「アップ、ごめん」

場内に響く悲鳴とどよめきを耳にしたときから、何も言えず、ただ行く末を見つめていた。
そのすぐそばで新たに誕生した障害王者が、あたたかい拍手と声援とともに讃えられていた。

屈腱炎を克服し、幾多の死闘を繰り広げてきたニホンピロバロン。

くしくも絶対王者・オジュウチョウサンが連勝街道を歩み始める直前に最後の土をつけた彼が、言わずと知れたオジュウチョウサンを導いてきた石神深一騎手とともに掴んだ栄光。

まさに悲願・執念という言葉にふさわしい戴冠だった。
しかし、その様子は、もはや耳にしか入らない。

最終障害でまさかの落馬。
傷を負ったアップトゥデイトが馬運車に乗り込んでゆく姿を見届けてから、私はパドックへ向かった。

次の周回が始まる前に、応援幕を外さなければならない。
申し訳ない気持ちでいっぱいになって、一刻も早く立ち去らねばならない気がした。
周りの視線が刺さってくるようにさえ感じられて、手が震えてことのほかもたついてしまった。

凍えていたのは、降りつづく雨のせいだけではなかった。

──あのときも、こんなことになるとは夢にも思わなかった。

上位進出・勝利という夢と願望ばかりが一人歩きをして、どこか浮ついた気持ちにさえなって、いつしか私の中で、完走の報せは当たり前のようになっていた。

それが紙一重の奇跡だったのだと、痛いほどに思い知らされた。

とある馬の記憶が、この日も鮮明によみがえっていた。
初めて思い入れを抱き、見守っていこうと心に決めた障害馬。

彼は重賞はおろかオープン戦も勝っていない。
そして京都ハイジャンプが彼の最後のレースとなった……完走は、かなわなかった。

多くの人にとってはおそらく、数いる競走馬のうちの一頭に過ぎない。
しかし私にとっては競馬人生において無二の存在だ。
障害レースとより真摯に向き合うようになったのは、彼をうしなった後からだった。

「完走を当たり前に思って観戦していて、ごめん」

……はじめのうちは、彼への身勝手で見当違いな「罪滅ぼし」の想いもあった。
しかしそうして競馬場に足を運ぶうち、障害レースそのものに魅せられていった。
跳ぶサラブレッドを初めて目の当たりにした際の驚きとときめきが、興奮とともに何度も何度も押し寄せてきて、好きにならずにはいられなかった。

彼らは強い。
美しい。
ジャンプレースは、面白い。

──だから私は、春と冬が訪れるたび中山に帰ってくるのだ。

好きな馬の、勝利と健闘を望む。
しかしそれ以上に祈り願うのは、無事と最善だ。

命を懸けているのは、馬も人も、平地も障害も、平場も重賞も、みな同じ。
ひとりのファンとして、勇敢な彼らを侮り哀れむような応援はしたくはないし、してこなかったつもりだ。

──アップごめん。幕まで張って追いかけて、好走ばかりを期待していたばっかりに。
と心の中で詫びながら、いつの間にか“そんな気持ち”に支配されそうな自分自身に気がついた。

覚悟なら、いつだってしてきたはずだろう。
今日が最後のレースになるかもしれない、と。

これは競馬だから。
彼は競走馬だから。
障害だから、ではない。
同情ではない。憐憫の念でもない。

すごい。かっこいい。美しい! 
縁あってジャンプレースに魅せられた私は、ひたむきに跳んで走りつづける彼と出会い、惹かれるべくして惹かれたのだ。

夕刻になってようやく、アップトゥデイトと白浜雄造騎手の無事が公式にアナウンスされた。

素手で胃をぎゅっと掴まれているような苦しみから解放されて、よかった、本当によかったと安堵の言葉がこぼれた。
ひと息ついたところで、「ジャンプはこれがあるからね」と肩を落とし、愛馬を案じながら引き揚げていった指揮官の胸の内をようやく想った。
かつて管理馬の落馬事故で、親友でもあった北村卓士騎手が鞭を置き、自らも障害レースからは長らく手を引いた。

アップトゥデイトとの邂逅で閉ざしていた扉を再び開いた佐々木晶三調教師には、これからもまた新たな才能を見いだしてほしいし、これはという馬に出会ってほしいと切に願ったし、わがままを言うならば……アップトゥデイトとともに歩む道がもう少しだけつづいていてほしいとも思った。

別れの時はいずれやってくる。

だから最後は笑顔で、無事にレースを終えられたことを喜びあって、未来に想いを馳せながら別れを告げたいのだ。

気がつけば雨はあがっていた。

私を何度も何度も中山まで連れてきてくれた、愛すべき、元王者。

復権も完走もかなわなかったけれど、彼は生きている。生きていれば行く末に希望をつなぐことができる。

こんなにも幸せなことはなかった。

「アップ、ありがとう」

写真:どらなりー☆UPDATE、夕夏、たちばなさとえ

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