![[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]蹄を下に向けて不運を落とす(シーズン1-50)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/06/2025060811-scaled.jpg)
朝4時30分。収牧から牧場の仕事は始まります。夜間放牧している馬たちを、一旦、馬房に入れて簡単なエサを与える。束の間の休息。馬たちは雨風から守られ、自分だけの安全な空間で心身ともにリラックスしたあと、再び数時間後には放牧に出されます。
オータムセールの後、当歳馬たちを男の子のグループと女の子グループの2つに分けました。牡馬はファンくん、ツキくん、イチゴくんの3頭、牝馬は福ちゃん、ミーちゃん、マンちゃん、サバちゃんの4頭です。この時期に男女のグループに分けるのは、牡馬は身体がグッと大きくなり、相手の上に乗っかったりと遊び方も激しくなってくるため、牝馬が怪我をしてしまうのを防ぐためです。また、牡馬が牝馬にちょっかいをかけたり、それに応じて牝馬が蹴ったりするため、お互いの身を守るためでもあります。いずれにしても、この時期ですでに性差が生じているということを意味します。
碧雲牧場は今年、新しい放牧地を手に入れました。本場から歩いて5分ぐらいのところにある土地を買い、そこに新しい厩舎を建てました。厩舎の建物の色は黒と赤をベースに、屋根の部分は碧雲カラーである濃い青を使っているそうです。カラーデザインは理恵さんです。厩舎としては珍しい色の組み合わせで、近代的な感じがします。この新しい放牧地と厩舎が、福ちゃんたち女の子4人組の新居になります。慈さんの弟のアキさんが休暇で実家に帰ってきたときに手伝ってもらい、アキさんがサバちゃん、慈さんが福ちゃん、ミヅキさんがマンちゃん、ミウさんがミーちゃんを引いて連れて行ったそうです。
照明の光がなければ、何も見えないほどの暗がりの中から、慈さんたちは福ちゃんたちを探して連れてきます。理恵さんいわく、この時間になると大体同じ場所にいることが多いから、そこを探せばよいとのこと。馬は集団性の高い動物であり、1頭1頭がてんでバラバラに散らばっているわけではなく、皆一緒にいるので探しやすい。馬たちも馬房に行くとエサがもらえると分かっていて、自然と慈さんたちの元に寄ってくるので、走り回って捕まえる必要もありません。たまに群れから離れて、1頭だけ戻ってこない馬がいたりすると、放牧地の隅から隅まで探したり、牧柵を飛び越えて逃げてしまったのではないかとヒヤヒヤすることもあるそうですが、今日は実にスムーズです。
福ちゃんは会うごとに成長しているのが分かります。前回の訪問から2週間後であるにもかかわらず、暗闇の中、煌々としたライトに照らされているからかもしれませんが、とても野性的に映ります。顔の位置が僕とほぼ同じところまで来ており、目線を少し下げると大きな容積のトモが目に入ります。「最近になって牡馬のファンくんなどがグッと大きくなってきましたが、早生まれでもある福ちゃんがまだいちばん体は大きいかな」と慈さんは言います。生まれた月日による差は少しずつ縮まってきていますが、それでも福ちゃんは牡馬と比べても立派な馬体であり、順調に育ってきています。

木の香りが残る馬房に、福ちゃんたちは次々と入っていきます。左に2頭、右に2頭と向い合せの馬房です。これまでどの馬房も同じ向きに横に並べていましたが、新しい馬房をつくるにあたって変えてみました。寝藁を外に出す十分なスペースが取れないという理由で片面のみにしていたようですが、新しい厩舎は十分なスペースがあるため、向い合せにしても問題ありません。「こっちの方が馬たちもお互いの顔や様子がすぐに分かって安心するんじゃないかな」とのこと。素人の僕にしてみても、こうして毎日顔を突き合わせている方が仲良くなれそうな気がします。
朝の仕事が終わり、理恵さんの提案で、静内の近くにある馬頭観音にお参りすることにしました。お参りしたら馬の事故や病気などの不運がピタリと収まったという競馬関係者の話もあるそうで、ぜひ案内したいと理恵さんが言います。「ぜひとも」と僕は返しました。僕は無宗教で、基本的にはそういう類のことを信じるわけではないのですが、今回ばかりは行ってみようと素直に思えました。行って損をするわけではありませんし、ご利益や効果があるかどうかは別にして、無病息災を祈る行為自体は悪いものではありません。
その話を聞いたとき、僕の中でピンと来たのは、幸運も不運もそう長くは続かないということです。そして、幸運も不運も均等に訪れるわけではなく、時としてどちらかに偏ったり、集中したりすることもある。その競馬関係者は、不運が集中したあとに馬頭観音にお参りしたので、不幸がピタリと収まったように感じられたということなのかもしれませんね。僕もそろそろ不運・不幸モードから脱したいところです。
僕たちはご利益を求めて出発しました。道中で僕は昨日の門別競馬場で食べたモツが合わなかったのか、お腹がゆるくなってセイコーマートのお手洗いを借りるというアクシデントこそありましたが、車で走ること1時間、比較的スムーズに、静内の手前にある馬頭観音に近づいていきました。
「あれっ?」と理恵さんが嫌な声を出しました。「馬頭観音を祀っている神社がない」と言うのです。馬頭観音が営業中かどうか確認していませんでしたが、「このあたりにあった神社がない」と理恵さんは言うのです。真っ直ぐに進むと青年の家があり、大志を抱けと書かれた看板が出ていました。ナビで確認してもこのあたりにあることは間違いなく、青年の家の管理人らしき男性に尋ねてみると、「数年前に馬頭観音の神社はなくなってしまったよ」とのこと。まさか馬頭観音が閉店するとは…。

