナビスタやアドマイヤムーンといった名馬を管理した名伯楽である。また、騎手時代は障害の名手として知られ、体重制限に苦しみながらも地位を確立。障害レースでは、当時、中央競馬史上の最多勝利記録保持者でもあった。

その松田騎手が所属していたのが上田武司厩舎。そして、同厩舎に所有馬を多数預け、同騎手を息子のように可愛がっていたのが、「炭鉱王」と呼ばれた大馬主の上田清次郎氏である。

松田騎手に調教師転身を勧めたのも上田氏で、同氏はオーナーブリーダーとして上田牧場を開設。調教師に転身した松田師のGI初勝利は、コスモドリームで制した88年のオークスだが、同馬は上田牧場の生産馬。さらには、父ブゼンダイオーも同場の自家用種牡馬で、前年に亡くなった恩人の上田氏に捧げる最高の勝利となったのだ。

そんな師が上田武司厩舎の所属騎手だった頃、ムーテイイチという牝馬がいた。オーナーは上田清次郎氏で、主戦はもちろん松田騎手。同馬は、障害戦で12勝をあげ重賞も3勝。引退後は、上田牧場で繁殖入りした。その孫ブゼンスワンに、中山大障害を勝つためにとモガミを付けて生まれたのがブゼンキャンドルである。

ブゼンキャンドルは、当初、栗東の上田三千夫厩舎に預けられ、5戦目のダート1800mで初勝利をあげると500万条件(現・1勝クラス)も連勝。その後、2月に上田師が定年、厩舎も解散となると、松田博資厩舎に移籍することとなった。

以後、オープンや900万条件(現・2勝クラス)を勝ち上がれないながらも、夏場から好走し始めると、見事ローズSで3着となって本番の出走権を獲得。そのまま臨んだのが、99年の秋華賞だった。

ただ、この世代は逸材揃い。桜花賞とオークスを惜敗したトゥザヴィクトリーが1番人気で、ローズSを勝ったヒシピナクルが2番人気に推された。桜花賞2着のフサイチエアデール、オークス馬のウメノファイバーが続き、ブゼンキャンドルは単勝57倍の12番人気と、ほぼノーマークの存在だった。

レースは、エイシンルーデンスが引っ張り、トゥザヴィクトリーが2番手に付ける展開。1000mの通過は58秒4の超ハイペースだったが、上位人気の有力馬たちもトゥザヴィクトリーを捕まえるため、その仕掛けも自然と早まってしまう。

直線に向くと、伸びあぐねるトゥザヴィクトリーを尻目にヒシピナクルが抜け出したものの、それを目がけて追い込んできたのが、ブゼンキャンドルとクロックワークの2頭。ヒシピナクルも懸命な粘りを見せたもが、早目の仕掛けがものをいったか脚があがり、ゴール前でブゼンキャンドルが先頭に。そして、クロックワークの猛追も僅かにクビ差退け、ブゼンキャンドルは見事1着でゴールインした。

12、10番人気とまったく人気がなかった2頭の組み合わせは、馬連の配当で94,630円という、誰もが驚く大波乱の決着となった。

その後のブゼンキャンドルは、なにか火が消えてしまったように二桁着順の大敗を繰り返し、翌年、当初の目的どおり障害に転身。4戦目で初勝利を挙げるも、その後は再び平地に戻って、エリザベス女王杯を最後に引退、繁殖入りとなった。

一方、この秋華賞で4つ目のGIタイトルを獲得した松田調教師は、コスモドリームに続く上田牧場生産馬でのGI制覇となった。その松田厩舎の調教服は、上田清次郎氏や上田牧場の勝負服と同じ黄と黒の元禄模様。同場は01年に解散となったものの、その服色はしっかりと栗東トレセンの中に生き続けたのだ。

ティコティコタック(2000年)

2歳GIを除けば、前走条件戦組がGIを勝つのは至難の業。

しかしそれが稀に起こるのが、秋の3歳GIの面白いところ。メジロデュレン、メジロマックイーン兄弟、さらにはデルタブルースやスリーロールスなど、夏の上がり馬がその臨戦過程から菊の大輪を手にした。

そして秋華賞では、ティコティコタックの名を外すことはできない。

サッカーボーイ産駒の同馬は、バンブーアトラスやバンブーメモリーなどを生産した名門、バンブー牧場の出身。ただ、デビューは3歳の3月と遅れ、その初戦はダート1200mで5着。そこからさらに4戦し、ようやく初勝利を手にしたものの、その日の東京のメインレースは、同期が華々しく活躍するオークスだった。

ティコティコタックは、続く500万条件も1位入線し連勝なったかと思われたが、なんと6着に降着。その後クラス卒業に、さらに2戦を要してしまう。

ただ、デビュー4戦目から芝に転向して以降、降着となったレース以外はすべて掲示板を確保。さらに、2勝目を挙げたレースから4戦連続で上がり最速をマークするなど素質の片鱗を見せ、9月札幌の大倉山特別(900万条件)を勝利し、格上挑戦で臨んだのが秋華賞だった。

この年の秋華賞は混戦模様。というのも、オークス馬のシルクプリマドンナが1番人気に推され、桜花賞馬のチアズグレイスがそれに続いていたが、ともに前走のローズSでは伸びを欠き、4、5着と敗れていたのである。

レースは、前年の阪神3歳牝馬Sを勝利したものの年明けに骨折し、前走のローズS(14着)で復帰したヤマカツスズランがハナを切る展開。チアズグレイスとグランパドドゥが2番手を追走し、ティコティコタックが4番手。

