![[ニュースコラム]アメリカダート挑戦史。テーオーエルビスが切り拓く未来](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/05/G8IVaxtbkAALp9r.jpeg)
子どもの頃の合言葉は「ニューヨークへ行きたいかぁ!」だった。これにピンと来る方はおそらく私と同年代。人生の後半に突入してきた方々だろう。合言葉の正体は「アメリカ横断ウルトラクイズ」。叫び声の主は当時、日本テレビの福留功男アナウンサー。後楽園もしくは東京ドームでの○×クイズを勝ち、羽田でじゃんけんで2勝し、グァムに向かう機上で実施されるペパークイズをクリアし、ようやく踏めるアメリカの地。といってもそこはグァム。アメリカ大陸に上陸するには泥んこクイズなどいくつかのチェックポイントをかいくぐらないといけない。そこからアメリカ大陸を西から東に文字通り、横断しながら東海岸随一、いや世界が憧れるニューヨークを目指す。「アメリカ横断ウルトラクイズ」とはあの時代のアメリカへの憧れを集約したような番組だった。みんな年を経て、大人になっていくとヨーロッパに興味を持ちはじめ、フランスやイギリスの歴史の重みに心を惹かれていく。80年代はそんな時代だった気がする。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」は私がはじめて挑戦したいと願った夢だった。残念ながら、私が出場資格を得るころには番組は終了してしまい、幻となってしまったが、とにかく外国と言えばアメリカだった。そして、競馬を覚えていくと、今度はヨーロッパに羨望のまなざしは向けられた。タイキシャトル、シーキングザパールがフランスでGⅠを勝ち、エルコンドルパサーがモンジューに敗れた凱旋門賞での痛烈な悔しさなど海外といえばヨーロッパ。競馬の世界に足を踏み入れると、そういった頭に変わっていった。
そんなヨーロッパでの活躍は実は日本馬の海外遠征というカテゴリーで見ると、歴史の途中でもある。最初の海外遠征はハクチカラが渡ったアメリカ。やはりアメリカだ。ハクチカラは長期遠征のなかで、ワシントンバースデーハンデキャップを勝ち、日本調教馬初の海外勝利を収める。その後もオンワードゼア、タカマガハラ、リユウフオーレルとワシントンDCインターナショナルを中心にアメリカ芝路線への挑戦が続くも、勝利をあげることなく、香港、フランス、イギリスで勝つ馬たちがあらわれ、私のようにヨーロッパに視線を集めるファンが増えていった。
その間もアメリカへの遠征は続いていた。1986年シンボリルドルフがサンルイレイSに出走し、6着とやはり芝が中心だった。そして、1995年クロフネミステリーがG2ディスタフハンデに出走し、同じ年にスキーキャプテンがケンタッキーダービーに挑戦とアメリカのダートへの出走を果たした。アメリカといえばダートの本場。一説には競馬発祥地の地イギリスから持ち込まれた芝の競馬に対し、その伝統の継承を嫌い、意図的に左回りのダートコースをつくったところから始まったという。クロフネミステリーこそ3着だったが、ケンタッキーダービーのスキーキャプテンは14着。本場ダートG1の壁は想像以上に高かった。そして1997年、ブリーダーズCクラシックにタイキブリザードが挑戦した。結果は9頭立ての6着。着差は23馬身3/4。先頭は遥か遠くを走っていた。

ヨーロッパの芝で結果を残しつつある状況だっただけに、タイキブリザードの敗戦はある種のアメリカダートコンプレックスのようなものを私に植えつけた。2000年にはフランスのアベイドロンシャン賞、イギリスのジュライCを制したアグネスワールドがブリーダーズCスプリントに挑み、8着。小学生時分に憧れていたアメリカは気がつけばコンプレックスの対象へと変わっていった。「アメリカのダートは無理。ダートって言っても砂じゃないもん、土だから」競馬雑誌を読み漁った知識をひけらかすようにアメリカを避けるような意見を言っていた自分がいた。
2004年パーソナルラッシュがブリーダーズCクラシックに挑み、6着。ダートを主戦とした重賞ウイナーであっても結果を残せなかった。芝はアメリカンオークスをシーザリオが勝つなど結果を出せるが、ダートだけはどうにもならない。これが一歩前に進んだのが2008年。カジノドライヴの出現だった。父はエーピーインディ系マインシャフト、姉にアメリカ3歳牝馬チャンピオンのラグズトゥリッチズがいる。日本にいるのが不思議なくらいのゴリゴリの米国血統のマル外は新馬勝ち直後にアメリカに渡り、G2ピーターパンSを勝ったのだ。藤沢和雄厩舎しか考えないようなローテーションは度肝を抜いた。それでもヘソ曲がりの私は「アメリカ産だしなぁ」とコンプレックスを払拭させることはなかった。事実、その後もエスポワールシチーのブリーダーズCクラシック10着ぐらいでアメリカダートへの挑戦はヨーロッパ、香港への遠征と比べ、一向に増えてこない。それだけ本場のダートは近寄りがたいものがあった。

