![[重賞回顧]近走の鬱憤を晴らしたパンジャタワー。鮮やかな巻き返しで復活のGⅠ初制覇!~2025年・NHKマイルC~](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/05/IMG_5846.jpeg)
節目の30回を迎えたNHKマイルC。前身は、ダービートライアルとしておこなわれていた芝2000mのGⅡ・NHK杯で、創設以前はマイル以下に適性のある3歳馬(特に牡馬)が目指すGⅠは存在せず、クラシックに出走権がない外国産馬が目標とするレースも春には存在しなかった。
こういった馬たちの目標となるために創設されたのがNHKマイルCで、記念すべき第1回は、出走18頭中14頭が外国産馬という顔触れ。結果も1着から8着までを独占したため「マル外ダービー」の異名をとることになり、その後2001年まで6連覇を達成した。
ところが同年、外国産馬にクラシックの門戸が開放されると、一転して翌年からは内国産馬が19連勝し、それ以降、勝利した外国産馬はシュネルマイスターだけ。さらに、2009年以降は出走自体も大きく減少し、不出走という年も珍しくなく、2025年も出走18頭すべてが内国産馬だった。
ただ、そのうち重賞ウイナーは10頭と、3歳ベストマイラーを決めるに相応しいメンバーが集結。最終的に4頭が単勝オッズ10倍を切る中、アドマイヤズームがやや抜けた1番人気に推された。
デビュー戦こそ4着に敗れるも、続く未勝利戦を快勝したアドマイヤズームは、勢いそのままに挑んだ朝日杯フューチュリティSも完勝。2歳マイル王に輝いた。
特筆すべきは、このレースで破ったライバルたちで、当時2着のミュージアムマイルは後に皐月賞を制覇。3着ランスオブカオスもチャーチルダウンズCを勝利するなど活躍しており、2着に惜敗した前走のニュージーランドTから上積みが見込める今回は、マイルGⅠ連勝が期待されていた。
これに続いたのがイミグラントソング。
同じくデビュー戦で4着に敗れたものの、続く未勝利戦を5馬身差で圧勝したイミグラントソングは、昇級初戦のひいらぎ賞も勝ち馬と接戦を演じ2着に好走。さらに、1勝クラス3着を挟んだ前走のニュージーランドTでアドマイヤズームを差し切り、重賞初制覇を成し遂げた。
GⅠ初挑戦となる今回は、クリストフ・ルメール騎手との初コンビで必勝態勢。重賞連勝でマイル王戴冠なるか、注目を集めていた。
そして、僅かの差で3番人気に推されたのがマジックサンズだった。
新馬戦と出世レースの札幌2歳Sを連勝したマジックサンズは、休み明けのホープフルSで16着と大敗。その後、軽度の骨折が判明したため皐月賞に直行すると、上がり最速の末脚をマークして6着と健闘し、このレースに臨んできた。
今回初めてコンビを組むのは、39年連続重賞制覇が懸かるレジェンド・武豊騎手。初の距離短縮、初のマイル戦で新味を見せ、一気にGⅠ制覇なるか。こちらも大きな注目を集めていた。
以下、チャーチルダウンズCで重賞初制覇を成し遂げたランスオブカオス。桜花賞で4着に好走したマピュースの順で、人気は続いた。
レース概況
ゲートが開くとコートアリシアンが出遅れ。さらに大きく外へよれ、馬群から10馬身以上も離されてしまった。
一方、それ以外の17頭はほぼ揃ったスタート。その中からランスオブカオスがいこうとするところ、トータルクラリティとアドマイヤズームがこれを交わし、さらにこれら3頭とティラトーレを外からまとめて交わしたヴーレヴーが逃げの手に出た。
先行集団の直後につけたのがイミグラントソングで、アルテヴェローチェとモンドデラモーレを挟んだ中団にショウナンザナドゥが位置。1馬身差でチェルビアットとパンジャタワーが続き、サトノカルナバルとマピュースを間に置いた後方にヤンキーバローズ、マイネルチケット、ミニトランザットが固まり、そこから4馬身差でマジックサンズが追走。2馬身半離れた最後方にコートアリシアンが控えていた。
600m通過は33秒4、800m通過も44秒6と速く、前から後ろまでは20馬身以上の差。かなり縦長の隊列となったものの、4コーナーでも隊列にほぼ変化は見られないまま、レースは直線勝負を迎えた。
直線に入ると、ヴーレヴーが後続を引き離しにかかるも、楽な感じでアドマイヤズームがこれに並びかけ、坂の上りで早くも先頭に立った。
ところが、ここからいつものような伸びが見られず失速すると様相一変。大外から抜け出したパンジャタワーと、一緒に伸びてきたモンドデラモーレ。内からスルスルと抜け出してきたマジックサンズに、馬場の真ん中から勢いよく追い込んできたチェルビアットと、残り100mで上位争いは4頭に絞られた。
その中から、僅かに抜け出したのはパンジャタワー。最後は、内からもう一伸びしたマジックサンズとの争いになったものの、この追撃を外からねじ伏せるように抑えきり1着でゴールイン。アタマ差及ばなかったマジックサンズが惜しくも2着となり、ゴール寸前でもう一伸びしたチェルビアットがハナ差3着だった。
良馬場の勝ち時計は1分31秒7。近走、結果が出ていなかったパンジャタワーが、大一番で鬱憤を晴らし復活のGⅠ初制覇。鞍上の松山弘平騎手は4年ぶりのGⅠ制覇で、重賞通算50勝目。また、管理する橋口慎介調教師はエプソムCに続く2日連続の重賞勝利で、父の橋口弘次郎元調教師と、レース史上初の親子制覇を達成した。

