続いて、翌日に開催されるジェイエス繁殖馬セールについても考えてみましょう。こちらは200頭を超える繁殖牝馬の中から選ばねばならないため、やはりテーマと基準に沿って絞り込んでいきたいと思います。選択肢が豊富にあるのは良いところですが、ブラックタイプの濃いノーザンファーム繫殖牝馬セールに比べると繫殖牝馬のレベルもピンキリです。その分、ハッとするような血統や戦績の馬もいて、ノーザンファームミックスセールが宝石箱の中から宝石を選ぶような感じだとすると、ジェイエス繫殖馬セールはおもちゃ箱からおもちゃを選ぶようなワクワク感があります。
年齢的に若くて、実際に走った成績も良い馬ということで、真っ先に目に付くのはダンツエリーゼとキタイです。ダンツエリーゼは父キズナ、母ワスレナグサという良血であり、気性は大人しいながらも、馬体は520kgを超えて、牝馬離れした肉体を誇っています。レース振りを見てもらえば分かりますが、とにかく強烈な差し脚を持っていて、現役時代には多くのファンがいた馬です。大げさかもしれませんが、日本版ゼニヤッタのような牝馬です。ダートで3勝を挙げ、秋華賞に挑戦するも敗れてしまいましたが、3勝クラスの牡馬を相手にしても全く見劣りしませんでした。
もう1頭のキタイは、父ダンカーク、母の父バブルガムフェローと血統的には地味ですが、短距離路線を中心に4勝を挙げ、オープン馬まで登り詰め、アイビスサマーダッシュや福島牝馬ステークスにも出走した快速馬でした。馬体重も500kg以上あるように、肉体的にも恵まれており、繁殖牝馬としての資質は疑いようがありませんね。ベタですが、キタイだけに期待しかないというところでしょうか(笑)。
ただ、上記2頭は理想的すぎて誰もがほしがる繁殖牝馬ですから、まず僕の手に入ることはないでしょう。誰も競らないようなら手を挙げても良いとは思いますが、さすがに現実的ではないと思い、候補から外すことにします。
昨今の競走馬価格の高騰の恩恵を受けて、生産者もお金を持っていますので、僕のような零細馬主が真っ向勝負を挑んでも勝ち目はありません。お金の余っている成金馬主とバブルの渦中にいる生産者たちに両方から挟まれて、往復ビンタを食らってお終いです。少年ダビデが巨人戦士ゴリアテを倒したように、弱者ならではの戦い方、つまり僕にしかない視点で攻めるしか勝つチャンスは生じません。
そんなことを考えながら、セリ名簿を眺めていると、ナチュラルスタンスという名前が目に入ってきました。高校時代の友人の名前を雑誌の記事の中にみつけたような驚きがあり、今年の千葉ゼリの記憶が蘇ってきました。わずか5か月前の出来ごとですが、終わってしまったセリのことはかなり昔のことに思えます。そういえば、僕が競り負けたナチュラルスタンスの20はどうしているだろうか?無事にデビューできたのか、それとも…。さっそく調べてみると、もっと驚くべきことに、マルカシャルマンと名付けられたナチュラルスタンスの20は、10月9日に行われた阪神競馬場の新馬戦(芝1800m)でデビュー勝ちしているではないですか!馬体重こそ430kgとまだ非力な感じですが、僕があのとき感じた柔らかい筋肉はそのままに、ゴール前までしっかりと伸びての完勝です。
60頭近くいた千葉ゼリの中で、現時点で新馬勝ちを収めたのはマルカシャルマンだけではないでしょうか。自分の馬を見る目に根拠のない自信を深めつつ(笑)、あのとき予算が500万円しかなくて購入できなかったことが悔やまれます。このあとマルカシャルマンがどのような戦績を積み上げるのか分かりませんが、走る馬であることはたしかで、競走馬としても活躍が見込めるだけではなく、繁殖牝馬としての将来も見据えることができたのです。まあ裸にされて、逆さまにされて振られても、1070万円は出てこなかったので、タラレバを言っても仕方ありません。
僕はナチュラルスタンスを手に入れようと考えました。転んでもただは起きぬの精神で、マルカシャルマンが手に入らなかったのであれば、母であるナチュラルスタンスを購入して自分で第2のマルカシャルマンを生産すれば良いのです。おそらく社台ファームもマルカシャルマンが新馬勝ちするとは思っていなかったのではないでしょうか。ナチュラルスタンスを繁殖馬セールに出すと最終的に決めたのは9月頃のことですから。つまり、ナチュラルスタンスの仔であるマルカシャルマンが新馬勝ちをした駿馬であることを、表面的な情報ではなく、時系列で個人的な体験として知っているのは、僕と社台ファームだけなのです。この強い想いさえあれば、たとえ競られたとしても、はね返すことができるはずです。ナチュラルスタンスの繫殖牝馬としての資質に確信を持っているのは、購買者の中では(おそらく)僕だけなのですから。
