[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]心臓が動いた!(シーズン1-24)

自分の生き方を責め、悲観的になっていると、4日後に慈さんから「おはようございます。ダートムーアですが…」と思わせぶりなLINEが入りました。続いて理恵さんから、「直検の動画で確認お願いします」と動画が送られてきました。こういうまどろっこしい形で伝えてくるときは、大体良いことが多いのですが(笑)、そんな裏読みをする余裕もなく、動画を再生してみました。

すると、そこに映っていたのは、ダートムーアの胎児の心臓の鼓動であり、血流であったのです。消えたと思っていた子どもがひょこっと現れたのです。YouTubeチャンネルのコメントに「かくれんぼしてたのですね」とあったように、まさにいないいないバアっと顔を出してくれました。もしかすると、福ちゃんの弟(妹?)はいたずらっ子なのかもしれませんね。

小さい心臓が鼓動したり、血流が見えたとき、僕は年甲斐もなく感動してしまいました。一度消えたと思っていた命がつながったのです。受胎したと思ったら胎児が消え、また見つかるという二転三転に、僕が物書きだと知ってドラマを作り出しているのではないかとさえ疑いますが、いずれにせよダートムーアはダノンレジェンドの仔を宿していたのです。この先、安定期に入るまで心配は尽きませんが、ひとまず胸を撫でおろしました。

正直に言うと、僕は前回のエコー画像を見て、ほとんどあきらめていました。慈さんは慰めで「僕はまだあきらめていません」と言ってくれましたが、経験豊富な獣医師さんが厳しいと見立てている以上、次のことを考える方が得策だと気持ちを切り替えるようにしていました。次というのは、どの種牡馬を配合するのかです。もう一度、ダノンレジェンドに行くのか、それとも他の種牡馬にするのか。今回は不受胎であったわけではなく、相性が悪いのではないとすると、そのままダノンレジェンド続投の判断もありますし、違う種牡馬に変えるチャンスでもあります。もしチェンジするとすれば、当初から配合したいと考えていたナダルだと思い、ダノンレジェンドにするかナダルにするか、僕の天秤は揺れ続けていました。

どちらの種牡馬も、今年の種付け料が底値のはずです。ダノンレジェンドは種付け料が来年以降100万以上になることは確実ですし、ナダルも現2歳世代の産駒が動いていると評判ですので、来年以降は300万以上になるはずです。そう考えると、どちらも今年がお買い得なので、僕が迷うのも当然です。ダートムーアの産駒がセレクションセールに受かることが分かったので、そこを目指すのであればダノンレジェンドよりもナダルなのかもしれません。

もし福ちゃんと同じようなことが起こることも考えると、ダノンレジェンドの種付け料の方が安心です。受胎して無事に子どもが産まれて来てくれるならどちらでも良いのですが、考えに考えた結果、ナダルよりもダノンレジェンドの方が実績はあり、その割に種付け料は安いことを考えると、縁があって1回種付けをさせてもらったダノンレジェンドに再度行くのがベターかなという結論に落ち着きました。

そうした揺れ戻しもあった中で、ダノンレジェンドの仔が見つかったとの知らせですから、喜びもひとしお。もしかすると自分はついているのではないかとさえ思い始めたのだから、僕という人間の思考は単純ですね。こうしてコントロールできない運や不運の波に飲み込まれながら、自分の気持ちも二転三転、躁鬱のアップダウンを繰り返し、それでも前に進まなければならないのが生産です。普通の精神では続けられません。

馬券よりも、(一口)馬主よりも、生産の方が儲かりやすいと考え、自分が実践しつつ、他者にも薦めようと思って始めた生産ですが、誰にも薦められなくなりました。もし誰かが「生産をやってみたいと思うのですが」と相談に来られたら、「辞めておいた方が身のためだよ」と僕は止めるでしょう。それでもやりたい人は勝手にやれば良いのですが、生産に手を出してはいけないというのが経験者である僕の本音です。お金を投資して儲けたいなら、株か不動産が良いのではないでしょうか。

胎児が消えた、現れたとすったもんだしている間にも、福ちゃんのお姉さんが上場するセレクションセール関係の書類が届き始めます。ダートムーアの2023の上場番号は455番だそうです。今年から3日間開催となり、501頭が上場されることになった中の455番です。1番から140番までが初日のプレミアムセッション、141番から321番までが2日目、そして322番から501番までが最終日になります。順番的に福ちゃんのお姉さんは最終日の後半になります。

あまりに後ろの方だと、もう購買者の方々も買いたい馬を買ってしまっていたり、すでに帰っている可能性も高まりますので、できれば早い方が良かったのですが、そんな贅沢は言っていられません。501頭中、牡馬が353頭、牝馬が148頭と、少ない牝馬の中に入れてもらっただけでも光栄です。大げさな言い方をすれば、社台グループ以外の牧場が生産した牝馬の中で上位148頭の中に選ばれたということです。まさにセレクションセール。こうして話が進んでいくにつれて、セレクションセールに出ることの意義をひしひしと感じるようになってきました。

と同時に、コンサイナーであるNO.9ホーストレーニングメソドからの請求書も届いていました。5月15日~25日までの10日間で約8万円、内訳としては預託費が1日約6000円で、その他、幹細胞注射が2万円と記されています。これが木村さんが言っていた、幹細胞を注射して成長を促進するあれですね。「急激に成長を促進して、その反動が出たりしないのですか?」と率直に尋ねてみたところ、「細胞由来のものですから大丈夫です。安全性も確認されていますので心配しなくても良いですよ」と教えてくれました。

10日間で約8万円ですから、1か月でおよそ25万円が基本的なコンサイニング費用ということになります。こうした次々とかかる経費を考えても、やはり1000万円以上で売りたいという気持ちは否が応でも増してきます。買う側の視点で眺めていたときは馬1頭が1000万円もするなんて高いなあと感じていましたが、逆の立場になってみると、馬1頭をセリに上場するまでには莫大な経費と手間、そして時間が積もり積もっていることを身をもって知ったので、安く買われてしまうのは絶対に嫌だなあと素直に思うのです。

(次回へ続く→)

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