各馬短評
1着 パンジャタワー
デビュー2連勝で京王杯2歳Sを制すも、展開不向きの朝日杯フューチュリティSは12着。さらに、休み明けの前走ファルコンSも人気を裏切り4着と敗れたものの、勝ち馬とは僅か0秒1差の接戦で、近走の鬱憤を見事に大一番で晴らして見せた。
明確な敗因があった2走前以外は大きく崩れておらず、これからも左回りでは安定して力を発揮しそう。血統面から今後距離を縮めていく可能性はあるものの、オーナーはなんとダービー参戦の可能性を示唆。ただ、叔父に2009年のダービー馬ロジユニヴァースがおり、これも決して夢物語ではない。

2着 マジックサンズ
最近、武豊騎手が重賞でよくみせる得意の決め打ちで後方待機策。4コーナーをロスなく回って前との差を一気に詰め、ゴール寸前はやったかと思うシーンも作ったが、僅かに及ばなかった。
こちらも、唯一の大敗は道中力みながら走っていたホープフルSだけで、前走、今回とGⅠで2戦連続上がり最速をマーク。札幌2歳Sでは、後に阪神ジュベナイルフィリーズを制し、桜花賞でも2着に好走したアルマヴェローチェに競り勝っており、ある程度、展開の助けが必要になるとはいえ、持っている能力は間違いなく高い。
3着 チェルビアット
前走の桜花賞は、勝ち馬からやや離された6着。ただ、3コーナーと4コーナーで二度も不利を受けていた。
一転して今回はスムーズな競馬で、道中はパンジャタワーとほぼ同じ位置。直線に入ってすぐ、僅かに進路を失った点は悔やまれるが、最後の最後でもう一伸びし、あわや2着はあるかという場面を作り出して波乱の片棒を担いだ。
ロードカナロア産駒で、半姉がGⅠ2勝のショウナンパンドラ。さらに、叔父が大種牡馬ステイゴールドという超良血馬でありながら、重賞では14、12、12番人気と過小評価され、それに反発するように2、6、3着と善戦。小回り、大箱にかかわらず、終い確実に伸びてくる末脚が武器で、かなり先の話にはなるものの、ヴィクトリアマイルに出走することがあれば狙ってみたい。

レース総評
開催3週目を迎えた東京競馬場は、引き続き高速馬場。前日の土曜日は、終日稍重でレースがおこなわれたものの、良馬場に近い状態でおこなわれたメインのエプソムCではコースレコードがマークされた。
それから一夜明けたNHKマイルC当日は、前日のレースの影響で向正面と3、4コーナーの内柵沿いの傷みが進み、特に3、4コーナーに関しては芝が掘れる箇所が出始めたものの、その他の箇所はおおむね良好。前日の最終レース終了後に良馬場となり、朝のクッション値は9.4と標準の値。含水率も、4コーナーが13.7%、ゴール前は14.8%と、こちらも通常の良の状態だった。
そんな中おこなわれたNHKマイルCは、直近3走で逃げた馬が一頭もいないというメンバー構成。スローの瞬発力勝負になることが予想された。ところが、得てして真逆の展開となるのが競馬の面白いところ。激しい逃げ争いが展開されたようには見えなかったものの、前半800m通過44秒6は、当時のコースレコードがマークされ、現在もレースレコードとして残っている2010年を上回るほどのハイペース。先行馬には厳しく、中団に構えていた差し馬にとっては絶好の展開となった。
ただ、隊列はかなり縦長となったため、4コーナーから直線入口にかけて最高の立ち回りを見せたマジックサンズ以外の追込み馬も、さすがに届かなかった。その中で、4コーナー6番手から0秒3差の5着に粘ったランスオブカオスは、かなり強い競馬をしたといえる。
勝ったパンジャタワーは、この世代が初年度となるタワーオブロンドンの産駒。新種牡馬の産駒によるGⅠ制覇は、この世代では桜花賞を制したエンブロイダリーの父アドマイヤマーズに続く2頭目で、タワーオブロンドン自身は人気を背負った当レースで12着に敗れたものの、その無念をパンジャタワーが見事に晴らしてみせた。

一方、母クラークスデールは、現役時未出走ながら二代母が名牝ソニンクという良血。半兄のダービー馬ロジユニヴァース以外にも、国内外のGⅠを制したディアドラや、GⅠ3勝ソングラインなど、近親に重賞ウイナーが数多くいる名門の出身。同馬は2019年のノーザンファーム繁殖馬セールに上場され、この年落札された馬の中では2番目に安い税抜150万円でチャンピオンズファームが購買した。そんなクラークスデールから同場生産馬初のGⅠウイナーが誕生するのだから、競馬はわからない。ちなみに、パンジャタワー以外にも、史上初となる無敗の牝馬三冠を達成したデアリングタクトや、障害絶対王者のオジュウチョウサン。史上2頭目の南関東三冠を達成したミックファイア。2023年の大阪杯を制したジャックドールらの母は、いずれも繁殖馬セールで落札された後にGⅠウイナーを送り出している。
また、速いタイムで決着した今回のNHKマイルCは、父から受け継いだスピードがものをいったか、1、3着馬は、いずれもスプリントGⅠ勝ち馬の産駒。一方、これら2頭の間に割って入ったマジックサンズは絶対的なスピードで劣るものの、4コーナーから直線入口にかけて、さすが武豊騎手としか言い様がないコーナリングで「ワープ」し、欠点を見事に補ってみせた。
さらに、NHKマイルCといえば、2001年の覇者クロフネや、その父フレンチデピュティの血を持つ馬が躍動するレース。今回も2、3、4着馬の血統表にフレンチデピュティの名があり、2026年以降もこの傾向は覚えておきたい。

写真:s1nihs