[マーチS]二度の骨折を乗り越えたインカンテーション。復活の狼煙を上げた一戦を振り返る。

骨折や屈腱炎、喉鳴り……。アスリートにも例えられる競走馬にとって、怪我や病気は付き物だ。だが、たった一度の怪我で引退を余儀なくされたり、不調に陥って走りを取り戻せないまま引退を迎える馬も数多くいる。それは競馬ファンの方々もよくご存知のことだろう。

一方で、度重なる怪我を乗り越えて最前線に復帰した馬もいる。例えば、本稿で取り上げたインカンテーションがそうだ。GIの舞台で活躍しながら2度の骨折で一度は最前線から後退。だが、2017年のマーチSで久々の勝利を挙げると、翌年には再びGIの舞台で好勝負を披露した。不屈の闘志で復活を果たした名馬である。

順調にダート界の主役へ。
しかし待ち受けていた、厳しい現実。

2012年7月14日に中京競馬場の芝1400m戦でデビューを迎え15着となったインカンテーション。
芝では見せ場が乏しかったが、4戦目でダートに転向するとすぐに初勝利を挙げ、その後もコンスタントに勝ち星を重ねていく。翌年8月にはレパードSで重賞に初挑戦し、1番人気に応えて2馬身半差で快勝。騎手、調教師ともに「完勝だった、余裕があった」と語るほどワンサイドな内容で、同年のジャパンダートダービーを制したクリソライトと並び、世代屈指の実力馬として注目を集める。

秋には古馬相手のみやこSで2着に入るなど、次第に“世代の中心”から“ダート界の中心”に立ち位置が変化していく。初のGI挑戦となったジャパンカップダートは14着。だが、翌年のチャンピオンズCは10着と、徐々にではあるが上位との差を詰めていった。2015年のフェブラリーSでは、前年覇者のコパノリッキーをあと一歩のところまで追い詰める2着好走。いよいよ今年はGIタイトル獲得へ──。多くのファンが、そう信じて疑わなかったことだろう。

続く平安Sを勝利し、帝王賞に向けて順調な調整が続いていたはずだった。待ち受けていたのは厳しい現実。左後肢第1指骨の骨折が判明し、長期休養を余儀なくされる。ローテは当然ながら白紙に。インカンテーションに冬の時代が訪れた。

8ヶ月の時を経て、2016年1月の東海Sで復帰を果たしたが、結果は12頭立て11着に惨敗。
「傷口に塩を塗る」とはこのことを指すのだろう。フェブラリーSに向けて調整を続ける最中、今度は左腸骨骨折を発症。再び長期休養を余儀なくされ、競馬場に戻ってきたのは同年秋のことだった。しかし復帰戦のみやこSで8着に敗れ、東海Sは12着、フェブラリーSは15着。かつてコパノリッキーらを苦しめたしぶとい末脚はすっかり鳴りを潜めていた。

復活の狼煙は、マーチSから。

インカンテーションの悪い流れが変わったのは突然のことだった。フェブラリーS大敗後に挑戦したマーチS。このレースが運命を大きく変えることになる。

元はGIで上位争いを演じていたとはいえ、近走で全く見せ場がない状態では10番人気という低評価も致し方ない。怪我が続いたこともあり「まずは無事に……」という思いだったが「そろそろ復活も有るんじゃないか」という淡い期待も、筆者は抱いていた。与えられたハンデは、アスカノロマンに次ぐ57.5kg。今思えば、期待の裏返しともいえる斤量で、潜在能力が評価されていたのかもしれない。

ゲートが開くとインカンテーションは内枠からダッシュよく先行し、ハナを叩いたコクスイセン、押して前に迫っていったアスカノロマンやディアデルレイを捌いて内3番手に付けた。道中は飛ばす逃げ馬を見ながら、1000m通過60.7秒というミドルペースを坦々と追走。折り合いに気をつけながら仕掛けどころを窺う。

勝負どころの4コーナーで馬群が詰まると、鞍上の手が激しく動く。「今回もダメか……」と思わせたが、インカンテーションは馬群を割ってじわじわと伸びてきた。一瞬は外のディアデルレイが前に出る場面もあったが、かつてコパノリッキーらを苦しめたしぶとい末脚がここで復活。残り50mほど、すんでのところで2着馬を競り落とし、半馬身差を付けたところでゴールを迎えた。実に約2年ぶりの勝利だった。

その後は、かしわ記念2着のあと、白山大賞典、武蔵野Sと連勝。翌年のフェブラリーSではノンコノユメ、ゴールドドリームと火の出るような叩き合いを演じ0.1秒差の3着に好走した。前年13着に大敗した舞台で完全復活をアピール。その後もダート路線の最前線で活躍し、2018年12月のチャンピオンズCを最後に引退した。残念ながら最後までGIタイトルには手が届かなかったが、重賞6勝という輝かしい成績を引っ提げ種牡馬入り。父の成し得なかったGI制覇の夢は産駒に託し、新たな生活を送っている。

度重なる怪我にもめげず、マーチSの勝利をきっかけにダート界の最前線へ返り咲いたインカンテーション。「止まない雨はない。前を向いて挑戦し続けていれば、いつか光は差し込むから」。彼の復活劇を見てそんな言葉が浮かんだのだった。

写真:Horse Memorys

あなたにおすすめの記事