ウオッカに勝つ。追撃のスーパーホーネット - 2008年・毎日王冠

毎日王冠というレースは、府中の杜に秋を運んでくる。

新緑の府中が放つエネルギーは瑞々しく、府中駅から大國魂神社を通り、競馬場へ向かう道は、世界は前方にしか存在しないと錯覚させる。しかし、同じ緑のいちょう並木であっても、秋は違う。ひと夏を越えた緑は心なしか沈み、次の黄色へ移ろうかと悩みはじめているようだ。色づく道は、世界は後ろにも左右にも存在し、己が通ってきた過去を、現を見つめさせ、自分が生きていることを仄めかす。いま、自分はどこにいるのか。どこを通って、ここに立っているのか。秋は自分の居場所を教えてくれる季節でもある。

ウオッカ、輝けるとき

まだまだ色づきには早い毎日王冠は夏と秋の入れ替わり。春、主役を務めた馬たちが顔をそろえ、その年の集大成へと再び歩み始める。豪華な顔ぶれになる毎日王冠で、グレード制導入後の1984年以降、単勝1.5倍以下に支持された馬は6頭いる。オグリキャップ、サイレンススズカ、グラスワンダー、ファインモーション、ウオッカ、サリオス。なかでもウオッカは2度も1.5倍以下になり、どちらも敗れ、とうとう勝つことがなかった。

その最初の年が2008年だ。ウオッカはあのダービー以降、長いトンネルの中にいた。その出口が見えてきたのが新緑の府中ヴィクトリアマイル2着。そして、暗闇を抜け出したのは初夏の安田記念だった。2着アルマダに3馬身半。栄光を手にした舞台府中のマイルはウオッカの強さを一層引き出した。「こんなに強かったのか」と人々の評価を一発で塗りかえるだけの衝撃があった。このとき、ウオッカは2番人気。ファンもその強さへの確信を抱き切れていなかった。一方、1番人気に支持されたスーパーホーネットはウオッカが復活を遂げる6馬身ほど後ろでゴール板を通過、8着に敗れ、8度目のGⅠ挑戦に失敗した。

毎日王冠はウオッカが単勝1.5倍、2番人気スーパーホーネットは10.7倍と人気面でも逆転どころか、大きな差をつけられた。あの安田記念の結果を考えれば仕方なかった。だが、あの時、自分の立ち位置を知ったからこそ、スーパーホーネットがGⅠに向けてやるべきことは鮮明になったはずだ。

ウオッカに勝つ。

これを成し遂げれば、GⅠへの道は再び開く。

ウオッカはなぜ、逃げたのか

ウオッカは非常に賢い馬だ。春に2回マイル戦を経験したことで、どれぐらいのスピードでゲートを出たらいいのか、自分なりにつかんでいた。レースはそのときと同じ東京競馬場。この時点で、彼女はどんな走りをすればいいのか分かっていた。結果的にそれは200m違いの誤解だったわけだが、そうやって自分がすべきことを把握し、それを実行に移せる彼女はクレバーだ。

マイル戦のようなスタートを切り、その流れに乗るような走りをすれば、毎日王冠ではどうやっても先行する形になってしまう。ウオッカがハナに行ったのは、彼女の賢さの裏返しではないか。先頭を走るウオッカに府中のスタンドはざわめきだった。明らかに先手を奪う馬がおらず、安田記念で好位から抜け出した競馬を考えれば、ハナに行くのも分からなくはない。だが、当時の自分にはそこまでの理解力はなかった。なぜ、ウオッカは逃げたのか。こうして振り返ることで、ようやくその意図は見えてくる。

先頭を走ったのはデビュー戦以来のこと。いくら賢くても、そこまで記憶は残っていないだろう。前に馬がいない戸惑いを隠しつつ進むペースは11秒後半が続く。遅くもなく速くもない流れは、最後に速い脚を残しにくく、真の脚力を問うものだった。ウオッカに劣らないスタートを切ったスーパーホーネットはそんな流れを好位の後ろで受け流していく。目の前を行くウオッカしか見ていなかった。先頭を走る彼女をスーパーホーネットはどう感じていたのか。これなら狙えると感じたのか、それともすぐさま抜き去りたいと燃えていたのか。

スーパーホーネット、追撃のとき

残り600m。府中の直線に入る手前でウオッカは10.5を叩く。4コーナーから直線入り口にかけて、さっさと後ろを引き離そう。武豊騎手は自身の戦略や意図をラップに鏡に映るように反映させる。この200mでたいていの馬たちが末脚を失っていくなか、スーパーホーネットはまだ力を残していた。まるでこの瞬間を待っていたかのように、ウオッカに向かって脚力を解き放つ。

離しにかかるウオッカ、追撃するスーパーホーネット。

残り200m。その差はジリジリとではあったが、着実に詰まっていく。逃げ切れるか否か。ファンが息を飲む攻防が府中の内ラチ沿いで繰り広げられる。その200mは12.0。安田記念より200m長いことをウオッカが悟ったとき、彼女の舌打ちが聞こえるような数字が並んだ。ゴールまで全力で駆け抜ける脚をわずかだが、残し切れなかった。かたやスーパーホーネットはずっとウオッカを狙っていた。控えていた分、まだ末脚は残っていた。それでも捉えたのは、ほぼゴール板のあたり。最後は気力で抵抗してきた。抜き去るだけの末脚を残すはずのスーパーホーネットもそれをはね返すだけの気力が必要だった。目には目を。気迫には気迫を。見えないものが支配する世界があそこにはあった。

倒さなければいけないウオッカをねじ伏せたスーパーホーネットは想像以上の力を発揮したからなのか、次のマイルCSは2着に終わり、とうとうその後もGⅠタイトルに届かなかった。挑戦すること14回。このうち2着は4回。世界の矢作、初の重賞勝ち馬であり、その黎明期を支えた名優として、スーパーホーネットの軌跡をいま一度振り返ってほしい。ウオッカを差し切った毎日王冠だけではなく、猛然とダイワメジャーに迫ったマイルCSなど、まだまだ話したいレースがたくさんある。

写真:Horse Memorys

あなたにおすすめの記事