[重賞回顧]あの日見た夢の続きと、動き続ける時計の針が指し示すもの~2022年・天皇賞・秋~

日本国内で数多く大レースが行なわれるのは1600m、2000m、2400m。その中間距離で行なわれ、3歳以上のサラブレッドはすべて出走できることから「現役最強馬決定戦」といっても過言ではない天皇賞・秋。

将来、種馬になったとき、最も価値があるのはこの距離で実績を残した馬たち。さらに、過去5年の勝ち馬のうち3頭が年度代表馬に選出されている点も、このレースの重要性を物語っているのではないだろうか。

迎えた2022年は、春の古馬中・長距離GIを2勝したタイトルホルダーや、前年覇者エフフォーリアが不在。それでも、牡馬クラシックを盛り上げた3歳馬3頭が再び一堂に介し、4、5歳の強豪も集結して世代間対決が実現した。一方、逃げ・先行馬が複数出走し、差し・追込み馬との対決が図式化されるなど、むしろ例年以上に見所があった。

それだけに、絶対的な存在はおらず混戦模様で、単勝10倍を切ったのは5頭。その中で、3歳馬イクイノックスが1番人気に推された。

東スポ杯2歳Sを制し、早くから世代トップクラスの実力を示していた本馬。そこから半年の休養を経て皐月賞に出走するという常識外れのローテーションを選択し2着に好走すると、続くダービーでも2着。GI未勝利とはいえすぐ手の届く位置にいることは明らかで、グレード制導入後最少となる、キャリア5戦目での古馬GI制覇を狙っていた。

これに続いたのが4歳馬シャフリヤール。こちらも昨年、毎日杯からダービーに出走して勝利するという常識外れのローテーションを歩んだ馬。その後、秋2戦は敗れたものの、2走前のドバイSCでダービー馬として初めてとなる海外GI制覇を達成した。前走のプリンスオブウェールズSは4着に敗れたものの、欧州特有の重い馬場がネックになったことは明らか。得意の東京で3つ目のGIタイトルを狙っていた。

わずかの差で3番人気となったのがジャックドール。昨年9月から5連勝で金鯱賞を制し、一気にスターダムを駆け上がった本馬。続く大阪杯は5着に敗れたものの、札幌記念で巻き返し重賞2勝目を挙げた。GI初制覇が懸かる今回は、モーリスとの父仔制覇が実現するかにも、大きな注目が集まっていた。

4番人気となったのが3歳馬ダノンベルーガ。春二冠は人気上位に推されながらともに4着と敗れたものの、新馬戦と共同通信杯で見せたパフォーマンスは圧巻。潜在能力は現役馬でもトップクラスと見られ、イクイノックスと同じく、キャリア5戦目での古馬GI制覇を狙っていた。

そして5番人気に推されたのがジオグリフ。この馬もまた、札幌2歳Sを4馬身差で完勝し、早くから高い能力を示していた。続く2戦は敗れたものの、ワンターンのコース形態と瞬発力勝負になったことが敗因。皐月賞では見事に変わり身を見せ、同厩のイクイノックスを競り落としGI初制覇を達成した。共同通信杯から一連のローテーションは前年覇者エフフォーリアと同じ。GI2勝目が期待されていた。

レース概況

ゲートが開くとカデナが出遅れ。レッドガランとユーバーレーベンも後方からの競馬を余儀なくされた。

一方、大注目の先行争いは、パンサラッサがあっさり制するかと思われたものの、ノースブリッジもこれに対抗。しかし、パンサラッサが再度ハナにこだわる素振りを見せるとノースブリッジは引き、バビットがこれをかわして2番手へ。4番手にジャックドールがつけて、隊列は決まった。

そこからマリアエレーナを挟んで、6番手にシャフリヤール。そして、3歳馬3頭はジオグリフ、イクイノックス、ダノンベルーガの順にそれぞれ2馬身間隔で追走。カラテやアブレイズとともに中団グループを形成していた。

快調に飛ばすパンサラッサはリードをジワジワと広げ、1000m通過は57秒4のハイペース。この時点で、2番手との差は15馬身ほどに開いていたが、そこからさらに差は広がり続け、勝負所の3~4コーナー中間では20馬身以上に拡大。4コーナーを迎えてもその差は変わらないまま、レースは最後の直線勝負を迎えた。

直線に入っても、依然パンサラッサのリードは20馬身以上。バビットが坂の途中まで2番手をキープしていたものの、そこからイクイノックスとジャックドール。さらには、内からダノンベルーガがこれをかわして2番手に上がり、残り200m地点で前との差を7馬身に縮める。勢いの差から、パンサラッサはすぐ捕らえられるかと思われたものの、最後の抵抗が実にしぶとく、一転して世紀の大逃走劇が完遂するかと思われた。

それでも、2番手争いから抜け出したイクイノックスが一気に差を詰めると、ゴール寸前でこれを差し切り1着でゴールイン。パンサラッサが2着に粘り、わずかにクビ差届かなかったダノンベルーガが3着に入った。

良馬場の勝ちタイムは1分57秒5。イクイノックスが初のビッグタイトルを大一番で獲得し、グレード制導入後では最少となるキャリア5戦目での古馬GI制覇を達成。同時に、キタサンブラックとの父仔制覇も成し遂げた。