ところが、繁殖馬セールの1週間前、ナチュラルスタンスは欠場することが特設サイト上で発表されました。それまでもチラホラと欠場する馬は出ていたのですが、怪我をしたり、病気になったりなど、何かがあったんだなとしか思っていませんでした。しかしこうしてナチュラルスタンスが取り下げられたのを見ると、なるほどねと理解してしまいます。社台ファームとしては、今年は流産してしまう馬が多かったので、その埋め合わせという意味なのかもしれませんが、ナチュラルスタンスが引き下げられたのはマルカシャルマンが10月に新馬勝ちしたという事実が大きかったはず。ノヴェリスト産駒で新馬勝ちする馬を出せるということは、ナチュラルスタンスの繫殖牝馬としての資質は高いものがあることは一目瞭然です。マルカシャルマンのデビューが1か月遅れていたら、ナチュラルスタンスはそのまま繁殖牝馬セールに出されて、誰かの手に渡っていたかもしれません。買われてしまえば主導権は相手に移ってしまいます。買われる前であれば、上場を取り下げるのは自由です。寸でのところで、社台ファームは名繁殖牝馬を手放さずに済み、またしてもエリンバードにさかのぼるナチュラルスタンスの血脈は僕の手からするりと離れてしまったのです。さすがにこればかりは悔しくて仕方ありません。
またしてもジェイエス繁殖馬セールの候補馬はゼロに戻りました。ここでもう一度、繁殖牝馬選びの基本に戻ってみることにしました。昨年、下村獣医師に教えてもらった、「胸の深さ」と「トモの実の入り」、そして「顔つき」です。若くて成績を残している馬というテーマはいったん忘れ、良い仔を産む繁殖牝馬の馬体だけにフォーカスしてみようと考えました。種牡馬が種だとすると、繁殖牝馬の馬体は土地のようなものであり、その豊饒さや器の大きさ以上の産駒は生まれてこないのです。
この頃になると、ホームページ上にそれぞれの繁殖牝馬の写真が掲載されてきます。アップしている牧場とそうではない牧場に分かれるのですが、僕は写真がアップされている牧場からの方が繁殖牝馬を少しでも魅力的に見せ、本気で売ろうという気持ちが伝わってきますし、繁殖牝馬に対する愛情も感じられます。写真だけをアップしている牧場もあれば、ひと言、コメント(宣伝文)も添えている牧場もあります。特に白老ファームは、写真もコメントもしっかりとしていて購買者としては好感が持てました。
「胸の深さ」と「トモの実の入り」、そして「顔つき」の3点を意識しながら、写真が掲載されている繁殖牝馬を見渡していくと、ある1頭だけ、特別に輝きを放っている馬がいます。白老ファームのゴールデンドックエーです。このラッパーのような格好良い名前の牝馬は、サンタアニタオークスを2着した実力馬であり、繫殖牝馬としてもアルバートドッグやリライアブルエースというオープンクラスの名馬たちを産みました。胸が海のように深いため、トモの実の入りが物足りなく映るかもしれませんが、顔つきは凛々しく、毛艶はピカピカで、とても17歳には見えませんよね。このような素晴らしい馬体の繫殖牝馬から、重賞級の産駒が誕生するのだという見本だと思いました。さすがに今年のテーマ(若い繁殖を手に入れる)から大きく外れてしまうため、ゴールデンドックエーに手を挙げるつもりはありませんが、思わずゴクリと唾をのみ込んでしまいそうな立派な繁殖牝馬です。
ゴールデンドックエーと比べてしまうと、他の繁殖牝馬の立ち写真を見ても見劣りしてしまうというか、何も感じなくなってしまいます。僕の好きな写真家の藤原新也さんは、かつて標高4000mのチベットのこれ以上青くしようのない、真っ青な空の下で暮らして以来、下界に降りて、いかなる土地に行っても空が濁って見えるという宿病を背負ったといいます。大げさかもしれませんが、藤原新也さんにとってのチベットの青い空と僕にとってのゴールデンドックエーは似たような感覚なのではないでしょうか。それほど僕はゴールデンドックエーの17歳時の馬体に魅了され、驚きを隠せませんでした。ゴールデンドックエーを超える馬体を有する繫殖牝馬は果たして僕の前に現れるのでしょうか。
ゴールデンドックエー以外の白老ファームからの繁殖牝馬も選りすぐりで、どれも魅力的ですが、中でもキングカメハメハ肌のエクストラペトルとアルスフェルト、それからもう1頭、ジャスタウェイ肌のファナティックは血統面も馬体面、成績面も問題ありません。キングカメハメハはブルードメアサイアーとして、今年もディープインパクトを抑えてランキングのトップをひた走っています。種牡馬としては1年天下に終わりましたが、ブルードメアサイアーとしては、意外と長期政権になるのではと考えています。それは単純にディープインパクトに比べてキングカメハメハの方が母父として、スタミナや底力を産駒に伝えるからです。スタミナは母の父を見れば分かると言うとおり、母父ディープインパクトよりも母父キングカメハメハの方が、距離の万能性は高いのではないでしょうか。
