父の想いをその背に宿して。"エリート"トゥザワールドと"野武士"ワンアンドオンリーの決闘 - 2014年・弥生賞

2010年代の日本競馬を牽引した種牡馬といえば、ディープインパクト・キングカメハメハ・ハーツクライではないだろうか。現役時代も激突したこの3頭。ディープインパクトとキングカメハメハの対決こそ叶わなかったものの、キングカメハメハは、ダービーでハーツクライの追撃を抑えて優勝。そのハーツクライは、国内で唯一ディープインパクトに黒星をつけた。

この3頭が、種牡馬リーディングの上位を独占すること、実に3度。2012年、初めてディープインパクトが首位に立って以降、2022年まで一度もその座を明け渡さなかったが、3頭の産駒同士の激突は数知れず。互いにしのぎを削り、切磋琢磨したことによって、日本競馬のレベルは一段と向上した。結果、レベルの高さを見せつけるように、エイシンヒカリ、ロードカナロア、ジャスタウェイといった各々の産駒が、海外のGIを圧勝。世界のホースマンたちの度肝を抜いた。

そんな三大種牡馬が、初めてリーディングの上位を独占したのは2014年のこと。皐月賞トライアルの弥生賞でも、その産駒たちに注目が集まっていた。

このとき、オッズ2倍を切る断然の支持を集めたのがトゥザワールド。キングカメハメハの産駒で、母は2001年のエリザベス女王杯を制したトゥザヴィクトリーという、現役屈指の良血馬である。王者ノーザンファームが送り出す"エリート"で、ここまで4戦3勝。初戦こそ敗れたものの、未勝利、黄菊賞、若駒Sと3連勝し、一歩ずつ、しかし着実にスターダムへの階段を駆け上がっていた。

やや離れた2番人気に推されたのが、544kgとディープインパクト産駒らしからぬ雄大な馬体を誇るアデイインザライフ。

デビュー戦では3コーナー13番手からひとまくりし、直線はほぼ追われることなく完勝。続く京成杯でも勝ち馬から0秒3差の3着に健闘し、ここに臨んでいた。

僅差の3番人気に続いたのがキングズオブザサン。

チチカステナンゴの産駒で、母は1998年の阪神3歳牝馬S(現・阪神ジュベナイルフィリーズ)など、重賞5勝の名牝スティンガー。2戦目の黄菊賞でトゥザワールドに敗れたものの、新馬戦と葉牡丹賞を勝利し、京成杯ではアデイインザライフとの2着争いを制していた。

そして、4番人気に推されたのがハーツクライ産駒のワンアンドオンリー。管理する橋口調教師が「牧場にいるときから、全然期待していなかった」と、後に振り返るほど激しい気性を持ち、デビュー戦では見せ場すら作れず、10番人気で12着と大敗した。

しかし、そんな"野武士"のような馬に火がついたか。単勝260倍に甘んじた次走で、その評価に反発するかのごとく2着に激走すると、3戦目できっちりと初勝利。さらに、年末にはラジオNIKKEI杯2歳S(現・ホープフルS)を制し、重賞ウイナーにまで上り詰めたのだ。

今回はそれ以来の実戦となるものの、過去にこのローテーションを歩んだ馬から、アドマイヤベガ、アグネスタキオン、ロジユニヴァース、エピファネイアらがクラシックを勝利。ワンアンドオンリーにも、注目が集まっていた。


レースは、逃げるアグネスドリームを、1馬身間隔でサトノロブロイ、ウンプテンプ、エイシンエルヴィンが追う展開。トゥザワールドとアデイインザライフは中団。ワンアンドオンリーは、その2馬身後ろを追走し、キングズオブザサンは後ろから2頭目に控えていた。

向正面に入るとペースが大きく緩み、1000m通過は1分1秒2。ここまで遅くなると、さすがのトゥザワールドもやや行きたがり、一時は、先頭から2馬身差の4番手まで進出。しかし、そこからペースが上がると再び中団に控え、仕掛けのタイミングを見極める。

