[重賞回顧]歴史を動かした世界的名牝の遺伝子~2021年・ブリーダーズカップ・フィリー&メアターフ~

アメリカ競馬の祭典、ブリーダーズカップ。大きな特徴の一つとしてあげられるのが、毎年、持ち回り開催で行われる点である。2021年の開催地となったのは、デルマー競馬場。2日間で、14レースが行なわれた。

Photo by Breeders’ Cup
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その2日目の第7レースに組まれたのが、ブリーダーズカップ・フィリー&メアターフ。芝の11ハロンで行なわれる、3歳以上の牝馬限定戦である。このレースの日本馬の挑戦は、2000年に出走したマルターズスパーブから始まった。今回のラヴズオンリーユーが4頭目。先輩のオークス馬ヌーヴォレコルト以来、実に5年ぶりの出走となる。

出走馬は12頭。そのラヴズオンリーユーが、日本のオッズで1番人気に推された。

ラヴズオンリーユーは、3歳時に4戦全勝でオークスを制覇するも、その後1年10ヶ月も勝てない日々が続いた。復活のきっかけは、今年初戦の京都記念。続くドバイシーマラシックで3着と惜敗した後に出走した香港のクイーンエリザベス2世Cで、2つ目のビッグタイトルを獲得した。早くからブリーダーズカップ照準を定め、札幌記念(2着)からの臨戦は予定通り。凱旋門賞2着のタルナワがブリーダーズカップ・ターフにまわったため、国際GIの実績では明らかに上位。日本の競馬史を変えることが期待された。

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日本のオッズで2番人気、現地の前売りでは1番人気となっていたのが、地元・アメリカの4歳馬ウォーライクゴッデス。現在重賞4連勝中で、前走のフラワーボウルSがGI初勝利だった。底を見せていない点と目下の勢いは魅力。ラヴズオンリーユーの、強力なライバルと目されていた。

3番人気は、名門A・オブライエン厩舎のアイルランド調教馬ラブ。昨年、英1000ギニー、あ英オークス・ヨークシャーオークスをいずれも圧勝。休み明けとなった今年初戦のプリンスオブウェールズSも勝利し、GI・4連勝を達成した。ところが、キングジョージ6世&クイーンエリザベスSで3着に敗れると、英インターナショナルSも3着に惜敗。さらに、62kgの重斤を背負ったGⅡのブランドフォードSも、2着に敗れてしまった。凱旋門賞を熱発で取り消したため、今回は2ヶ月ぶりの実戦。昨年の欧州の、3歳世代最強牝馬が復活なるか、注目された。

そして、4番人気となったのがアメリカのゴーイングトゥベガス。こちらも、前走のロデオドライブSがGI初制覇で、現在3連勝中。2走前と3走前はデルマーで勝利しており、地元の利を活かして、GI連勝なるか期待が集まっていた。

以下、当レース連覇がかかるアウダーリャ、前走、フランスのGIオペラ賞を勝ったルジールが、人気順で続いた。

レース概況

ゲートが開くと、最内枠のゴーイングトゥベガスが好スタート。予想通りハナを切るかに思われたが、ポケットスクエアとドッグタグが競り掛け、先団は3頭となる。その3馬身後ろにラヴズオンリーユーがつけ、最初のコーナーを回りホームストレッチに入った。

そこから1馬身差の5番手にラブ。ルジールとアウダーリャの前走オペラ賞組が仲良く中団を追走し、ウォーライクゴッデスは、最後方からのレースとなった。

1度目のゴール板を通過すると、馬群の外からラブがポジションを上げはじめ、連れてラヴズオンリーユーも進出。さらに、向正面に入ったところで、ウォーライクゴッデスも上昇を開始し後方4番手に。ここで馬群は凝縮して、最後方までは8馬身ほどの差となった。

2周目の3~4コーナー中間で、再びウォーライクゴッデスがまくり、ラブと一緒に先団へ。先頭は4頭が横並びとなり、ラヴズオンリーユーは第2集団の中で、最後の直線勝負を迎えた。

直線に入ると、ラブとウォーライクゴッデスが抜け出し先頭。その外からマイシスターナットが末脚を伸ばし、ラヴズオンリーユーの進路が一旦なくなりかける。それでも、ウォーライクゴッデスとマイシスターナットの間に僅かな進路を見つけると、ディープインパクト産駒らしいキレ味が瞬時に炸裂。

