2019年に生まれたサラブレッド7522頭の頂点を決める日本ダービー。府中市の最高気温は29度を記録し、夏を思わせる陽気の中、競馬の祭典を一目見ようと、入場規制が始まって以降最多の6万2364人が東京競馬場に詰めかけた。
混戦といわれた2022年のクラシック。ただ、牡馬に関しては、皐月賞で上位陣の顔ぶれがかたまった感もあり、とりわけ皐月賞の1着から4着馬までに人気が集中し卍巴の様相。その中で、単勝オッズ3.5倍の1番人気に推されたのはダノンベルーガだった。
外枠有利の馬場状態で行なわれた皐月賞は、最内枠からスタートして4着に敗戦。とはいえ、脚元の状態から、ギリギリまで出否が決まらなかったことを考えれば、十分すぎる内容だった。今回は、2戦2勝と得意の東京競馬場が舞台。巻き返しが期待されていた。
僅差の2番人気に推されたのがイクイノックス。2歳時に、新馬戦と東京スポーツ杯2歳Sを連勝するもそこで休養に入り、その期間は実に5ヶ月にも及んだ。そして、復帰初戦となった皐月賞では、異例のローテーションをクリアして2着に好走。今回は、2戦連続大外枠を引いたものの、得意の左回り。父キタサンブラックの雪辱と世代最強の座を勝ち取ることが期待されていた。
同じく、僅差の3番人気に続いたのがドウデュース。3戦全勝で朝日杯フューチュリティSを制し最優秀2歳牡馬に輝いた本馬も、年明けの弥生賞は先行して2着。続く皐月賞は、一転して追い込むも3着と惜敗が続いた。今回は、自慢の差し脚を活かすことができ、2勝目を挙げた東京競馬場が舞台。武豊騎手が6度目のダービー制覇なるかにも、注目が集まっていた。
そして、4番人気となったのがジオグリフ。デビューから連勝で札幌2歳Sを圧勝し、最も早くクラシック候補の呼び声が上がった本馬。ところが、朝日杯フューチュリティSで5着に敗れると、共同通信杯も2着に惜敗してしまう。しかし、皐月賞では前2戦の鬱憤を晴らすような末脚で、寮馬のイクイノックスを差し切り優勝。前人未踏のダービー三連覇がかかる福永祐一騎手とともに、二冠獲得と、今度こそ世代最強を証明できるか、注目を集めていた。
レース概況
ゲートが開くと、マテンロウオリオンとジャスティンロックがやや出遅れ。後方からの競馬を余儀なくされた。
一方、皐月賞はスタートで躓いて逃げられなかったデシエルトが宣言通りに逃げ、1コーナーを回るところでリードは2馬身。2番手にアスクビクターモアがつけ、その1馬身後方をビーアストニッシドとピースオブエイトが並走。さらに、プラダリアとロードレゼルの青葉賞1、2着馬も、その2馬身後ろを仲良く並走していた。
前半1000mは58秒9と、馬場を考えれば平均ペース。四強は、いずれも中団より後方に控え、ジオグリフとダノンベルーガは11、12番手。その2馬身後方を、手綱を抑えながらドウデュースが追走し、ホープフルSの勝ち馬キラーアビリティを挟んで、イクイノックスは後ろから3頭目に構えていた。
後方5頭がバラバラで追走したため、先頭から最後方までは25馬身以上と、かなり縦に長い隊列。その5頭が、3コーナー手前から徐々に前との差を詰めにかかり、とりわけ、大欅を過ぎたあたりからイクイノックスの手が激しく動いてスパートを開始。一方で前は、アスクビクターモアが軽快に逃げるデシエルトの直後にピッタリとつけ、世代最強を決める争いは、いよいよ最後の直線勝負を迎えた。
直線に入り、デシエルトが再び突き放そうとするところ、アスクビクターモアが持ったままこれに並びかけ、残り400mで先頭。ビーアストニッシドがこれを追うも失速し、かわって四強が一気に襲いかかってきた。
それでも、ここまで楽に先行していたアスクビクターモアの勢いは衰えず、坂上まで先頭をキープ。しかし、四強の中では最も末脚の勢いで優るドウデュースが、残り200mを過ぎたところで単独先頭。そこから逃げ込みを図る。
これに対して、大外に進路を取り猛追してきたのがイクイノックス。残り100mで2番手に上がると勢いは衰えず、ついに先頭に並びかけようとしたところ、これに気付いて再び末脚を伸ばしたドウデュースも逆転を許さない。
結局、体半分の差はゴールまで変わることなく、猛追をクビ差凌いだドウデュースが、見事1着でゴールイン。追込み届かなかったイクイノックスが皐月賞に続き2着に惜敗し、早目先頭から粘ったアスクビクターモアが、ダノンベルーガの追撃をかわして3着に入った。
