20世紀最後の年である西暦2000年は、ミレニアムイヤー。
遠い記憶を年表とともにたぐり寄せてみる。バブル崩壊直後の90年代は不安の時代。就職難、リストラと将来を保証されないことがデフォルトになりつつある、ライフバランスの転換期でもあった。私が大学生だったころ、自立とはなにか、これからの人生観とは。そういった新しい価値観を提示する社会学者がいた。社会学を専攻していた私はそういった若手社会学者の斬新な論調に惹かれるものがあったが、指導教授は「そんなものは」と邪道だといわんばかりに切って捨てた。新しい人と既成勢力のハレーションは普遍的であり、20年以上たっても変わっていない。
不安な時代を生き抜くためにグローバル化に人々は希望をみた。
国内でどうにもならないなら、世界に目を向ける。強気で図太く、失敗を恐れない若者を中心に「これからは世界だ」が合言葉だった。競馬も90年代終わりにタイキシャトル、シーキングザパール、エルコンドルパサーが世界に挑戦し、2000年はアグネスワールド、エアシャカールなどが世界へ飛び、関口房朗氏所有のフサイチペガサスがケンタッキーダービーを制した。海外が急速に近くなった感覚は記憶にある。これもグローバル化の波が運んだ産物だ。
同時に2000年、米国で反グローバリゼーションを訴えるデモが発生した。
企業が世界的展開をすることで、不利益を被った人々の反発だった。苦しい時代を乗り越える合言葉グローバル化が必ずしも希望ではないこと、光の足元には影があることを思い知る。そして、世界は混沌へと滑り出す。20世紀の終わりは複雑な世のはじまりだったような気がする。
この年、反グローバル化とはいわないが、海外へは向かわず、日本国内に専念し、GⅠ5勝、年間重賞8戦全勝を達成したのが世紀末覇王テイエムオペラオー。オペラオーがGⅠ5勝のなかでもっとも2着メイショウドトウに大きな着差をつけた天皇賞(秋)で13着に敗れたのがオペラオーと同世代のミッキーダンスだ。
ミッキーダンスはオペラオーが休養中の3歳(現2歳)秋に新馬勝ち。デビューは重馬場の京都芝1200mだった。2勝目はオペラオーが皐月賞を勝った翌週の京都芝1400m。1勝目はミッキーダンスが先だったが、2勝目をあげる間にオペラオーにまったく間に追い抜かれた。オペラオー伝説の幕が開いた2000年京都記念のころ、ミッキーダンスは準オープン。昇級直後は2、3着とOP入りにメドを立てたかにみえたが、次の勝利が遠かった。
オペラオーが宝塚記念に向かうころ、ミッキーダンスは降級制度により900万下(現2勝クラス)へ。オペラオーの背中はすっかり遠くなった。しかし、覇王が秋に向けて休養に入っていた夏、ミッキーダンスは覚醒する。夏の小倉芝2000mの九州スポーツ杯を1.58.6の好記録で突破。格上げ挑戦だった小倉記念ではヒシピナクル、アンブラスモアに次ぐ3番人気を背負った。レースはアンブラスモアが1000m通過58.8で逃げる展開。後方よりにいたミッキーダンスはカネトシガバナーの動きに応じるように3コーナーから外を進出。最後の直線では追撃するロサードを封じ、逃げるアンブラスモアを捕まえ、1馬身3/4差。ようやく重賞タイトルに手が届いた。
その次走が朝日チャレンジC。現在のチャレンジCは12月であり、レース名称に違和感を覚えるのは、かつての朝日チャンレジCは9月開催開幕週施行。3歳馬ないし夏の上がり馬が重賞常連組に挑戦するというコンセプトがあったから。暮れでも翌年の飛躍へ向けた挑戦ととれるが、本来、チャレンジCは上がり馬の挑戦という意味が込められていた。夏の上がり馬ミッキーダンスは重賞常連組が顔をそろえるここを突破、さらに大舞台への挑戦権をかけた。