残り50mで並びかける間もなく先頭に立つと、最後は体半分リードして1着でゴールイン。タイキブリザードのブリーダーズカップ初挑戦から、ちょうど四半世紀。ついに、日本馬がアメリカ競馬の祭典で頂点に立ち、歓喜の瞬間を迎えた。

各馬短評

1着 ラヴズオンリーユー

ラヴズオンリーユーが日本で勝利したGIは、直線が500m以上もある東京競馬場で行なわれたオークス。カレンブーケドールを差し切っての優勝だった。一方、デルマー競馬場の直線は、JRAで最も直線が短い函館競馬場よりさらに10m以上短い249mである。

もちろん、その時から馬は変わっているものの、川田騎手は、それを考慮してスタートから先行。直線で進路を見つけると瞬時に加速し、これしかないというスーパーな騎乗を大一番でやってのけ、日本の競馬史を書き換えることに成功した。

順調であれば、今後は香港カップに出走する予定。海外GI・3勝目が期待される。

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2着 マイシスターナット

ここまで惜敗が続き、前走は、最後方から追込んでウォーライクゴッデスの2着だった。

今回も同じく後方からレースを進め、2周目3コーナーでも、まだ後ろから2番手。そこからウォーライクゴッデスの後を追うように上昇し、直線入口では第2集団へと進出。直線では、一時ラヴズオンリーユーを封じ込めるなど、完璧な進路取りだったが、最後の最後で僅かな隙間を破られ、大金星を逃した。

ただ、この名勝負が多いに盛り上がったのは、この馬とJ・オルティス騎手の好騎乗があったからこそ。事実、ウォーライクゴッデスとラブには先着しており、素晴らしい結果を残した。

3着 ウォーライクゴッデス

2段階のまくりで大いに見せ場を作った。結果として敗れたものの、現地前売り1番人気の実力を見せつけた。

デビューから、わずか1年ちょっとしかたっていない4歳馬で、これがキャリア8戦目。まだまだこれからの馬で、来年このレースに出走しても、再度、有力馬の1頭になるのではないだろか。

レース総評

ラヴズオンリーユーは、全兄にドバイターフを勝利したリアルスティールがいる良血。母系を遡ると、3代母にミエスクの名前がある。ミエスクは、欧米のGIを10勝した世界的名牝。その中には、ブリーダーズカップ・マイル連覇の実績も含まれている。結果論ではあるものの、ブリーダーズカップに縁のある血統なのかもしれない。

また、ミエスクといえば、キングカメハメハの父であるキングマンボの母としても有名。他にも、イーストオブザムーンや、アルファセントーリ、スタディオブマン、カラコンティなど。世界で最も繁栄した牝系の一つで、一族出身のGI馬は数え切れない。

ラヴズオンリーユーも、いずれ繁殖牝馬になるはずで、キングカメハメハの後継種牡馬と交配すると、ミエスクのクロスが発生。これは、まさに血のドラマといえるだろう。

一方、レース内容に目を向けると、小回りコースを意識しながらも、有力馬がそれぞれの持ち味を発揮。持てる力を出し切り、すぐに終わってしまう短い直線で、ずっと見ていたいと思えるような、素晴らしい名勝負が繰り広げられた。

矢作調教師は、これが実に海外4カ国目のGI制覇。国内でも、中央・地方問わずレース選択が実に巧みで、数々の勝利を積み重ねてきた。今回、ブリーダーズカップを2勝したことにより、世界を代表する調教師になったといっても、決して言い過ぎではないだろう。

Photo by Breeders’ Cup

そして、その仕上げに完璧に応えて見せた川田騎手の好騎乗も、前述したとおり。これらすべてのピースのうち、一つでも欠けていれば、日本の競馬史は書き換わっていなかったかもしれない。

遠征にかかる費用や、コロナ渦においては帰国後の隔離など……海外競馬への参戦は、関係者にとって想像を絶する苦労があるはず。レース後、涙ながらに抱擁した矢作調教師と川田騎手の表情が、そのすべてを物語っていた。 昨今の日本競馬のレベルは、人馬とも、世界最高峰にあるといって間違いない。これを機に海外遠征がさらに増え、それとともに歓喜の瞬間も増えていくことだろう。

写真:Breeders’ Cup

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