そして、3~4コーナー中間でスパートを開始。馬群の外を回りながらも楽な手応えで先団に取り付く。対して、他の上位人気3頭は、中団から後方で包まれて行き場をなくし、一度減速を余儀なくされる中、最後の直線勝負を迎えた。

直線に入ってすぐ、勢いそのままに先頭に立ったトゥザワールド。そこから追い出されると、あっという間にリードが広がる。前哨戦にもかかわらず、まざまざと力の違いを見せつけるような横綱相撲。坂の頂上で、2番手との差は3馬身に広がっていた。

一方、それを懸命に追ったのがアデイインザライフ、エアアンセム、ワンアンドオンリーの3頭で、とりわけワンアンドオンリーの勢いが目立つ。トゥザワールドのような、センス抜群の器用な競馬こそできないものの、坂下で再加速すると末脚一閃。さらに、残り100mからは烈火のごとく追込み、一完歩ごとに前との差を縮める。

それは、あたかも10年前のダービーを思い起こさせるような光景で、互いの父の気持ちが乗り移ったかのような激しい闘い。そして、最後の最後。2頭の馬体が完全に並んだところに、ゴール板があった。

追い詰めた野武士か、エリートが凌いだのか──。

それは、スローで判別しても見分けがつかないほどの微差。しかし、写真判定の結果、上回っていたのはトゥザワールドだった。

その差、わずか4cm。

クラシックへの期待がいっそう高まる、前哨戦とは思えない至高のデッドヒートだった。


その後、両雄はクラシックの舞台でも激突。しかし、第一弾の皐月賞は、共同通信杯から直行したイスラボニータが制した。わずかに及ばなかったトゥザワールドは2着に惜敗。最後方からレースを進めたワンアンドオンリーは、2頭の叩き合いに加わることができず4着に終わった。

しかし、大一番のダービーで、ワンアンドオンリーがついに逆転。後方一辺倒だった、これまでのレースから一転。トゥザワールド顔負けの、センス抜群の競馬で先行すると、前をいくイスラボニータを残り100mでかわし、そのまま歓喜のゴールへ飛び込む。

毎年のように、ダービー制覇を目標に掲げていた橋口調教師が、定年を2年後に控えた中でのダービー初制覇。そして、自身が手掛けたハーツクライの産駒と、そのとき騎乗していた横山典弘騎手によってこの悲願がもたらされたことは、師の感慨をいっそう深めたに違いない。

また、前年のキズナに続き、ノースヒルズの生産馬が2年連続ダービー制覇という快挙を成し遂げたのである。

──その後も、三大種牡馬の産駒による激しい闘いは続いた。

この2014年こそ牡馬クラシックで、勝ち馬を送り出せなかったディープインパクト。しかし、2016年にマカヒキがダービーを制すると、なんと、2018年からは四連覇を達成した。一方、キングカメハメハの産駒も、2015年にドゥラメンテが皐月賞とダービーの二冠を達成すると、レイデオロも17年のダービーを制覇している。

2019年に、ディープインパクトとキングカメハメハが相次いでこの世を去り、翌20年にはハーツクライも種牡馬を引退。よって、三大種牡馬の産駒たちが、クラシックで一堂に介するのは、2022年が最後となった。

その年の勝ち馬は、ハーツクライ産駒のドウデュース。鞍上には、ディープインパクトや、その産駒キズナで勝利するなど、前人未踏6度目のダービー制覇を成し遂げた武豊騎手がいた。ディープインパクトが国内で唯一先着を許したハーツクライの産駒に騎乗し、逆にディープインパクト産駒を撃破してダービーを勝利する──。

そんなかたちで偉業を達成するのも、レジェンドの面目躍如といったところか。

また、2012年のディープブリランテからドウデュースまで、11頭のダービー馬は、すべて三大種牡馬の産駒だったことも伝えていきたい。

写真:あかひろ

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