秋競馬の開幕を告げる紫苑Sが重賞に昇格したのは2016年のこと。ただ、秋華賞トライアルとはいえ、オープンでおこなわれていた頃は本番に結びつくことが少なかったレース。重賞昇格が発表された時点において、紫苑Sがそこからわずか7年で、さらにGⅡへ昇格すると予想した人は、果たしてどれほどいただろうか。
しかし、実際にこの2016年から紫苑Sのレースレベルは格段に向上。当年の2着馬ヴィブロスが秋華賞を勝利し、翌春にはドバイターフも制して国内外のビッグタイトルを獲得すると、2017年の勝ち馬ディアドラも負けじと秋華賞を制覇。2年後には、イギリスのナッソーSも勝利した。
さらに、2018年の勝ち馬ノームコアは、秋華賞を回避したものの、翌年のヴィクトリアマイルを当時の日本レコードで勝利。引退レースとなった2020年の香港Cも優勝と、お世辞にも存在感があるとはいえなかったオープン特別は、一転して、3年連続で国内外のGⅠ勝ち馬を輩出するという、屈指の出世レースへと変貌を遂げたのである。
そんな出世レースからスターダムを駆け上がろうと、2023年は17頭が出走。春二冠はリバティアイランドの圧倒的な強さばかりが目立っただけに、既存勢力と夏の上がり馬との間にどれほどの実力差があるのか。それがこのレースの焦点となり、最終的に5頭が単勝オッズ10倍を切る大混戦。その中で、グランベルナデットが1番人気に推された。
5ヶ月ぶりの実戦となるグランベルナデットは、ここまで4戦2勝。デビュー戦6着後に骨折が判明し、いきなり長期の休養を余儀なくされたものの、今回と同じ中山芝2000mの未勝利戦を完勝。クイーンC5着を挟んだ後、前走の忘れな草賞を快勝した。その後に予定していたオークスは腸炎で無念の回避となるも、今回のメンバーでは実績上位の存在。重賞初制覇と秋華賞の優先出走権獲得なるか、注目を集めていた。
僅かの差でこれに続いたのがヒップホップソウル。中山でおこなわれた新馬戦を完勝し、続くベゴニア賞では、後のGⅠ馬シャンパンカラーと接戦を演じた本馬。さらに、GⅢのフラワーC2着、オークスでも6着と健闘するなど、1勝馬とはいえ重賞で複数回好走しており、待望の2勝目と重賞初制覇が懸かっていた。
3番人気となったのがソレイユヴィータ。前述の2頭とは対照的に、オープンや重賞の出走実績こそないものの、未勝利戦から3連勝中と、勢いでは出走馬中ナンバーワンの存在。前走も、牝馬限定戦とはいえ古馬を撃破しており、なおかつ2着に2馬身1/2差の完勝だった。また、前走1着馬が半数近くを占める今回のメンバーでも、2勝クラスを勝ち上がってきたのは本馬を含め2頭だけ。一気の4連勝でこの夏最大の上がり馬となり、本番へのチケットを獲得できるか、注目されていた。
以下、NHKマイルCで6着と健闘したモリアーナ。出走馬中、唯一の重賞勝ち馬で、ここまでの全3勝を中山競馬場であげているエミューの順に、人気は続いた。
レース概況
ゲートが開くと、アップトゥミーが出遅れた以外は、ほぼ揃ったスタート。その中から、好ダッシュを決めたフィールザオーラがハナを切り、ソレイユヴィータとアマイが続いた。
そこから2馬身半差の4番手に、人気のグランベルナデットとヒップホップソウルが仲良く併走。中団前はキミノナハマリアなど4頭が固まり、エミューは中団よりやや後方に位置。さらに、モリアーナは後ろから3頭目に控え、地方・大井から参戦したワイズゴールドが最後方を追走していた。
前半1000m通過は58秒1のハイペース。先頭から最後方まではおよそ17、8馬身の差で、隊列はやや縦長となった。
