競馬を愛する執筆者たちが、稀代の名馬ゴールドシップの伝説を描いた新書『ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児』(小川隆行+ウマフリ/星海社新書)。その執筆陣の一人である和田章郎氏が、ファンを魅了した一線として今もなお親しまれる、2012年の共同通信杯を振り返る。
第46回 2012年2月12日 共同通信杯(GⅢ)
ファンを惑わし魅了させた
東京コース唯一の勝利
人気馬ステイゴールド産駒で、一部で熱狂的なファンを持つ芦毛馬。しかもその毛色は比較的早い段階から白っぽさが目立ち始める。戦績の方もJRAで27戦してGⅠ6勝、GⅡ4勝、GⅢ1勝を含む通算13勝。その内訳が3歳時に皐月賞、菊花賞、有馬記念を制して、古馬になってからは阪神大賞典3連覇などがあり、単なるアイドルどころか、歴史的名馬として並び称されて不思議のない結果も残してきた。だが1年上にオルフェーヴルが、同期には名牝ジェンティルドンナがいたため、年度代表馬に選出されることなくキャリアを終えた。そして〝歴史的名馬〟の替わりに〝稀代のクセ馬〟のように語られることになる。気性の激しさからくる好凡走の繰り返しがその要因だが、それも時として大きく出遅れてみたり、まったく本来の行きっぷりがなく、わかりやすく集中力を欠いたレースぶりを見せるため、「期待通りに走ってくれないファン泣かせの馬」としてのイメージも大きい。
しかし戦績を詳細に見ていくと、必ずしも掴みどころがなかったわけではない。大出遅れや、走る気をまったく見せないといったケースは事前に予期できないとしても、例えば直線の長いコースより中山、阪神の方に適性があるとか、長丁場で適度に時計のかかるレースが向くであるとかは、ある程度わかっていたのではないだろうか。ただ、これらのことが明確に表面に出てきたのは晩年になってからだった。なぜゴールドシップの〝個性〟を掴むのに時間を要したのか。その原因は3歳初戦の共同通信杯の勝ちっぷりにあったように思う。あの走りですっかりファンは魅了された。そして稀代の名馬に惑わされることになった。
2歳夏のデビュー戦をレコード勝ちし、続くコスモス賞も遊びながらで完勝。3戦目の札幌2歳Sで初めて土がついたが、出遅れから窮屈な馬群を割っての僅差2着。ここまでがすべて1800m。立て直され、2000mに延びたラジオNIKKEI杯はやはり出遅れながらマクッて出て2着。底を見せないまま2歳戦を終え、クラシックへ向かうための年明け緒戦に選んだのが東京の共同通信杯だった。函館デビュー後に札幌2戦。そして阪神と転戦し、ここで初めて左回りの、直線の長い東京で走ることになった。「幼さが残って出遅れ癖はありながらも、直線では確実に末脚を使うタイプ」というイメージが確立しつつある中での東京コース。アイドル候補生の、本当の意味で将来を占う試金石だったのだろう。
そのレースでゴールドシップは、それまでにない走りを見せる。テンの3ハロン37秒3、1000m通過62秒6という超スローペースだったが、スタートをバシッと決め、3番手でピタッと折り合って追走。残り1ハロンを過ぎて前に並ぶと、ほとんど追ったところなく抜け出して2着馬に1馬身4分の3の差をつけてしまった。レースの上がりは33秒3で、好位から差してのこの着差は、圧勝と言っていい内容だった。ゴールドシップの最初の覚醒がこのレースだったことは確かだろう。それは「左回り」で「直線の長いコースでこそ」という最初のイメージを作りあげることになり、目の肥えたファンはこのレースぶりで将来性の高さを確信したはずだ。ところが、道悪(稍重)の皐月賞を内マクリで鮮やかに差し切った後、日本ダービーは5着に敗れる。その敗因について「気性からくる距離不安」と思ったファンの多くが迷宮に入り込む。秋の神戸新聞杯→菊花賞→有馬記念の3連勝を見せつけられ、しかも古馬になって4~6歳時に阪神大賞典を3連覇し、宝塚記念は4~5歳時に連覇。かと思えば天皇賞(春)の勝利は6歳時までお預けに。キャリアの最終盤にきて、「勝負どころで追走に苦しまなくて済むコース、またそうしたペースに高い適性があった」という仮説が有力になるが、すべてはゴールドシップの〝気持ち一つ〟だったことは否定できない。
人間が勝手に馬の〝タイプ〟を決めつける、それも3歳春というサンプルが多くない段階でやってしまうのは、サラブレッドとの向き合い方として、あまり賢い方法ではないのだろう。いつ走るのかわかりにくいゴールドシップの〝難しさ〟は、そういうことを、ある意味で〝わかりやすく〟教えてくれた例だったのかもしれない。(文・和田章郎)
写真:Horse Memorys
ゴールドシップの魅力や強さの秘密、ライバルたちにスポットをあてた新書『ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児』が2023年5月23日に発売。
製品名 | ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児 |
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著者名 | 著・編:小川隆行+ウマフリ |
発売日 | 2023年05月23日 |
価格 | 定価:1,250円(税別) |
ISBN | 978-4-06-531925-3 |
通巻番号 | 236 |
判型 | 新書 |
ページ数 | 192ページ |
シリーズ | 星海社新書 |
内容紹介
気分が乗れば敵なし! 「芦毛伝説の継承者」
常識はずれの位置からのロングスパートで途轍もなく強い勝ち方をするかと思えば、まったく走る気を見せずに大惨敗。気性の激しさからくる好凡走を繰り返す。かつてこんな名馬がいただろうか。「今日はゲートを出るのか、出ないのか」「来るのか、来ないのか」「愛せるのか、愛せないのか」...。気がつけば稀代のクセ馬から目を逸らせられなくなったわれわれがいる。度肝を抜く豪脚を見せた大一番から、歓声が悲鳴に変わった迷勝負、同時代のライバルや一族の名馬、当時を知る関係者・専門家が語る伝説のパフォーマンスの背景まで。気分が乗ればもはや敵なし! 芦毛伝説を継承する超個性派が見せた夢の航路をたどる。