ミッキーダンスはすでに小倉記念を制したことも手伝い、1番人気。挑戦者が主役になるのは珍しいことではない。グローバルな地平線を夢見て、世界へ旅立った若者もまた挑戦者。未来への扉を開けることこそが挑戦であり、その清々しさと眩しさはいつの時代でも人の心を打つ。2、3歳から重賞に顔を出していたロサードやヒシピナクル、カネトシガバナーらはすでに小倉記念で負かしたが、重賞でおなじみのスエヒロコマンダー、マルカコマチ、ブリリアントロードらも顔をそろえた。ミッキーダンスはここを突破してこそ、はるか前を進むオペラオーへの挑戦権を手にできる。そんな立場でもあった。
ヒシピナクルが逃げ、カネトシガバナー、スエヒロコマンダーが追いかけ、3コーナーでブリリアントロードが追撃態勢に入り、阪神らしい出入りのある激しい競馬になった。小倉では積極的に動いたミッキーダンスは後ろのロサードやマルカコマチを警戒したか、中団で動かず。明らかに勝ちを意識したレース運びは是が非でも挑戦権を獲得したいという意志を表明していた。落とせば、夏のローカル重賞を勝っても、中央場所では足りない存在になってしまう。ミッキーダンスはどうしてももう一段上に這いあがりたかった。
案の定、後ろで溜めたロサード、マルカコマチが鋭く伸び、前にいるブリリアントロードもしぶとさを見せる。重賞で揉まれてきた猛者たちが経験でミッキーダンスを凌駕しにかかる。しかし、ミッキーダンスは負けなかった。降級して迎えた夏に覚醒した強さでライバルたちを跳ねのけた。
そして天皇賞(秋)。ミッキーダンスは夏の上がり馬のシンボル的存在としてオペラオーに立ち向かった。10番人気の伏兵にすぎなかったかもしれないが、後れをとったオペラオーに対し、これまでのレースを戦い続けることでその差を縮め、下級クラスからあがってきた意地は挑戦者として忘れていない。世界にひとっ飛びできる若者もいれば、そんな大胆さもなく、地味に一歩ずつ人生を前に進める若者だっている。世界へ挑戦する若者が失敗と成功を繰り返し、のしあがる姿も尊いものだが、スケールで見劣っても気持ちで負けない若者もまた尊い。世紀末の不安がちらつく世界で生きた若者たちは上の世代の小言を受け入れながらも、夢を追って不安と混沌の闇を進んできた。ヒーローたるオペラオーにも挫折はあり、挫折を味わい続け、最後はレースで散ってしまったミッキーダンスにも祝福のときは訪れた。グローバル化はよくも悪くもある。
みんな幸せも不幸も背負う。
「腐らず生きてよかった」
いつかそうつぶやく日はやってくる。
写真:かず
テイエムオペラオーの世代にスポットライトをあてた新書『テイエムオペラオー伝説 世紀末覇王とライバルたち』が2022年10月26日に発売。
製品名 | テイエムオペラオー伝説 世紀末覇王とライバルたち |
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著者名 | 著・編:小川隆行+ウマフリ |
発売日 | 2022年10月26日 |
価格 | 定価:1,199円(本体1,090円) |
ISBN | 978-4-06-529721-6 |
通巻番号 | 236 |
判型 | 新書 |
ページ数 | 240ページ |
シリーズ | 星海社新書 |
内容紹介
君はあの完璧なハナ差圧勝を見たか!
90年代後半に始まるサンデーサイレンス旋風。「サンデー産駒にあらずんば馬にあらず」と言っても過言ではない時代にサンデー産駒の強豪馬たちと堂々と戦いあった一頭の馬がいた。クラシック勝利は追加登録料を払って出走した皐月賞(1999年)のみだったが、古馬となった2000年に年間不敗8戦8勝、うちG15勝という空前絶後の記録を達成する。勝ち鞍には、いまだ史上2頭しか存在しない秋古馬三冠(天皇賞、ジャパンC、有馬記念)という快挙を含む。競馬ファンのあいだで「ハナ差圧勝」と賞賛された完璧な勝利を積み重ね、歴史が認める超一流の名馬となった。そのただ1頭の馬の名をテイエムオペラオーという。