[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]ミオスタチン遺伝子型(シーズン2-16)

エクワインレーシングからの角4封筒が届くと、胸の鼓動が速くなります。中に50万円前後の請求書が入っていることが分かっているからです(笑)。その日は見て見ぬふりをして、しばらく放置して、数日後に開封することもあります。寝かせても請求書の金額が変わることはないのですが、少しだけでも現実から目を逸らしたいという無意識がそうさせているのだと思います。ただ今回だけは、すぐその場で封筒にハサミを入れました。先月、預託料の明細に含まれていた、遺伝子検査の結果が入っているかもしれないと楽しみにしていたからです。

遺伝子検査とは、ミオスタチン遺伝子型の検査のことです。サラブレッドの18番目の染色体上に存在する、ミオスタチンという筋細胞の増殖分化を抑制する物質の遺伝子のDNA塩基配列(A/T/C/Gの組み合わせ)の1カ所が置き換わり、それぞれにCまたはTの配列が異なることによって、サラブレッドの筋肉量や距離適性に影響を及ぼしているという研究結果が明らかになっています。染色体は父方と母方から1本ずつ受け継ぐため、人間の血液型(A型、O型、B型、AB型)と同じように、父と母の組み合わせによって「CC型」、「CT型」、「TT型」の3種類が存在することになります。

大きく分けて、「CC型」のサラブレッドは筋肉量が多く、短距離(1000~1600m)に適性があり、デビュー時期は早い。「CT型」は、筋肉量は平均的で、中距離(1400~2400m)に適性を示し、「TT型」は筋肉量はやや乏しく、長距離(2000m以上)を得意とし、デビュー時期は遅いとされます。僕たちがイメージする、スプリンターはマッチョでステイヤーはスラリとしているという、馬体と距離適性の関連性とズレはありませんね。ちなみに、デビューする時期や初勝利を挙げるまでの期間も「CC型」のスプリンターは早く、「TT型」のステイヤーは遅い晩成というのも、僕たちの認識と同じです。

前置きはこのぐらいにして、ドキドキしながら封を開けると、やはり請求書は入っていました(笑)。その他、エクワインレーシングは毎月、立ち写真と詳細なレポートを入れてくれて嬉しいのですが、遺伝子検査の結果は入っていませんでした。あれっ、馬主には教えてくれないのかと残念に思っていると、今月のレポートの最後に一文、「なお遺伝子型検査の結果はCC型でした」と書き添えられているではないですか!

「CC型か…」と僕は心の中でつぶやきました。たしかに福ちゃんは筋肉量が豊富です。血統的にも、父タイセイレジェンドはダートの短距離で活躍した馬であり、母ダートムーアは中距離タイプでしたが、その父クロフネはスピードが豊富な種牡馬です。おそらく父タイセイレジェンドはCC型であり、母ダートムーアはCT型、その組み合わせだと50%の確率で子どもはCC型になりますから、福ちゃんはCC型の方を引き当てたのでしょう。福ちゃんの卒業アルバムの血統診断の最後に、「福ちゃんはスピードとパワーを生かして、ダートの1400~2000mの距離で幅広く活躍してくれそう」と綴りましたが、距離適性に関してはもう少し短めに修正する必要があるかもしれません。

とはいっても、この「CC型」、「CT型」、「TT型」の遺伝子型は、人間の血液型ぐらいのものだと僕は考えています。一般的に、A型は真面目で几帳面、B型は自由奔放でマイペース、O型は社交的でおおらか、AB型は二重人格で合理的などと言われていますが、たしかにと感じることもあれば、人間ってもっと複雑だよねと素直に思うのです。血液型だけで4つのタイプに分類できるほど人間は簡単ではありませんし、たとえサラブレッドの距離適性に焦点を絞ったとしても、そこには気性などの先天的要素から、育成や調教などの後天的な要素までが複雑に絡み合ってくるはずです。遺伝子型解析という「科学」やそれに基づいたレース結果という「統計学」は受け入れつつ、その先どうするかが大切だと思います。