静内近くまで来て、まさかの事態に直面した僕たちは、半ばあきらめつつも来た道を戻りました。左手を見ながら走ると、廃屋になったような一軒家の表札に馬頭観音の文字が見えました。あまりにも人が訪れなかったため、廃業してしまったのでしょうか。祈ることさえできないと落胆していると、そのすぐ右手に大きな石碑があるではないですか!無学な僕には何と書いてあるのか分からない書体ですが、おそらく馬頭観音像であることは間違いありません。その隣には小さな石像があり、獣魂碑と記されています。僕は車から出て、まずは大きい方の石碑、次に小さい石像に向かって手を合わせました。
「全ての馬たちが健康でありますように」

静内で慈さんと合流して、お寿司をご馳走になり、再び碧雲牧場に戻りました。福ちゃんとダートムーアたちにお別れの挨拶をして、空港まで送ってもらいます。この先、北海道に来る予定は今のところなく、おそらく次はダートムーアの出産に立ち会うためになるので、半年ぐらいはお別れです。寂しい気もしますが、これから北海道は厳寒期に入ります。都会育ちのやわな僕には厳しい季節です。雪の上で遊ぶ福ちゃんたちの動画を暖かい場所から楽しみたいと思います。

空港までの帰り道に、「日胆サドラー」という馬具屋に寄りました。昨日の門別競馬場にて偶然にも店長の白井直樹さんと会い、僕の本を読んでくださっていると知り、福ちゃんのキーホルダーを理恵さんが渡してくれました(彼女はこういう時のためにキーホルダーを持ち歩いています笑)。直樹さんは白井牧場の創始者・白井民平さんの次男であり、白井岳さんの弟にあたります。しゃべり出すと止まらない楽しい人。お店に行くのは初めてなので、隅から隅まで案内してくれましたが、僕の目を引いて離さないのは、馬具ではなくビリヤード台でした。く
僕は学生時代にはビリヤード漬けの日々を送り、プロになりたいと夢見ていたこともあるほどのビリヤード好きです。もうしばらくプレイしていませんが、ビリヤード台を見るだけで血が騒ぎます。近くに寄ってみると、チャイニーズテーブルのようで穴の幅が玉2個分なく、かなり難しい設定になっています。「一般の人たちにとって、この台で遊ぶのは難しいですね」などと僕は専門家ぶります。穴が小さいと球が入りにくいのです。窓から見える牧場の景観やバーのような雰囲気の店内は、ここが馬具屋であることを忘れさせてくれます。






馬具もひととおり見せてもらうと、理恵さんが「これ治郎丸さんに」と言って、蹄を象ったアンティーク調の飾りを買ってプレゼントしてくれました。僕もちょうどそれを見ていて、カッコいいなと思っていたところです。蹄は上向きにすると幸運を掴むという意味になり、下向きにすると不運を落とすという意味になるそうです。この飾りは下向きですから、まずは不運を全て落としてしまおうと思います。優しい理恵さんにはいつも感謝しかありません。
もっと店内を見ていたかったのですが、飛行機の時間もあるためお暇しました。

(次回へ続く→)
掲載内容についてのお詫び
平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
6月10日に掲載致しました本記事につきまして、ターファイトクラブ様に関する記載にて重大な事実誤認を招く正しくない内容が含まれておりました。
多大なるご迷惑をおかけしましたこと、深くお詫び申し上げます。
記事の該当箇所を削除するとともに、SNSでの投稿を削除致しました。
このたびの事態は、ライターの記載内容に関する弊社のコンプライアンス認識の甘さが招いた結果と、深く反省しております。
今後、このような事態を起こさないよう、社内ルールを再徹底のうえ今一度注意喚起を図り、関係者の皆様にご迷惑のかかる記事が再び掲載されることのないよう、徹底していく所存です。
ターファイトクラブ様ならびに関係者のみなさまに、重ねて深くお詫び申し上げます。