各馬短評

1着 イクイノックス

道中は中団やや後方を追走。スタートからおよそ700m地点で、ルメール騎手が馬群の外へ馬を誘導した、結果これが功を奏し直線の攻防を制した。

ポタジェやシャフリヤールなど、ディープインパクト産駒が掲示板を確保できなかったのに対し、その全兄ブラックタイドの孫がこのレースを制したところに、血統の奥深さがある。

ルメール騎手は、意外にも今年これがJRAの重賞3勝目。ただ、そのうちGIは2勝で、天皇賞は春・秋あわせて6度目の勝利。特に、天皇賞・秋は直近5年で4勝と手がつけられないほど強い。

2着 パンサラッサ

レースを大いに盛り上げたもう一頭の主役。実際に勝利したイクイノックスには失礼かもしれないが、この馬も勝ちに等しい素晴らしい内容だった。

涼しくなったからということで、今回は二の脚もついたが、その後ノースブリッジに競り掛けられたのが最後に響いたかもしれない。ただ、大逃走劇が始まったのもそこから。それがなければ早々に失速していたかもしれず、こればかりは何ともいえない。

1000m通過は「あの日」のサイレンススズカと同じ57秒4。それでも最後の最後まで粘り、ファンに夢の続きを見せてくれた。次走は香港Cが目標とのことで、引き続き好走を期待したい。

3着 ダノンベルーガ

道中はイクイノックスの2馬身後方を追走。直線の攻防ではただ一頭、内に進路を取って前を追い、勝ち馬には及ばなかったものの、パンサラッサにあと少しまで迫った。

イクイノックスと同じくまだキャリア5戦目で、それを考えれば素晴らしい内容。ただ、ハーツクライ産駒で本格化はまだ先の可能性もあり、今後の成長を想像すると末恐ろしい。1年後、逆転で頂点を掴んでもおかしくないほどの能力を持っていることは十分に示してくれた。

レース総評

前半1000mが57秒4で、同後半は1分0秒1。前後半で、実に2秒7の差があった。

過去4年の天皇賞・秋は、後半1000mが57秒2~57秒4のロングスパート戦。上記のタイムを見ると、例年とは真逆のラップ構成にも見えるが、この大半はパンサラッサが刻んだもの。大きく離れた2番手以下を追走した14頭は、例年とほぼ同じレースをしたと見て間違いない。

そんな1000mのロングスパート戦で求められるのは総合力。スピードや瞬発力はもちろんのこと、スタミナ、底力(ガッツ)などなど。だからこそ、天皇賞・秋は「現役最強馬決定戦」であり、種馬となったときに、このレースの実績が重要視されるのかもしれない。

また、今回の勝利により、ノーザンファーム生産、育成の関東馬が、当レース5連覇を達成したことになる。その前線基地といえばノーザンファーム天栄で、同場の調整、さらには厩舎との連携が上手くいっているからこそ、前哨戦を使わずGIからGIへの出走、そして好結果を残すことが可能になっている。

来年以降の天皇賞・秋でもこのパターン。付け加えて血統面でいえば、底力を補うようなヨーロッパ系の種牡馬を持つ馬がいれば注目したい。

一方、勝ち切るという意味ではやや苦労していた3歳馬が、昨年に続き勝利したことにも注目したい。

天皇賞・秋は、50年近く3歳馬が出走できなかったレースで、可能になったのは1987年から。それ以降では4勝目となったが、年々育成や調教、関係者のレベルは上がっており、若馬が強くなる下地は以前よりも大きい。

3歳馬が3着内に2頭以上好走したのも87年以降では初めて。菊花賞ではなく天皇賞・秋を目指す馬が、今後ますます増えると思われる。

そして、最後に触れておきたいのが、逃げ馬を巡る天皇賞・秋のドラマではないだろうか。

敗れたとはいえ、大いに見せ場を作ったパンサラッサ。彼が刻んだ前半1000mのタイムは57秒4で、これは1998年のサイレンススズカと全く同じペース。疾風のごとく後続を引き離して逃げるその姿に、多くの競馬ファンは、あの日さらに1分間続くはずだった夢の続きを見ていたのではないだろうか。

1998年11月1日。1000mを57秒4で通過したサイレンススズカは、その十数秒後、左前脚に故障を発症。残念ながらこの世を去ってしまった。日本中があまりにも大きな悲しみに包まれたが、一方で、オフサイドトラップという勝者がいたことも忘れてはならない。

あの日、日本競馬の時計は悲しみの中でも決して止まることなく動き続け、あらゆる点で進化し続けたからこそ、世界のトップと肩を並べるところまでやってきた。とりわけ天皇賞・秋は、上述したGIからGIへの臨戦過程や、3歳馬の躍進など、現代競馬の進化とトレンドを如実に表わしており、だからこそ「現役最強馬決定戦」と呼ぶに相応しいレースなのかもしれない。

そして、そのトレンドを大逃げという形で根底から覆そうとしたサイレンススズカやパンサラッサの勇姿に、私たちはいっそうの感動を覚えるのかもしれない。

写真:shin 1

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