[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]8番出口(シーズン2-15)

エクワインレーシングのマネージャー松田さんに、福ちゃんの坂路入りの予定を確認しようとLINEすると、「11月に入ってからだそうです。ちなみに、福ちゃんの調教師はもう決まりましたか?」と逆質問が返ってきました。虚を突かれたというか、まだ大丈夫だと先延ばしにしていた仕事をそれとなく急かされた気持ちです(笑)。松田さんに電話をして、「まだなのですよ。そろそろ決めた方が良いですかね?」と質問に質問を被せると、「他の馬たちは大体決まっていますし、調教師さんの方針もあると思いますので」と返ってきました。

エクワインレーシングのHPに載っている2024年世代のラインナップを見て、どの馬も預け先の厩舎が決まっているのを知っていたので(ほとんどが中央競馬の厩舎!)、「そうですよね…。ただ福ちゃんにとって、どこの競馬場で走るのが良いのかはっきりしていませんし、それによって調教師さんも変わってくるので…」とお茶を濁すしかありません。正直に言うと、南関東競馬の中では船橋が良いと思っているのですが、張田厩舎にお願いするか決めかねている状況です。

なぜ船橋競馬場かというと、競馬場の内側のコースを使って、深い砂で調教ができるので馬が傷まずに強くなりやすいからです。大井競馬場も小林分場でなければ競馬場を使って調教することができますが、福ちゃんには右回りよりも左回りの方が合っているのではないかという僕の仮説があります。左目が見えないのであれば、ラチが見えない左回りより右回りの方が良いと言う人もいますが、僕はラチが見えないよりも、馬が急に来たときに驚くことの方が怖いと思うのです。

左回りであれば、後ろから馬が併せてくるのはほとんどの場合右側からになりますので、福ちゃんにとっていきなり視界に現れた感はないはずです。極端なことを言うと、ラチは固定されて動かないので見えなくても良いのです。馬の出入りなどの動きがある方が見えた方が良いのではないでしょうか。福ちゃんの場合、いきなり視界に現れる形になると驚くのではないかと想像するのです。

左目が見えない馬が左回りを苦手しないと考える僕の根拠としては、ベルモントステークスを3着したパッチやカナダの2冠馬マイティハートは、左目が隻眼ながらも左回りのレースで活躍したことです。もしかすると、右回りだったらもっと活躍したのかもしれませんが、左目が見えない馬は左回りでも十分に走れることを彼らは示してくれました。

もうひとつ、福ちゃんは今のところ馬運車での輸送に心配がありますので、競馬場と調教場、そして厩舎がつながっているところが良いと思います。川崎競馬や浦和競馬のように、(たとえわずかでも)離れた厩舎地区・調教場から馬運車に乗って競馬場に向かうよりも、船橋競馬場のように厩舎から歩いて行ける方が安心です。輸送がない・左回り・馬を鍛えて強くできるという3点を全て満たすのが、船橋競馬場ということです。

ここまでは決まったのですが、船橋競馬場のどこの厩舎にするべきかを迷っているのです。お姉さんのルリモハリモ同様に張田厩舎に預かってもらうのがスムーズだと思いますが、まだデビュー戦で3着という結果しか出ていませんし、どのレースを使うのか?どの騎手を乗せるのか?など、もう少し気楽にコミュニケーションを取ることができる調教師の方が良いのかなと考える自分もいます。

福ちゃんはすでに僕だけの馬ではなく、碧雲牧場やチーム福ちゃんの皆さまの馬でもありますから、預けたら任せっぱなし、レースで走って賞金を稼いでくれたらそれで良しという訳にもいきません。もちろん、勝ってもらわなくては困ります。福ちゃんには小眼球症の馬の未来を切り拓くという使命もあるのです。コミュニケーションがこまめに取れて勝たせてくれるなんて、ぜいたく言っていますね。そもそも、片目のサラブレッドを預かってくれる調教師さんがいるかどうかも分からないのに…。

つらつらとそんなことを考えながら、ルリモハリモの様子を見に、張田厩舎を訪問しました。NO,9ホーストレーニングメソドの木村さんがおっしゃるように、馬を預けたら預けっぱなしでレースだけ観に行くのではなく、厩舎に会いに行くことは大切です。朝8時に南船橋の駅に降り立ち、そこから少し歩いて厩舎地区に到着します。ここまでは前回と同じ道のりで、入口で警備員の方に馬主資格証を見せながら、「張田厩舎に行きます」と告げます。せっかくの訪問日なのに、雨がパラパラと降り始めました。こんなこともあろうかと準備しておいた雨合羽を羽織りました。

そこから前回の訪問と同じように歩いて向かったつもりでしたが、張田厩舎がどこか分からなくなってしまいました。「D-1」、「E-1」などアルファベッドと数字が建物に記されているのですが、張田厩舎の番号を忘れてしまい、そうなるとどの厩舎も同じように見えてきて、迷い込んでしまいました。

