[キタサンブラック伝説]「あのキタサンブラックはディープインパクトでも差せない」と言わしめた、脅威のレコード勝ち。 - 2017年・天皇賞春

競馬を愛する執筆者たちが、名馬キタサンブラックの歩んだ道を振り返り、強さの根源を紐解いていく新書『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』(小川隆行+ウマフリ/星海社新書)。

その執筆陣の一人である齋藤翔人氏が、キタサンブラックとサトノダイヤモンドが激突した2017年の天皇賞(春)を振り返る。


第155回2017年4月30日 天皇賞・春(GⅠ)

現役最強馬決定戦で勝敗を分けた、キタサンの〝坂路3本乗り〟

メジロマックイーンVSトウカイテイオーの「世紀の対決」に沸いたあの日から四半世紀。キタサンブラックにとって、レース史上4頭目の連覇がかかる2017年の天皇賞(春)は、事実上の現役最強馬決定戦でもあった。

対峙するのは、一つ年下のサトノダイヤモンド。有馬記念以来二度目の対決で、有馬記念はサトノダイヤモンドがクビ差で勝ち、C・ルメール騎手が歓喜の涙を流すほどのレースでもあった。一年を締めくくる大一番に相応しい名勝負であり、今回も名勝負を期待するファンが戦前から大いに沸いていた。

また、2頭の血統背景も対照的で、ディープインパクト産駒のサトノダイヤモンドは、セレクトセールにおいて2億4150万円で落札された高額馬。一方のキタサンブラック。父はディープインパクトの全兄ブラックタイドだが、その父にとって同馬が初のGⅠウイナーとなった産駒だった。生まれた当初はそれほど目立つ血統ではなかったものの、良血馬を次々と撃破し成り上がったキタサンブラックは、「野武士」のような馬とも言える。

そして、このレースに臨んでくる過程もまた、ともに完璧だった。先にこの年の初戦を迎えたのはサトノダイヤモンドで、阪神大賞典をレース史上2位の好タイムで完勝すると、2週間後、キタサンブラックも負けじとGIに昇格したばかりの大阪杯を快勝。四つ目のビッグタイトルを獲得した。

しかも、キタサンブラックはこの春から、かつてのミホノブルボンを彷彿とさせるような坂路3本乗り調教も取り入れていた。正確にいうと、ミホノブルボンの場合は4本乗りだったが、当時は坂路の距離も300m短かった。そのため、単純比較はできないものの、異例のハードトレーニングを課された年度代表馬はさらなる強さを手に入れ、連敗だけは絶対に許されない戦いへと、身を投じようとしていたのだ。

そんな2頭の単勝オッズは、キタサンブラックの2.2倍に対してサトノダイヤモンドは2.5倍と、完全な一騎打ちムード。大型連休の高揚感と相まって、盛り上がりは最高潮に達していた。

雪辱を果たすのか、返り討ちとなるのか。どっちが本当に強いのか──。
155回目の天皇賞は、文字どおり雌雄を決する舞台となったのである。

ゲートが開くと、ヤマカツライデンが好スタート。宣言どおりにハナを切ったが、キタサンブラックも好発を決め、すぐさま2番手を確保した。一方のサトノダイヤモンドは、シャケトラやシュヴァルグランら上位人気馬を挟み、キタサンブラックからは5馬身差。ちょうど中団に位置してしっかりと折り合い、1周目のスタンド前を迎えていた。

前半1000mの通過は58秒3で、記録が残っている86年以降では01年に並ぶ最速のペース。2番手のキタサンブラックでも59秒前半で通過していて、この開催特有とも言える先行有利の高速馬場という点を踏まえても、非常に厳しい流れだった。

そこから中間点を迎えるあたりでペースは大きく落ちたものの、ヤマカツライデンとキタサンブラックの差は、およそ20馬身に拡大。ただ、実質15頭を従えて逃げているようなキタサンブラックにとって、わずかでも、ここで息が入ったのは大きかった。

その後、二度目の坂の上りでヤマカツライデンとの差を徐々に詰めたキタサンブラックは、残り800mの標識を前に、5馬身差まで接近。「京都の坂は、ゆっくり上ってゆっくり下る」という鉄則を完全に遙か彼方へと葬り去るような乗り方だった。しかし、望むところと言わんばかりにシュヴァルグランとサトノダイヤモンドも呼応し、スパートを開始。さらに、4コーナーでキタサンブラックが単独先頭に躍り出ると、名勝負への期待も一気に高まり、現役最強を決める戦いは、いよいよクライマックスの刻を迎えようとしていた。

直線に入ると、キタサンブラックは後続との差を2馬身半に広げ、盾連覇の偉業と年末の雪辱を果たすため粘り込みをはかる。2番手は、アドマイヤデウス、シュヴァルグラン、サトノダイヤモンドが横並びとなり、上位争いは4頭に絞られたが、これら3頭が束になってかかっても、キタサンブラックは馬体を並べることすら許さない。530キロ超の巨軀から繰り出される、凄まじいまでのスピードと底力。これが、坂路3本乗りの賜物なのか──。

対するサトノダイヤモンドも有馬記念の再現を狙い、懸命にこれを交わそうと試みたものの、キタサンブラックと武豊騎手から湧き出る勝利への執念を前に、この日ばかりは白旗を上げざるを得なかった。結局、残り100mでついた1馬身1/4差は最後まで変わらず、文字どおりリードを死守したキタサンブラックが先頭でゴールイン。一角崩しに成功したシュヴァルグランが2着となり、サトノダイヤモンドがクビ差の3着に続いた。

勝ち時計は3分12秒5で、06年のディープインパクトのレコードを0秒9も更新する驚異的なもの。一方、敗れたサトノダイヤモンドを管理する池江泰寿調教師も、後日「あのキタサンブラックはディープインパクトでも差せない」と、最大限の賛辞を送っている。

スピード、スタミナ、底力。すべてが異次元のハイレベルであることを証明したこの天皇賞(春)こそ、私の思うキタサンブラックのベストレースである。とりわけ、現代競馬においてもっとも重要なスピードを遺憾なく発揮したことが、種牡馬としての成功をも決定づけたのではないだろうか。(文・齋藤翔人)


書籍名キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬
著者名著・編:小川 隆行 著・編:ウマフリ
発売日2023年07月20日
価格定価:1,430円(本体1,300円)
ページ数192ページ
シリーズ星海社新書
内容紹介

最初はその凄さに誰も気がつかなかった!「みんなの愛馬」

「父ブラックタイド、母父サクラバクシンオーの年明けデビューの牡馬と聞いて、いったいどれだけの人が、シンボリルドルフやディープインパクトらに比肩する、G17勝を挙げる名馬になることを想像しただろう」(プロローグより)。その出自と血統から、最初はその凄さに誰も気がつかなかった。3歳クラシックと古馬王道路線を突き進むも、1番人気は遠かった。それでも一戦ごとに力をつけ、「逃げ・先行」の才能を開花させると、歴戦の戦士を思わせる姿はファンの心に染みわたっていった。そして迎えたラストラン、有馬記念を悠然と逃げ切ったハッピーエンディングな結末。みんなの愛馬となった感動の蹄跡がここに甦る!

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