[連載・馬主は語る]3本の矢(シーズン2-45)

配合相手が難しかったのは、つい先日、ルーラーシップ産駒を無事に出産したばかりのスパツィアーレの方です。スパツィアーレは500kg近い馬格を誇り、馬体という観点でいうと種牡馬を選ばない繁殖牝馬です。ステラマドリッドにハーツクライ、シンボリクリスエスと重ね合わせ、これ以上ないほどの重厚な馬体に仕上がっています。広大なキャンパスを目の前にして、筆を手にしてみたものの、何を描いて良いのか分からなくなるような気持ちです。

血統的には、4代目にサンデーサイレンスがいますので、サンデーサイレンス系の種牡馬と配合すると、必然的にサンデーサイレンスのクロスが生じてしまいます。個人的には、クロス(インブリード)の濃さ云々よりも、種牡馬と繁殖牝馬同士の馬体や相性、最終的には遺伝子のランダムな発現が重要だと考えていますので、スパツィアーレにはサンデーサイレンス系でも非サンデーサイレンス系でもどちらの種牡馬でも良いのです。馬体的にも血統的にも自由度が高い分、かえって選択肢が広がってしまい、これといった1頭に決めるのが難しい。

昨年の10月末に繁殖馬セールで落札してからの5カ月間、目の前に種牡馬候補が現れては消え、新たに種牡馬入りした馬がいれば架空血統表で当てはめてを繰り返してきました。「スタリオンレビュー」や「種牡馬辞典」を片手に歯みがきをしたり、あるときはトイレに持ち込んだりして、まるで受験生のように何度もめくり返して、穴が開くほど熟読しました。スパツィアーレのおかげで、種牡馬の馬体と血統について勉強させてもらいました。安くても数十万、高ければ数百万の種付け料を払うわけですから、生半可な気持ちでは決断できません。身銭を切ることで、人は多くを学ぶのです。最終的には、第1候補としてチュウワウィザード、第2候補としてビッグアーサー、そして第3候補としてカレンブラックヒルに絞りました。

種付けをする前年の11月頃から、来年度の種付けの予約がスタートします。11月の時点ではまだ絞り込めていなかったのですが、念のためビッグアーサーは予約しておくことにしました。その時点でチュウワウィザードはすでに満口。ということで、チュウワウィザードはもし当日に空きがあればという出たところ勝負、予約が完了しているビッグアーサーも最終的には満口になりましたので、当日の状況次第では断られる可能性もあります。最終的な抑えとして、カレンブラックヒルということになります。まるで受験の志望校選びみたいですね。

なぜこのようなことになるかというと、種付けというのは、僕たちが想像する以上に流動的なものだからです。そもそも繁殖牝馬には受胎しやすい交配適期というものがあります。発情が見られて、卵胞が大きくなり、卵巣や子宮が柔らかくなることをサインとして、排卵48時間前から排卵12時間後が適切なタイミングです。つまり、そのサインが出たときに各スタリオンステーションに電話をかけ、「今日〇〇〇〇で種付けをお願いしたいのですが、空いていますか?」と問い合わせをして、オッケーであれば牝馬をスタリオンステーションまで連れて行き、種付けをしてもらうという流れです。

種牡馬もいつでもオッケーというわけにはいかず、1日に2枠か3枠しか種付けの枠がないのが通常です。僕なんかもう最近は1週間に1枠しかないので(笑)、高齢になっても1日に2回、3回の種付けをこなす種牡馬は尊敬に値します。もちろん、体調等によっては枠が少ない種牡馬もいますし、いざ種付けに行っても時間がかかったり、今日は無理なんてこともあるかもしれません。全てはタイミングなのです。繁殖牝馬の交配適期である2日間前後と配合希望の種牡馬の枠が空いているかどうか。人気種牡馬だとしても、なぜかその日は1枠空いていたので入れることもあれば、普段は暇なのになぜかその日は牝馬の交配適期が重なってしまい入れなくなってしまうこともあるそうです。