視界が開けたところに馬たちが集まっています。朝の調教が終わった帰り道のようです。馬に乗っていない人がいたので、「すみません、迷ってしまって、張田厩舎はどこですか?」と尋ねると、「そこを真っすぐに行ったところ」と即答してくれました。張田厩舎を見逃して、ずいぶん遠くまで来てしまっていたようです。

道を戻り、ようやく張田厩舎に辿り着くものの、誰もいません。そういえば、ルリモハリモは本厩舎から少し離れたところにいるのでした。そこに張田先生もいるのかもしれないと思い、前回の記憶を頼りに数分歩き、ルリモハリモの馬房を探します。たしか2つめか3つ目の区画を左に曲がったところだったはず。勘を頼りに歩いていると、どこかで見たような風景が見えてきますが、それが前回訪問したときの記憶か、それとも今日一度来たところなのか曖昧に感じます。

馬上の人とすれ違って、「こんにちは」と挨拶をするのですが、さっきと同じ人にも見えます。ヘルメットをかぶっているので、見分けがつきにくいのも事実です。もしかすると、僕は同じところをグルグル回っているだけなのかもしれないという恐怖に襲われ始めます。まるで映画「8番出口」のようです。

雨合羽から雨が滴り落ちるほどの勢いで、雨が降り始めました。スマホのナビで検索しようかとも考えましたが、張田厩舎だけでは目的地が出てきません。たとえ本厩舎の住所を入れたとしても、離れの厩舎まで案内してくれるはずもありません。厩舎選びにも迷い、厩舎への道のりでも迷い、出口を探して同じところをグルグル回っているのです。真っ直ぐな道を迷いなく歩めるのは安心だけどつまらなくて、とはいえ、僕のように不安を抱えたまま堂々巡りするのも苦しい。この輪廻から抜け出して、早く涅槃の境地に至りたいものです。

そんなことを考えながら歩き続けていると、張田先生らしき人が見えました。雨合羽を被ったままだと失礼かと思って、帽子(頭)の部分だけを取り、「おはようございます。お待たせしました。道に迷ってしまって」と声をかけると、待ってましたよというオーラを出しながらも、無言でニヤリとして受け入れてくれました。「ルリモハリモは順調ですか?」と聞くと、「順調だね」と返ってきます。「レース後も問題なくですかね?」と尋ねると、「そうだね」と答えてくれます。「環境に慣れてきたのでしょうね」と言うと、今度は何も返ってきません。環境に慣れたからではない、と思っているからなのか、それとも僕のひとりごとであって質問ではないと解釈したからか、受け流されてしまいます。こうした微妙なやり取りを何度か続けたあと、ルリモハリモを見せてもらうことにしました。

前回の訪問時は、食事中ということもあってか、触ろうとすると嫌がる反応を見せたルリモハリモも、今日は向こうから遊んでと言わんばかりに僕の手をハムハムしてきます。噛まれないように、口周りや鼻先を触ったり離したりを繰り返し、僕たちはコミュニケーションを取ります。

あとから山田厩務員さんに聞くと、飼い葉食いが落ちることもなく(いつも完食)、馬体にも幅が出てきているそう。調教場に行くとテンションが上がってしまうけれど、それ以外の場面では大人しいとのこと。オンオフがついていて良いことですね。脚元にも今のところ問題はなく、熱を持つこともないとのこと。馬によっては肢同士がぶつかって怪我をしたり擦れたりすることがあってプロテクターを付けて調教するけれど、ルリモハリモは肢がぶつかることもないそうです。前走のデビュー戦はラスト100mでスタミナ切れしてしまったかなというのが、山田厩務員さんの見立てです。

普段の調教からスタートダッシュが良いので、レースでもああやって先手を取れると安定感が高まりますと教えてくれました。たまたま好スタート好ダッシュを決めたわけではなく、練習でもできているようです。やはり現場に足を運ぶと、知らなかったこと、知りたかったことが知れますね。山田厩務員から話を聞いて、来月のレースに向けてますます期待が膨らみました。

最後に張田調教師に「来月の船橋開催のどの日のレースに出走する予定か決まっていますか?」と聞くと、「まだ分からない」と返ってきました。11月3日はJBCデーですから、その日になれば他のG1レースも観戦して帰ることができます。それ以外の日でも、かえって混まなくて、横断幕などを落ち着いて設置できるかもしれません。番組表を見ても、11月3日~7日までの間に2歳未勝利戦はほぼ毎日行われていますので、果たしてどのレースになるのでしょうか。「相手関係を見て出走するレースを決めるのですか?」と聞いてみると、「いや、賞金だね」と張田調教師は言います。「2歳の未勝利戦でも賞金の違いってあるんですね」と素朴な質問をすると、「そうだね」とそっけない返事が返ってきました。少しでも賞金の高いレースを目指すことは悪いことではありませんね。ざっくり言うと、賞金の80%が馬主、10%が調教師(厩舎)へ、5%は騎手、5%は厩務員へと配分されるのです。賞金の高いレースを勝利することは、誰にとっても良いことなのです。

「来週、電話します」と言って、びしょ濡れになった僕は張田厩舎をあとにしました。

(次回へ続く→)

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