2016年、父タピット、母ヘヴンリーロマンスのラニがUAEダービーを制し、アメリカ三冠路線へと転戦し、9、5、3着としり上がりに着順をあげていった。「これ、もしかすると何度か使ってダートに慣れさせていけば、通用するかも。だってラニの母の父サンデーサイレンスはそもそもアメリカの二冠馬だし、ブリーダーズCクラシックも勝ってるし」とこの頃の私は極めて当たり前のこと言いだし、アメリカ挑戦に対し、前向きなとらえ方に変わっていた。
その後もマスターフェンサー、フルフラット、マテラスカイと挑戦を続け、関係者はその歴史の中で着実にアメリカ遠征のノウハウを構築していった。どんなカテゴリーにどんなタイプの馬をどういった過程で挑むのか。元々、海外遠征は調教の壁が存在する。日本なら坂路とウッドチップコースで仕上げるが、海外には同じ設備は存在しない。アメリカやドバイ、香港は遠征先の競馬場での調整になる。平坦のトラックコースでの仕上げは慣れない。ウッドチップコースによる適度な負荷と同じ状況を作り出すのは我々ファンの想像と現場の声に乖離がある。日本調教馬をアメリカのダートで仕上げるには独自のノウハウが必要だった。その蓄積が2021年、マルシュロレーヌのブリーダーズCディスタフ優勝で結実した。アメリカのダートG1初制覇の快挙は様々なヒントを提供することになった。マルシュロレーヌは芝でキャリアを重ね、ダートに転向しており、血統は父オルフェーヴル、母系はキョウエイマーチ一族と芝で期待したい構成だった。むしろ芝向きの血統がアメリカのスピード競馬に適応できることがわかった。
マルシュロレーヌを管理した矢作芳人厩舎が父リアルスティールのフォーエバーヤングをアメリカへ送ったのは2021年の快挙があったからこそだろう。芝をこなしても不思議ではない血統をあえてダートで経験を積ませ、超一流に育て上げる。矢作調教師の信念は2025年ブリーダーズCクラシック制覇への道となった。それもフォエバーヤングは好位に構え、最初のコーナーでライバルをけん制する姿勢をみせ、最後は堂々と抜け出すという本場アメリカのチャンピオンと同じ立ち回りを演じてみせた。日本調教馬がアメリカダートの最高峰を横綱相撲で勝利する。2、30年前の私にそう未来を語ったとしたら、いったいどんな反応をするだろうか。おそらく信じないだろう。だが、これは夢でもなんでもない事実だ。アメリカに抱いた憧れもコンプレックスもこの勝利が吹き飛ばした。「本場アメリカのダートで通用する馬は?」そんな問いに関係者は確実に答えを出しはじめている。
2026年、ケンタッキーダービーのふたつ前のチャーチルダウンズSはさらなる快挙を日本に伝えた。日本のテーオーエルビスがダート7ハロンのG1を勝ったのだ。好位から抜け出し、後続に3馬身1/4差をつける快勝だった。7ハロンで3馬身は圧勝という表現に近い。テーオーエルビスは4連勝でカペラSを勝っていた。その着差は5馬身。上がり600mタイム34.8は2位に1秒も差をつけた。父ヴォラタイルはアメリカの6ハロンG1を制した快足馬。こちらは中距離グループとは異なるゴリゴリのアメリカ産馬。なかなか結果を残せないアメリカのスプリント路線で頂点を狙うなら、アメリカスピード血脈を日本に入れ、個性を伸ばしながら育成するといい。テーオーエルビスの快挙は必ずや次の栄光へのヒントになる。そして、テーオーエルビス自身も次の挑戦へと進んでいく。進化には過程があり、蓄積は過程を経ないことには積み重ねられない。アメリカダートへの挑戦は進化とはなにかを伝えてくれる。

参考文献『競馬史発掘 正史に書かれなかったあんな話こんな話』矢野吉彦著(星海社新書)
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フォーエバーヤングが参戦した26年のドバイワールドカップ、サウジカップの最新レポートから、フジヤマケンザン、タイキシャトル、エルコンドルパサーなど90年代の激闘まで! 日本調教馬による栄光と挫折の歴史を一冊にまとめた完全保存版!
※本記事は『名馬コレクション 世界への挑戦』には収録されていないオリジナル原稿となります。

本書の企画・特集は以下の通り。
- 特集 フォーエバーヤング
- 特集 衝撃の初勝利
- 凱旋門賞・ドバイWCミーティング・香港国際競走名勝負
- 角居勝彦元調教師インタビュー
- イグナイター挑戦の舞台裏
- タワーオブロンドンと青野調教助手の挑戦
- ブリーダーズカップ挑戦史
- 輸出入検疫の舞台裏
- 海外から日本に挑んだ名馬たち
- 世界に広がる日本馬の血
- 雨のガルフストリームパークを駆け抜けたアエロリット

| 書籍名 | 名馬コレクション 世界への挑戦 |
|---|---|
| 発売日 | 2026年04月17日 |
| 価格 | 定価:2,980円(税込) |
| ページ数 | 96ページ |
| 出版社 | ガイドワークス |
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