その後、勝負所の3、4コーナー中間を迎えても、依然フィールザオーラは軽快に逃げ、リードは2馬身半。ソレイユヴィータとヒップホップソウルが手応え良くこれを追ったのに対し、グランベルナデット鞍上の松山弘平騎手は手綱を激しく動かし、早くも右鞭が3発入る。それでも、グランベルナデットの反応は鈍く、続く4コーナーでも右鞭が2発入る中、レースは直線勝負を迎えた。
直線に入ると、すぐにヒップホップソウルが先頭に立ち、坂下でリードは1馬身半。2番手争いは、粘るフィールザオーラを巡って、キミノナハマリアやミタマら5頭ほどが襲いかかり大混戦となった。
ところが、この馬群を突き破るようにして伸びてきたのが、直線入口ではまだ後ろから4頭目にいたモリアーナだった。凄まじい末脚で8頭ほどを一瞬にして交わしさると、粘るヒップホップソウルもゴール寸前で捕らえ1着でゴールイン。1/2馬身差2着にヒップホップソウルが入り、勝ち馬と同じく後方から末脚を伸ばしたシランケドが、1馬身1/4差3着に続いた。
稍重馬場の勝ちタイムは1分58秒0。破壊力抜群の末脚で混戦を断ったモリアーナが、1年ぶりの勝利で重賞初制覇。中山の地から、絶対女王リバティアイランドに挑戦状を叩きつけた。
また、騎乗した横山典弘騎手は55歳6カ月18日での勝利となり、柴田善臣騎手が保持していた(55歳10日)JRAの史上最年長重賞勝利記録を更新した。
各馬短評
1着 モリアーナ
4コーナーではまだ後ろから4番手で、前との差は優に10馬身以上。ハイペースだったとはいえ、開幕週の馬場で絶望的な位置と思われたが、桁違いの末脚で突き抜け、1年ぶりの勝利を手にした。
デビュー戦を勝利したのは、開催1週目の2歳新馬戦。そのときも、エピファネイア産駒の牝馬らしく素晴らしい瞬発力を発揮して完勝し、続くコスモス賞も連勝。クラシック候補に躍り出たかと思われたが、阪神ジュベナイルフィリーズで大敗するとその後も微妙に噛み合わず、重賞で3、4、6着と勝ちきれないレースが続いていた。
ただ、今回は4ヶ月の休養が良い方向に出たか、久々に末脚爆発。展開に恵まれたとはいえインパクト大の内容で、直線の長い東京(特に芝1800m)や、阪神外回りのレースでは今後も期待できるのではないだろうか。
2着 ヒップホップソウル
ハイペースを好位4番手で追走。直線でも、早目先頭から抜け出しを図ったが、勝ち馬の鬼脚に最後の最後で屈してしまった。とはいえ、展開を考えれば勝ちに等しい内容。一番強い競馬をしたのはこの馬だった。
2代母は、桜花賞などGⅠ2勝のダンスインザムードで、母ダンスファンタジアも、この中山で重賞勝利の実績。一方、父は今をときめくキタサンブラックで、牝馬のGⅠウイナーはまだ出ていないものの、この世代では牝馬以外にも、桜花賞2着のコナコーストやアルテミスSを勝利し、リバティアイランドに今のところ唯一先着したことのあるラヴェルなどが活躍。牝馬の大物が出てくるのも、もはや時間の問題といえるのかもしれない。
3着 シランケド
札幌記念2着のトップナイフ、札幌2歳Sを制したセットアップに続き、またしてもデクラレーションオブウォー産駒が重賞で好走。
この馬自身は、2走前の未勝利戦で強烈な決め手を発揮。単勝万馬券の大穴を開けてファンの度肝を抜いたが、1勝クラス3着をはさんだ今回、格上挑戦をものともせず再び激走した。
札幌2歳Sの回顧で触れたとおり、デクラレーションオブウォー産駒はまだ馬券上の評価が追いついておらず、とりわけ、ローカルや小回り。非根幹距離、上がりのかかるレースでは、今後、何度も激走する機会があるだろう。
