
「春」は大阪杯から…
大阪杯は春の到来を告げるレースだ。
産經大阪杯の名称でGⅡの格付けだった時代から3月末週か4月の第1週に組まれ、遡れば1981年から、その時期に施行されている。阪神競馬場のバックストレッチが桜色に染まり、花曇りで薄水色の空の下を、錚々たるメンバーが駆け抜けるのが大阪杯。歴代の出馬表には、超一流のオープン馬が並び、誰もが知っている名馬が優勝馬として刻まれている。90年代には、日本ダービー以来の復帰戦となったトウカイテイオー、翌年も休養明けからいきなり破壊力を示したメジロマックイーン。どちらも鼻歌交じりでゴール板を通過したかのような楽勝だった。時を進めれば、女傑同士の対決でメジロド―べルを抑えたエアグルーヴ、21世紀に入ると、メイショウサムソン、ダイワスカーレット、キズナなど「時の名馬」の名が続々と登場する。そして、GⅠに昇格した2017年、GⅠ大阪杯として最初のタイトルを奪取したのがキタサンブラックである。
敏さんとオルフェーヴル
知り合いの敏さんは、古希(70歳)を迎えても元気いっぱい。三度の飯より馬が好きで、週末の府中、中山のメインレースパドックには、必ずと言って良いほど顔を出す。過去をあまり語りたがらない敏さんだが、サラリーマン時代は大手企業の人事畑一筋、採用・教育分野のスペシャリストだったらしい。その影響だろうか、1勝クラスでうろうろしていた馬が、何かをきっかけにトントン拍子で連勝してオープンに昇格していく姿を見るのが大好きだという。「人でも馬でも、成長していく姿を見るのが凄く楽しい」が口癖の敏さん。素質だけで伸びて行く連中は挫折に弱く、当初はもたついても「自分スタイル」を取得してから伸びていく奴は、人間なら強い管理職になるそうだ。
そして、一緒に酒を飲んでいる時、敏さんはいつも同じ話をする。
「馬を人間に例えて、自分の部署で一番持ちたい部下はオルフェーヴルだな」
オルフェーヴルと出会った頃の敏さんは、まだバリバリの現役で、多忙な業務の間を縫って競馬を見るような生活だった。役職が上がるにつれ、日曜日もゴルフや慶事など付き合いごとが多くなり、競馬場でゆっくり1日を過ごす時間も減ってきた。それでも関東エリアのGⅠレース日にはできる限り競馬場に出かけ、競馬好きの部下たちが開門ダッシュで取ってくれた席に座って、GⅠ馬の誕生シーンを楽しんでいた。
オルフェーヴルが日本ダービーを制覇した2011年。雨中の直線で、ナカヤマナイトとぶつかり合いながら抜け出してきたゴール前。外から迫りくるウインバリアシオンを押さえて優勝した時、スタンドにいた敏さんは、「成長」の二文字を思い浮かべたそうだ。池添騎手とオルフェーヴルが、馬群にもまれて、ぶつかっても、熱くならず冷静に進路を選んで抜け出す姿。これが、敏さんがオルフェーヴルを称賛した最初だった。

デビューの時から「栗毛の暴れん坊」そのものだったオルフェーヴル。新馬勝ち後池添騎手を振り落とし、2戦目から連続の出遅れなど、型に嵌らない傍若無人ぶりが目立つ馬だった。
それでも、3歳になってシンザン記念2着、きさらぎ賞3着でみせるゴール前での豪脚には、オルフェーヴルの資質と自由気ままな性格が詰め込まれていた。敏さんは、一皮むければ化けること間違いないオルフェーヴルが、可愛くて仕方なかったそうだ。それは、自由に楽しく過ごした学生気分が抜けていない新入社員のようでもあり、素を隠して社会人になり切ろうとする優等生とは一線を画す、未知の魅力を感じ取っていた。オルフェーヴルのような新入社員を自分の手元で育てていけば楽しいだろうなと、入社式の会場で新入社員たちを見ながら、敏さんは考えていたという。
2011年3月11日、東日本大震災が発生した。中山の開催中止に伴いスプリングステークスが阪神で開催となり、オルフェーヴルは皐月賞の出走権を取るため出走する。スプリングステークスでは、パドックで駄々を捏ねることもなく、出遅れることもなく、優等生の走りで出走権を確保する。ここから怒涛の6連勝で、有馬記念を含む四冠を達成した。

それでも菊花賞のゴール後は、外ラチに向かって逸走し池添騎手を振り落とす傍若無人な振る舞いを見せ、「栗毛の暴れん坊」ぶりは健在。それが敏さんにはうれしいシーンでもあった。
雪がちらつく有馬記念の表彰式。早く帰りたいとばかり、駄々をこねるオルフェーヴルをスタンドで見ていた敏さんは思った。彼が一流の名馬になるまでにいくつも試練があるだろうなと・・・。