ただ、ヤマカツスズランに無理矢理競り掛けるような馬はいなかったため、前半1000mは1分0秒8のスロー。さらに、その次の1ハロンは13秒1とさらにペースが落ち、こうなると逃げるGI馬は俄然勢いづく。対照的に、中団より後方に構えていたシルクプリマドンナや、ローズS勝ちのニホンピロスワンには、厳しい展開となっていた。

ヤマカツスズランは、そこから一気にペースを上げて坂を駆け下る。2番手以下が密集する中、レースは最後の直線勝負に。しかし、そんな後続を嘲笑うように、ヤマカツスズランは後続を突き放していった。持久力勝負に持ち込みたかった2番手のチアズグレイスは伸び切れず、1馬身半の差が詰まりそうでつまらない。

他の有力馬たちも伸びあぐね、ヤマカツスズランの復活勝利が迫る中、間隙を突いて抜け出したのが、インぴったりで末脚を溜めていたティコティコタックだった。サッカーボーイ譲りの瞬発力がここ一番で爆発。徐々に差を詰めて、残り50mでついにヤマカツスズランを捉えると、最後は半馬身のリードを取って1着でゴールイン。騎乗したデビュー4年目の武幸四郎騎手とともに、見事GI初制覇を飾ったのだ。

結果的に、これが生涯最後の勝利となったものの、その後も重賞戦線で活躍し、翌年のエリザベス女王杯ではタイム差なしの3着と好走したティコティコタック。生まれ故郷のバンブー牧場で繁殖となるも、目立った産駒は残せなかったが、孫のスーパージンガが19年の佐賀三冠を達成するなど活躍。自身は、現在繁殖を引退し、引き続き功労馬として同場で余生を過ごしている。

ブラックエンブレム(2008年)

GIの大波乱といえば、ミナレットが激走した15年のヴィクトリアマイルと並んで話にあがるのが、08年の秋華賞ではないだろうか。

この年の牝馬三冠路線は、春から波乱が連発。まず、桜花賞を制したのは、単勝42倍の12番人気レジネッタで、2着には、なんと15番人気のエフティマイアが入り、3連単は700万円を超える大万馬券となった。

続くオークスは、2歳女王で4番人気のトールポピーが制したものの、2着はまたしてもエフティマイア。ただ、同馬はそれまで1600mを超えるレースが未経験だったことに加え、母の父が名マイラーのニホンピロウイナーだったこともあり、この日も13番人気と評価の低評価だった。そこから1馬身半差の3着に、桜花賞馬のレジネッタが入ったにも関わらず、3連単の配当は44万馬券と、桜花賞には及ばないものの高配当となったのだ。

そして、迎えた秋華賞。人気は、トールポピー、レジネッタ、エフティマイアの順となり、至極当然といったように、お馴染みの実績馬が名を連ねた。ただ、上位人気2頭は、ともに前哨戦のローズSで伏兵のマイネレーツェルの前に、6、3着と敗戦。この日、単勝10倍を切っていたのが、トールポピーとレジネッタの2頭だけだったことは、今にして思えば、いささか不思議な気がしてならないが、果たしてレースも、想像をはるかに超えた大波乱の決着を見ることになる。

ゲートが開くと、7枠の2頭、プロヴィナージュとエアパスカルが積極的に逃げ、前半の1000m通過は58秒6と、まずまずのペース。ただ、11秒台や12秒台前半のラップが続いたため、決して前有利な流れではなく、むしろ、中団から後方に構えた上位人気馬向きの流れと思われた。

ところが、2番手以下の馬群が凝縮し迎えた直線入口でも、そこから抜け出して前に並びかける馬は現われない。逃げるプロヴィナージュのリードは、直線に入ってすぐ、あっという間に3馬身に広がる。

同馬は、16番人気の超大穴。キャリア8戦のうちダートで7戦し、まるでノーマークの存在だったが、開幕2週目の絶好の馬場コンディションで、その逃げ脚はなかなか衰えない。人気馬は軒並み伸びあぐね、大波乱の気運高まる中、ようやく馬群から抜け出してきたのは2頭。プロヴィナージュと同じく、岩田騎手らしくインぴったりを回ったブラックエンブレムと、馬場の中央から急激に末脚を伸ばすムードインディゴだった。

一方のプロヴィナージュも、残り50mまで粘りに粘ったものの、最後の最後で2頭に捉えられてしまった。

結果、最後の一冠を手にしたのは、11番人気のブラックエンブレム。

半馬身差の2着に8番人気のムードインディゴが入り、プロヴィナージュも3着に大健闘した。

3連単は、10,982,020円という驚愕の大万馬券となり、これは当時史上3位の高配当で、GIでは当時の史上最高配当。現在でも2位の高額配当となった。

ブラックエンブレムの父ウォーエンブレムは、米国二冠の実績をひっさげて輸入されたものの、ほとんどの牝馬に興味を示さず、産駒が非常に少ない種牡馬だった。ただ、この世代は、種付けの方法を変えるなどした結果、比較的多くの産駒が産まれていて、ブラックエンブレムを含め5頭がJRAの重賞を制覇。さらに、シビルウォーがダートグレード競走を5勝し、後継種牡馬となった。

ブラックエンブレム自身は、この後、鼻出血を繰り返し、海外で1戦したのみで引退となったが、繁殖として2021年現在、3頭のオープン馬を輩出。そのうち、ブライトエンブレムとウィクトーリアが重賞を制し、2021年はキズナ産駒の牝馬を出産した。ウォーエンブレムの貴重な血を、後世に繋いでいる。


近年は上位人気馬が期待に応えるレースを見せ、2010年からの10年間で、三冠馬が4頭、二冠馬が2頭も誕生する舞台となった秋華賞。しかし、そういったレースでも、前触れなく突如波乱の決着が起こるのもまた、競馬の面白いところ。次なる秋華賞は、平穏決着か、それとも波乱が巻き起こるのか──。

写真:かず、tosh

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