2つのジンクスを打ち破った、至高の金剛石。 - サトノダイヤモンド

1.サトノダイヤモンド、『ウマ娘』に登場

2020年12月に行われた、サイゲームスによるメディアミックスコンテンツ『ウマ娘』の公式生放送。視聴者の耳目を集めたのは、コンテンツの本丸であるスマートフォンゲームのリリース日発表であった。しかし、筆者が最も驚いた発表は、新キャラクター「サトノダイヤモンド」の登場である。競馬ファンには有名だが、サトノダイヤモンドの馬主は里見治氏。日本を代表するエンターテインメント企業・セガサミーホールディングスの会長である。同じグループ企業からは競馬を題材にしたゲーム『Star Horse』シリーズを、スマートフォンゲームとしてもリリースしている。『ウマ娘』は言わば競合相手と言え、キャラクター登場に至るまでの交渉に立ちはだかった障壁の多さは想像に難くない。しかし、サトノダイヤモンドは障壁を打ち破り、『ウマ娘』の中でも人気キャラクターとなった。

 『ウマ娘』のキャラクターたちは、実在する競走馬の「名前と魂」を受け継いだ存在として描かれている。障壁を打ち破って登場したウマ娘・サトノダイヤモンドの姿は競走馬・サトノダイヤモンドの魂を間違いなく受け継いでいるといえるだろう。なぜなら、サトノダイヤモンドは競馬界におけるジンクスを2つも打ち破った馬だったからだ。

2.「サトノの馬はGⅠを獲れない」というジンクス

サトノダイヤモンドは最初、「高額ホース」として話題になった。父にディープインパクト、母にアルゼンチンのGⅠ馬マルペンサを持つ良血馬は、セレクトセールにおいて2億3000万円で里見オーナーに落札される。

さらにそのデビュー戦には同じく高額ホースのロイカバードも出走し、「5億円対決」として話題を呼んだ。この対決に勝利したサトノダイヤモンドはそこから無傷の三連勝で重賞制覇。この頃から、単なる「高額ホース」ではなく、2016年クラッシック戦線の主役を張る一頭と目されるようになった。筆者もサトノダイヤモンドがクラシックで戴冠なるか、と注目していた一人である。

この馬なら、「サトノの馬はGⅠを獲れない」というジンクスを打ち破る存在になるかも知れないと望みをかけたのだ。

里見オーナーは毎年のようにセールで高額の良血馬を落札し、東西の一流調教師に預けてGⅠ制覇を狙っていたが、なぜか善戦止まりの馬ばかり。2015年のクラシックにおいても、無敗の弥生賞馬サトノクラウンが主役候補と目されながら一冠も獲れずに終わっていた。ダービーで3着に敗れたクラウンの姿を見て「このジンクスはこの先打ち破られずに終わるのではないか」と思っていた筆者にとって、きさらぎ賞をあっさりと勝ったサトノダイヤモンドの底知れなさに期待は高まるばかりであった。

──しかし、ジンクスは生半可なものではなかった。

サトノダイヤモンドは3歳春のクラシックシーズン、一冠も獲れずに終わるのである。2歳王者リオンディーズや、そのリオンディーズを弥生賞で破ったマカヒキらを抑えて1番人気に支持された皐月賞では3着。日本ダービーではマカヒキとの壮絶な叩き合いの末、ハナ差で2着。皐月賞では直線で不利を受けていたし、ダービーでは向正面で落鉄していた。純粋に実力のみで負けたとは言えない二つの敗戦に、筆者は何か"見えない力"が働いているような気がしてならなかった。「サトノの馬はGⅠを獲れない」というジンクスは、サトノダイヤモンドですら打ち破れないのか……。多くのファン、そして恐らく里見オーナーも、忸怩たる思いで春を終えることとなった。

3.悲願叶った菊花賞

サトノダイヤモンドは秋の大目標を菊花賞と定め、神戸新聞杯から始動することとなった。

圧倒的な人気で迎えた神戸新聞杯では、後に宝塚記念を制するミッキーロケットをクビ差抑えて勝利。サトノダイヤモンドは菊花賞の大本命として、再びGⅠを迎えることになった。管理する池江泰寿調教師も最後の一冠は絶対に落とせないという気持ちで馬を仕上げたことであろう。しかし筆者は、サトノダイヤモンドを応援する気持ちを強く持つ一方で、菊花賞制覇には不安を覚えていた。なぜなら、サトノダイヤモンドは、「サトノの馬はGⅠを獲れない」というジンクスだけでなく、「ディープインパクト産駒は菊花賞を勝てない」というジンクスをも打ち破らねばならなかったからである。

説明不要の大種牡馬ディープインパクトであるが、2016年時点で菊花賞を勝った産駒はゼロ。2015年にはリアルスティールが2着するなど決して適性が無いとは言えないものの、長距離GⅠで強い勝ち方を見せた父のような馬は登場していない状況だった。サトノダイヤモンドも、落鉄しながら上がり3ハロン33.4の鬼脚を繰り出したダービーを見る限り適性は中距離にあり、決して3000m戦の菊花賞に向くとは思われなかった。

それでも、菊花賞当日、サトノダイヤモンドは単勝2.3倍の一番人気に支持された。ダービー馬マカヒキがフランス遠征のために不在であったことも影響したとはいえ、2つのジンクスをダイヤモンドなら打ち破ることが出来ると期待するファンが多かった証左だろう。レースが始まると絶好のポジションから抜け出して後の天皇賞馬レインボーラインを2馬身半突き放す圧勝。ジンクスなど関係ない、と言わんばかりの勝ち方であった。

最後の直線、関西テレビの実況を務めた吉原功兼アナウンサーは「やっと、やっと悲願が叶う」と叫んだ。里見オーナー、そして応援していたファンの悲願が叶った瞬間が訪れたのである。2つのジンクスは打ち破られた。

4.ジンクスを打ち破った金剛石

里見オーナーはこの菊花賞制覇の後、有馬記念(サトノダイヤモンド)・香港ヴァース(サトノクラウン)・安田記念(サトノアラジン)など、数々のGⅠのタイトルを獲得する。また、ディープインパクト産駒は三冠馬コントレイルなど、菊花賞を4勝(2022年1月現在)。サンデーサイレンスと並んで歴代最多タイ記録を保持している。どちらのジンクスも、今となっては最初から存在していないかのようだ。

ダイヤモンドの和名は「金剛石」。

「金剛」は仏教用語で、不変の堅固さ・強さを意味する。ジンクスを打ち破る存在としてこれほど適う名を持つ競走馬はいないだろう。

2022年からはいよいよサトノダイヤモンド産駒がデビューする。「金剛石」の血を受け継いだ馬はどのような活躍をみせるのだろうか。

あるいは「日本馬は凱旋門賞を勝てない」というジンクスを打ち破る馬が登場するかも知れない──そんな期待すら、してしまいたくなる。

2つのジンクスを破った、至高の「金剛石」の血に、注目したい。

写真:Horse Memorys

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