良馬場の勝ちタイムは2分21秒9で、堂々のレースレコード。前人未踏、6度目のダービー制覇を成し遂げた武豊騎手は、同時に53歳2ヶ月15日での最年長勝利記録も達成。また、管理する友道康夫調教師も、マカヒキ、ワグネリアンに続き、現役単独最多3度目のダービー制覇を成し遂げた。
各馬短評
1着 ドウデュース
ゆったりしたスタートから、道中は後方14番手を追走。少しいきたがる面も見せたが、武騎手がギリギリ引っ張り殺さないように抑え、終始絶好の手応えでレースを進めた。
その後、迎えた直線は、同騎手がこれまでダービーを勝った際に何度も見てきたお馴染みの光景。ゴーサインに反応して一瞬で加速しトップスピードに入ると、外から集団を飲み込みつつ、イクイノックスが突こうとしたジオグリフとの間に出来たスペースを消し、早目先頭へ。そこから、イクイノックスの追撃にあったものの、再び末脚を伸ばして押し切る堂々の内容だった。
スタートからゴールまで全く無駄のない完璧なエスコート。パートナーと厩舎スタッフに全幅の信頼を置き、自信満々に騎乗した天才騎手が天才たることを証明した2分21秒9のドラマだった。
2着 イクイノックス
前走とは打って変わって後方からの競馬。末脚勝負にすべてを賭けた。
ところが、直線に向いて外へ持ち出す際、自身以外の三強をすべてパスしなければならないロス。さらに、坂の途中でドウデュースとジオグリフの間を割ろうとするも、ドウデュースに閉じられたことが痛恨だった。
これで、春のクラシックは2戦連続惜敗となったが、同じくルメール騎手が騎乗したサトノダイヤモンドと重なる部分もある。次走は明言されていないものの、菊花賞に出走してくれば最有力候補とみている。また、有馬記念に出走しても、十分に好走可能ではないだろうか。
3着 アスクビクターモア
4コーナー10番手以下に位置していた馬が上位を占める中、先行勢では、5着プラダリアとこの馬だけが上位入線を果たした。
父ディープインパクトに、母父がヨーロッパ系の種牡馬という組み合わせは、直線のスピードがものをいうダービーでキレ負けする傾向があるものの、田辺騎手が素晴らしい判断。早目にスパートして持久力を活かすレースに持ち込み、あわやの場面を作った。
血統はむしろ菊花賞向きで、持ち前の先行力が発揮されれば、イクイノックスをはじめとするライバルたちを逆転してもなんらおかしくない。
レース総評
前半1200mは1分10秒6。同後半が1分11秒3。3ハロン目から最後の1ハロンまで、終始12秒前後のラップが刻まれる淀みない流れで、実力差が顕著になる厳しいレースだった。
その流れを冷静に読み、後方に控えていた武豊騎手とルメール騎手による叩き合い。しかし、ダービーを勝つということに関して、一日の長があったのは武騎手だった。また、ドウデュース自身もライバルが前に出ることを許さず、最終的な着差はクビとはいえ、このまま走り続けても逆転されることはないと思えるような素晴らしい走りで、世代最強の座を射止めた。
ドウデュースを所有する、キーファーズの松島代表。今やすっかりお馴染みとなった「武豊騎手と凱旋門賞を」という夢は、もともと「夢は、武豊騎手が凱旋門賞を勝つこと」だったという。それでも、マイラプソディでダービーに初挑戦してからわずか2年。競馬界最大の栄誉を手中に収めた。レース後「絶対に行きます」と高らかに、そして満を持して凱旋門賞挑戦を表明した同オーナー。チーム・ドウデュースの挑戦は、まだまだ始まったばかりなのかもしれない。
一方、コロナ渦以降に入場が規制され、緩和されてから最多の6万2364人が入場したこの日の東京競馬場。その大観衆の前で、競馬界が誇る不世出のスーパースター・武豊騎手が、2分21秒9の講演を完璧に演じ切り、改めて天才であることを証明してみせた。
それにより、馬券を当てた人も外した人も関係なく、大観衆が一つになった意義は非常に大きい。依然として声を出しての応援は禁止されているものの、最後の最後で湧き起こったユタカコールは、鬱屈した今日の状況を吹き飛ばすようなものだった。
また、ドウデュースはもちろんのこと、ソダシやオジュウチョウサンなど。1番人気の連敗は続いても、日本の競馬史に残る屈指のヒーロー、ヒロインが活躍する今春のGIシリーズ。これが小説であれば、あまりにベタなオチかもしれないが、長期間に渡り閉塞感を感じてきた我々にとっては、王道のハッピーエンドこそが最も爽やかな感動を呼び、心に染みるのかもしれない。
写真:ひでまさねちか