僕の大好きな「GATTACA(ガタカ)」という映画があります。「GATTACA(ガタカ)」の舞台は、遺伝子操作によって生まれた優れた知能・外見・体力・健康を持つ「適格者」と、自然妊娠で生まれた「不適格者」に分けられた近未来の人間世界。主人公のヴィンセントは、自然な生き方を求める両親から生まれた「不適格者」であり、生まれつきの病気で心臓が弱く、30歳までの寿命と宣告されています。

ヴィンセントの夢は宇宙飛行士になること。しかしそれは「適格者」にのみ許された仕事であり、宇宙局「GATTACA(ガタカ)」にすら入ることができません。夢を諦められないヴィンセントはDNAブローカーの仲介で、かつて事故によって脚の自由を失い選手生命を絶たれた「適正者」の水泳の銀メダリスト、ジェロームに出会います。ジェロームのDNAを借りることで生体認証をくぐりぬけ、ヴィンセントは宇宙局「GATTACA(ガタカ)」に潜り込むことに成功し、必死の努力を重ねて「適格者」に劣らない結果を出し、ついに宇宙飛行士に選ばれるのです。

印象に残っているワンシーンがあります。ヴィンセントの弟アントンは「適格者」であり、昔からずっと何をやっても敵いませんでした。兄弟間、いや「適格者」と「不適格者」のあからさまな違い、「不適格者」の自分は劣っていることを目の当たりにしてヴィンセントはずっと過ごしてきたのです。兄弟は小さい頃からよく度胸試しに遠泳をしていました。海岸から海に向かって泳ぎ、どちらが遠くまで泳げるかという競争です。体力勝負だけではなく、これが度胸試しなのは、どちらかが諦めて勝負が決したとしても、そこから再び岸に泳いで戻って来なければならないからです。極限まで体力を使い果たしてからギブアップしては(帰りの体力を残してギブアップしなければ)、生きて帰れなくなってしまうということです。もちろん、体力に劣るヴィンセントは弟に負け続けてきました。

ある日、ヴィンセントが「不適格者」であることがバレてしまいます。弟アントンは兄になりすましをやめるよう説得し、遠泳勝負をもちかけ、もし負けたら宇宙船に乗ることを諦めろと誓わせようとします。ところが、ヴィンセントは最後の勝負に勝ったのです。全てに優るはずの「適格者」であるアントンが、「不適格者」のヴィンセントにまさか敗れてしまうのです。アントンは驚き、「どうやったら(適格者の俺に)勝てたんだ?」とヴィンセントに尋ねます。それに対して、ヴィンセントはこう答えました。

「I never saved anything for the swim back.(帰りのことは何も考えずに泳いだのだ)」

このセリフが何を意味しているかというと、自分の限界を決めてしまっているのは自分の心だということ。帰り道の体力を残そうと考えてしまうと、体力に優る「適格者」にはどうやっても敵わない。「不適格者」が「適格者」に勝つためには、心のストッパーを外し、帰りのことは一切考えずに体力の限りを出し尽くさなければならない。そうして初めて、帰り道のことを考えて体力を温存する「適格者」に勝つことができるのです。自分の限界を決めてしまっているのは「適格者」も「不適格者」も同じであり、最後は自分の限界を引き上げられた者が勝者となるのです。

これは競馬も同じです。サラブレッドにも肉体の能力の優劣や距離適性、得意な条件などがあり、できる限り自分の能力を発揮できる状況で走るのが理想ですが、どこまで行ってもレースの最後に問われるのは気力です。苦しいところからもうひと踏ん張りできるかどうか、自らの限界をどれだけ超えられるかどうかが、ハナ差、首差といった勝敗を分けるのです。ミスター競馬と呼ばれた野平祐二騎手がレースで限界を明らかに超えて走るスピードシンボリの頑張りをその背で感じ、感動して涙したというエピソードがあります。自らの限界を超えて走ることを馬に教えることはできません。僕たちにできるのは、CC型やCT型、TT型だからと限界を決めつけるのではなく、どうすれば馬たちが自らの限界を超えて走り、生きて戻ってこられるかを考えることだと思います。

Photo by Satoki Sumiyoshi

(次回へ続く→)

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