レース総評
前半1000m通過が58秒1で、同後半59秒9の前傾ラップ=勝ちタイムは1分58秒0。開催前日は台風の影響で106ミリの降水量を観測した中山競馬場も、重からスタートしたこの日は一気に回復。9レースでは2歳コースレコードもマークされ、メインレース時は良に近い稍重だった。
勝ちタイムの1分58秒0は、2018年のノームコアと並ぶレース史上最速タイ。馬場差などもあり単純比較はできないが、前日の雨がなければ57秒台が出ていた可能性もあり、オークス好走組の出走がなかったとはいえ、レースレベルは決して低くなかった。
勝ったモリアーナはエピファネイア産駒で、JRAの重賞勝ちはモリアーナが8頭目。そのうちイズジョーノキセキ以外の7頭は、サンデーサイレンスのクロスを持っている。
そのエピファネイア産駒。2022年は僅か重賞1勝に終わり、日本一種付け料の高い種牡馬としては、なんとも寂しい結果に終わってしまった。産駒が以前よりパフォーマンスを落としているのは、観戦スタイルがほぼコロナ渦前(入場制限が緩和された)と同じになり、それがテンションの上がりやすいエピファネイア産駒に影響しているからではないか。私自身は、そのように見ている。
ただ2023年は、夏以降にそれぞれ異なる馬が重賞を3勝。依然、GⅠ勝利からは遠ざかっているものの、育成する側のノウハウなども蓄積されているはずで、再び大物が登場する可能性は十分にある。
さて、秋華賞の出走予定馬について、ローズSが開催前のため何ともいえないが、それでも中心は、これまで絶対的な強さを見せてきた女王リバティアイランド(秋華賞に直行予定)で揺るがないだろう。
その秋華賞は、京都の内回りコースを使っておこなわれる唯一のGⅠ。ある程度の先行力がないと厳しく、デキが今ひとつだったとはいえ、あのアーモンドアイさえも苦しんだレース。
差し馬のリバティアイランドが、どの位置からレースを進めるか。これが最大のポイントになりそうだが、負かすことを考えれば、道中はリバティアイランドよりも前にいたいはず。そう考えた時に紫苑Sの結果を振り返ると、早目抜け出しから勝利まであと一歩のところまで迫ったヒップホップソウルが、最も本番に繋がるレースをしたのではないだろうか。
ただ、リバティアイランドが早目に前を潰す展開になると、後方待機組にもチャンスが出てくる。そうなると、モリアーナの末脚が再び火を吹く可能性は十分にある。
休み明け2戦目でテンションが上がらないか。関西遠征がどうなのか。さらに、観衆の前でのスタンド前発走など。乗り越えるべき課題は複数あるものの、それらをクリアすれば、絶対女王に迫る可能性さえ出てくる。
また、紫苑Sで1番人気に推されながら10着に敗れたグランベルナデットは、休み明けがモロに響いた様子。勝負所の手応えを見れば、もっと下位に沈んでいてもおかしくなく、それでも踏ん張ったあたり、決して能力は低くない。賞金面で秋華賞に出走が叶うかだが、次走は上積みがあるだろう。
一方、出走メンバー中、唯一の重賞ウイナーでありながら9着に敗れたエミューは、時計が速すぎたか。血統面では、父ハービンジャーに、母父スペシャルウィークという組み合わせ。
これは、2017年の紫苑Sと秋華賞を連勝したディアドラと同じで、同馬が紫苑Sを制した際の勝ち時計は、良馬場でも1分59秒8。続く秋華賞は、雨で重馬場の開催だった。そのときと同じように、馬場が渋って消耗戦になれば、ひょっとすると出番があるかもしれない。
写真:かぼす