エクストラペトルはフィフスペトルの下、アルスフェルトはドリームジャーニーやオルフェーヴルの近親であり、なおかつどちらも少なくとも1勝はしていますので、競走馬としても全く走らなかったわけではありません。馬体を見ると、エクストラペトルはコロンとしていたり、アルスフェルトはトモが寂しかったりと課題はありますが、及第点と言って良いでしょう。そしてもう1頭のファナティックは、アーデントやラフォルジュルネ、ヒカルアモーレ等の活躍馬を産み続けたグレイトフィーヴァーの直仔です。自身は怪我のため6戦1勝で引退してしまいましたが、走り続けていたらあと1、2勝は間違いなかったと思います。胴部に伸びがあって、トモの実の入りも良く、馬体が薄い以外、馬体的に問題はありません。馬体の幅が薄いのは中距離馬の特徴ですから、産駒を売るという観点からはプラスには働かないのですが、長い距離でも走るという解釈ができると思います。この3頭が白老ファームからの候補馬です。
社台ファームからも2頭の繁殖牝馬をピックアップしてみました。ビートゴーズオンとスパツィアーレです。どちらも社台ファームから販売に出されています。社台ファームから出された繁殖牝馬からは、意外にも活躍馬も出ていて、たとえば3冠牝馬のデアリングタクトのデアリングバードや菊花賞で僅差の2着したボルドグフーシュの母ボルドグザグなど。デアリングバードがジェイエス繁殖馬セールで長谷川牧場に買われ、エピファネイアをつけて生まれたのがデアリングタクトです。ボルドグフーシュの母ボルドグザグは産駒が菊花賞で好走するのを待たずして、2020年のジェイエス繁殖馬セールにて何と50万円で売却されてしまっています。社台ファームにとっては口惜しい話ですが、デアリングバードが売りに出されていなければデアリングタクトはこの世に誕生していなかったのですから、自分たちだけで繁殖を抱えこもうとするのではなく循環させることは、長い目で見れば日本競馬のためにもなり、自分たちにも恩恵は戻ってくるかもしれませんね。僕たちはまずは恩恵を受ける側ですから、社台ファームからのおこぼれを期待したいところです。
今年の候補馬の1頭ビートゴーズオンはCurin産駒で、480kg台の頑健な馬体を揺らしながら3勝を挙げました。いかにもアメリカのダート馬という馬体で、一瞬の切れ味ではなく、スピードとパワーで勝負するタイプです。産駒にもそのような資質は伝わるでしょうから、ダート馬を作ろうと考えるなら悪くない繁殖牝馬です。馬体は立派ですが、その反面、重苦しいというか鈍いところもありそうなので、そのあたりは好みですね。
スパツィアーレは祖母にステラマドリッドがいる良血です。ステラマドリッドからはダイヤモンドビコーやアイルドフランス(ミッキーアイルやアエロリットの祖母)、リファインメント(ラッキーライラックの祖母)が出ているように、いわゆるMyJulietを礎とした名牝系です。ステラマドリッドにハーツクライ、シンボリクリスエスを積み重ねて生まれたのがスパツィアーレです。千葉サラブレッドセールで5076万円の高値で購入されたように、血統よし馬体よしタイムよしの3拍子が揃った、黒鹿毛の綺麗な牝馬でした。ステラマドリッドの一族は、ミッキーアイルやアエロリット、ラッキーライラックに代表されるように、お尻の筋肉が盛り上がって、後輪駆動でグイグイ走るようなタイプの馬が多いです。スパツィアーレも同様にトモの容積が大きくて、父シンボリクリスエス譲りの骨量豊富なしっかりとした馬体を誇っています。1勝しかできなかったのが不思議なくらい。気性的にムラで難しい面があったのかもしれませんね。シンボリクリスエス産駒の牝馬から一流馬が出なかったのは、気性の激しさによるところが大きく、スパツィアーレも例にもれないのではないでしょうか。ところが、母父としては、レイデオロやオジュウチョウサン、ソングライン、オーソリティ、アルクトスなどの名馬を誕生させているように、気性の難しさではなくパワーやスタミナを強く産駒に伝えているようです。今年はルーラーシップがお腹にいるのも悪くはないと思います。かなりパワー型の産駒が出るとは思いますが、馬格も大きいと思いますので売りやすいですし、地方競馬でも活躍できるイメージはありますから。リザーブ価格が300万ということで、どこまで高騰してしまうのか、それともひと声で買えるのか、当日になってみないと分かりませんが、この馬を第一候補として考えてみましょう。
(次回へ続く→)