北海道の夏は、短い。
2018年の夏の終わりに行われたその戦いは、短い夏に、鮮烈な印象を焼き付けた。
札幌2歳ステークス。
札幌競馬場での、ひいては北海道での中央競馬開催を締めくくるものであり、ひと夏の終わりを告げる伝統の2歳重賞だ。
初代勝馬のリュウズキが皐月賞・有馬記念を制したことに始まり、後にダービー馬となったロジユニヴァース、天皇賞(秋)や宝塚記念を制したアドマイヤムーン。さらにダイワメジャー・ダイワスカーレット兄妹の母スカーレットブーケも、条件は違えどこのレースを勝利している。いわばこのレースは、競走馬の「登竜門」としての側面も持ち合わせていると言える。
そんな側面を持つ札幌2歳ステークスに、2頭の競走馬が出走の名乗りを上げた。
1頭目はホッカイドウ競馬の田部厩舎に所属していたナイママ。
日高町にある道見牧場の出身で、「ないがまま」という言葉を名前の由来とする競走馬である。
デビューは門別競馬場にて開催されたJRA認定フレッシュ。ここを上がり最速で、大差勝ちを納め勝利する。次戦は2着に破れたものの、3戦目にして初の芝レースとなったコスモス賞ではきっちりと勝利を収めた。
もう1頭は、美浦・高木厩舎に所属しているニシノデイジー。
彼は浦河町の谷川牧場の出身で、2018年の7月8日の函館競馬場での新馬戦でデビューするも、惜しくも2着という結果だった。その後、そのまま函館で未勝利戦を勝ち、3戦目にしてこのレースの門を叩いたのである。
実はこの2頭、ある共通点があった。
それは、母方の血統に名を連ねる馬が、このレースを勝利しているのである。
ナイママの母父はジャングルポケット。
2001年のダービー馬であり、同年のジャパンカップでG1を7勝した「世紀末覇王」ことテイエムオペラオーを破ったことでも知られている、生粋の東京競馬場巧者である。
ダービー勝利後、彼がスタンドに向かって嘶く姿を覚えている方も多いのではないだろうか。
ニシノデイジーの3代母に名を連ねているのはニシノフラワー。
桜花賞とスプリンターズステークスを制し、短距離路線で輝きを放った名牝として知られている彼女は、札幌2歳ステークスの前身である札幌3歳ステークスを芝1200mの条件で1991年に制している。
もちろん、過去に同じレースを勝利した馬が血統内にいたとしても、実際に走る馬がレースを勝てるわけではない。
だが、いち競馬ファンとしては、夢を見られずにはいられないのだ。
彼・もしくは彼女の子供が、やってくれるんじゃないかと。
2018年9月1日。
ついに、決戦の日が訪れた。
この日は天候は晴れとなったものの、前日に降っていた雨の影響により、札幌での競馬は重馬場でのスタートとなった。
直後には稍重になり、8Rの頃には良馬場までの回復を見せていた、ここまでのレースは比較的人気通りに決着がついていた。
当日は藤沢厩舎のクラージュゲリエが1番人気。札幌競馬場の芝1800mで行われた新馬戦を完勝して、このレースに望んでいた。
2番人気はウィクトーリア。ウォーエンブレム産駒のG1馬ブラックエンブレムを母に持つ馬で、函館で新馬戦を勝利している。
3番人気は尾関厩舎のアフランシール。こちらも函館で新馬戦を勝利した牝馬であり、母父には日本が誇る快速スプリンター、サクラバクシンオーの名が刻まれている。
ナイママはこの3頭に続く4番人気に支持されたが、ニシノデイジーは6番人気。単勝オッズにすると28.2倍となっていた。
そのような人の思惑をよそに、着々と準備は進んでいき、ついにゲート入りが始まった。
駿馬たちが、それぞれの登竜門の入り口へと収まっていく。
全14頭が収まり、ひと呼吸おいた後スタートが、切られた。
きれいなスタートを決めた駿馬たちは、1コーナーへと向かう。
コーナーを周り、1馬身半の差をつけてラバストーンがハナを取った。
その後にはセントセシリア、ナンヨーイザヨイ、ラブミーファイン等が前方集団を形成。
そして1馬身開いてナイママやニシノデイジー、クラージュゲリエらが中団を作り上げる。
さらに最後方にテイエムバリバリが控え、向正面ではかなり縦長の船団が形成されていた。
1000mを1.00.3と平均より少々早いペースで駆け抜けていった船団が動いたのは、3コーナーに入った時。
ナイママが中団から外を通って先頭へと躍り出たのだ。
それを見逃さず、ニシノデイジーやウィクトーリア、クリスタルバローズなど中団付近にいた馬たちが連立って上がっていく。
4コーナーを抜けて、直線に入る。
先頭にいたのは、3コーナーで仕掛けたナイママ。
しかし、その直後には彼がいた。
そう、向正面からずっとナイママを見るようにしてレースを進めてニシノデイジーである。
ここからは彼ら2頭の叩き合いである。
追いかけ、差を詰めにかかるニシノデイジー。
先頭は譲らないとばかりに粘るナイママ。
叩き合いに決着がついたのは、ゴールの手前でのこと。
ニシノデイジーが一瞬抜け出し、ナイママが並びかけるが、そこを再度デイジーが抜け出してそのままゴール。
クラージュゲリエやエメラルファイトが差を詰めてくる中、札幌競馬場の直線約270mはこの2頭のまさに「独壇場」であった。
このレースを私はリアルタイムで見るこができず、後に見ることとなったのだが、
彼らが繰り広げた、意地と意地のぶつかり合いを目の当たりにして、思わず息を呑んでしまった。
短い北海道の夏に残る、鮮烈な勝負だった。
翌年2019年のこのレースでは、ゴールドシップ産駒のブラックホールとサトノゴールドがワンツーフィニッシュを決め、競馬ファンを大いに沸かせることとなった。ゴールドシップ自身も、札幌2歳ステークスには出走してはいたのだが、グランデッツァの2着に敗れていた。
2020年には白毛馬ソダシが勝利し、その後の大躍進に弾みをつけた。2着は翌年のオークス馬、ユーバーレーベンである。
さぁ、今年のこのレースは一体どのような結果になるのだろうか。
若き競走馬たちが走り抜けて行くこのレースを、私はとても楽しみにしている。
写真:チョカ