敏さんの予想通り、古馬になってもオルフェーヴルは得体の知れないレースを繰り返す。阪神大賞典の逸走事件、4コーナーで大きく外に膨らんだ惨敗の天皇賞(春)と続く。宝塚記念優勝のインタビューで池添騎手を泣かしたオルフェーヴル。凱旋門賞は抜け出したゴール前からの失速…。
「傍若無人」「自由気まま」「得手勝手」などなど。オルフェーヴルのひとつひとつの振る舞いが敏さんの「教育欲」「指導欲」を刺激する。
「あいつが人間なら、絶対に超一流の管理職に育ててやるのになぁ…」
オルフェーヴルの瞳とGⅡ・産経大阪杯
オルフェーヴルの出走レース21戦の中で、一番好きなレースは、2013年の産経大阪杯だと敏さんは言う。
オルフェーヴルが出走した、2013年の産経大阪杯。神戸に本社があるクライアントの社長が馬主資格保持者で、敏さんは馬主席で見せてもらうことになった。競馬場でのスーツ姿に違和感を覚えながら、社長と指定された席に着く。
緊張気味に通行章をつけて入場した馬主パドック、産經大阪杯の出走馬が入場する。コパノジングーを先頭に、オルフェーヴルも右側の通路から出て来た。派手な栗毛がひときわ目立つ馬体を揺らしながら、敏さんの座っている席に近づく。ちょうど敏さんの目の前にさしかかった時、オルフェーヴルが顔を向けた。オルフェーヴルと目が合った敏さんは、彼の目を見て驚く。府中や中山のパドックで見る、血走った鋭い目つきでは無く、落ち着きのある澄んだ瞳で敏さんを見つめるオルフェーヴル。
5歳になって大人になったのか…? ようやく競走馬という自覚が出て来たのか…?
今日こそ、一皮むけたオルフェーヴルの走りが見られるような期待を抱いた。

五分のスタートを切ったオルフェーヴルは、ゆっくりと中段を進み1周目のゴール板を通過する。コパノジングーが誘導する流れの中、ヴィルシーナ、エイシンフラッシュ、ローズキングダムのGⅠ馬たちを前に置き、オルフェーヴルは中段馬群の後ろに付ける。向正面に入っても隊列は変わらず、昨年の阪神大賞典で悪夢の逸走を開始した地点に来ても、気持ちよさそうに追走している。残り800mのハロン棒を通過すると、大外を余裕のある脚取りで動き出す。4コーナー手前では先頭集団に取り付いたオルフェーヴル。直線に入ると抜け出そうとするMデムーロ騎乗のエイシンフラッシュの外に並びかける。並走する先頭集団からエイシンフラッシュを振り切り、先頭に立ったのが残り100m地点。オルフェーヴルは余裕たっぷりに差を広げ、外から猛烈に追い込んできたショウナンマイティの脚色を見ながら、先頭でゴールインした。
敏さんは隣の社長に遠慮しつつも、お腹の前で小さなガッツポーズをしたそうだ。

産經大阪杯を機に、その後のオルフェーヴルのレースぶりは変化する。フランス遠征初戦のフォア賞優勝、凱旋門賞は差しが届かず惜敗したが、大団円の有馬記念では集大成の走りを披露した。敏さんの言う「一皮むけた本当のオルフェーヴル」は、産經大阪杯を機にようやく誕生した。有馬記念のレースを見ていた敏さんは、安心して自分のバトンを渡せる部下に巡り合ったような気分になったらしい。
オルフェーヴルが引退して7年後の2020年大阪杯。彼の初年度産駒ラッキーライラックが優勝し、親子二代大阪杯制覇も成し遂げた。残念ながらコロナ禍のためテレビ観戦となったが、あんな緊張感をもってレースをテレビで見たのは初めてだったと笑う。ネットで単勝馬券を思い切り買い込んだ敏さん。その時は自分の部下では無く、孫娘の運動会の徒競走を見るような気持ちで、親子二代制覇を見守ったという。
「春」は大阪杯から──。
バックストレッチの桜の下を走る馬は、栗毛が一番似合うのかもしれない。
Photo by I.Natsume
新書『オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君』(星海社新書)好評発売中!
※本記事は『オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君』には収録されていないオリジナル原稿となります
第一部 オルフェーヴルかく戦えり
最強を証明し続けた遥かな旅 文・構成/手塚瞳
2010ー2011 新馬戦│スプリングS
2011 クラシック三冠│有馬記念
2012 阪神大賞典│凱旋門賞│ジャパンC
2013 大阪杯│凱旋門賞│有馬記念
第二部 一族の名馬と同時代のライバルたち
[一族の名馬たち]ステイゴールド
メジロマックイーン
ドリームジャーニー
オリエンタルアート
8号族 [同時代のライバルたち]
ウインバリアシオン
ゴールドシップ
ジェンティルドンナ
ホエールキャプチャ
グランプリボス
レッドデイヴィス
トーセンラー
ギュスターヴクライ
ビートブラック
ベルシャザール
サダムパテック
アヴェンティーノ [主な産駒たち]
マルシュロレーヌ
ウシュバテソーロ
ラッキーライラック
エポカドーロ
オーソリティ
シルヴァーソニック
メロディーレーン
第三部 オルフェーヴルを語る
血 統 競馬評論家/栗山求
馬 体 『ROUNDERS』編集長/治郎丸敬之
育 成 Tomorrow Farm 齋藤野人氏に聞く
厩 舎(前・後編) 池江泰寿調教師に聞く
海外遠征 森澤光晴調教助手に聞く
種牡馬 社台スタリオンステーション 上村大輝氏に聞く
第四部 オルフェーヴルの記憶
震災の年の三冠馬は「希望の星」
オルフェーヴル産駒の狙い目
穴党予想家が振り返る「オルフェの印」
記者席で見た「阪神大賞典の逸走」
国内外で異次元名馬が生まれた世代
歴代三冠馬を生まれ月で比較する
座談会 語り尽くそう! オルフェーヴルの強さと激しさを
書籍名 | オルフェーヴル伝説 世界を驚かせた金色の暴君 |
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著者名 | 著・編:小川隆行+ウマフリ |
発売日 | 2024年02月19日 |
価格 | 定価:1,350円(税別) |
ページ数 | 192ページ |
シリーズ | 星海社新書 |