だからこそ、慈さんからは「できれば第3候補まで考えておいてもらえると助かります」と言います。当日、電話をして第1候補がダメなら第2候補、それもダメなら第3候補なんてことはよくある話だそうです。どうしても第1候補の種牡馬で種付けしたい場合、次の交配周期まで種付けを飛ばすという選択肢もあります。およそ21日周期でサラブレッドの交配周期はやってきますので、3週間ほど待ってから再びチャレンジするということです。そうすると受胎時期が遅れますので、必然的に産駒の誕生の時期も遅れることになります。

早い時期に生まれる方がセリ映えしやすいので、できるならば早く生まれる方が良いですし、あまりにも遅くなると今年度は受胎できるのかどうか心配になってきます。種付けをしても、受胎するかどうかはまた別の話であり、どれだけ適切な交配時期を狙って種付けをしても、種牡馬や繁殖牝馬の受胎率が悪ければ受胎することなく、また21日後まで待つことになりかねないのです。だからこそ、生産者はなるべく早く種付けをして受胎まで持っていきたいと願うのです。受胎するなら第3希望の種牡馬でも良い、と考えるのは自然だと思いますね。

チュウワウィザードを第1希望にした理由としては、キングカメハメハ系の種牡馬は軒並み成功していることに加え、自身はチャンピオンズカップを制し、ドバイワールドカップでも2着(2021年)、3着(2022年)した実績が光るからです。これで種付け料が120万円ですから、未知の魅力という面も含めて、人気になるのも当然の新種牡馬です。チュウワウィザードは非常にバランスの良い馬で、ダートを主戦場としたにもかかわらず馬格はそれほど大きくなく(480kg台)、どちらかというとスラっとした馬体です。キングカメハメハは母系を濃く引き出しますので、チュウワウィザードにはデュランダルらしさが出ているのです。デュランダルは比較的小さな馬でしたから、チュウワウィザードの産駒はそれほど大きな馬は出ないと思います。もしかすると、ダートではなく芝で活躍するような馬も出てくるのではないでしょうか。その点においても、スパツィアーレは雄大な馬格を誇りますので、チュウワウィザードを配合しても産駒はある程度のサイズ感は得られるはず。チュウワウィザードからはスピードと切れ味、そして自身からはパワーと馬格の大きさが伝わることを願っています。

ビッグアーサーは予約が取れたので、本来であれば第1希望でも良かったのですが、産駒は短距離馬ばかりが出ていることから、チュウワウィザードの方を僕の好みとして優先しました。ビッグアーサーは父サクラバクシンオーではなく、母の母の父であるサドラーズウェルズが出ているというのが僕の見立てです。サドラーズウェルズはヨーロッパの長いところで圧倒的な強さを発揮する種牡馬というイメージは強いのですが、グレナディアガーズを出したFrankelなど意外にスピードも受け継いでいるのです。ヨーロッパの短距離馬はアメリカのそれと比べてもそれほど大きな馬体を有していませんので、ビッグアーサーの産駒は父よりも小さく出ることが多いはずです。スパツィアーレはその点は心配いりませんが、せっかくの重厚な母系が単なるスプリンターになってしまうのはもったいないと思ってしまうのです。ビッグアーサーの仔は1200mを超えるとパタリと走らなくなりますので、そのあたりの適性に関しては父(種牡馬)からの影響が強いと考えています。

第3希望であるカレンブラックヒルは、競馬ヲタクの坂上明大さんのアイデアです。今年の共同通信杯の日に夢色グラスさんに誘われて東京競馬場に行き、競馬が終わったあと、歌舞伎町に繰り出して皆で中華料理を食べました。そのとき僕から「スパツィアーレの配合相手に悩んでいるんだけど、これはと思いつく種牡馬いますか?ちなみに100万円前後の予算で」と話題を持ちかけました。その場にいたそれぞれが「トニービンのクロスは走らない」など意見を出してくれましたが、もちろんまとまることはなく、あくまでも意見として頂戴しました。翌日、坂上さんからLINEが届き、「昨日はありがとうございました。繁殖牝馬の相手を考えてみましたので少しでも参考になれば」として、カレンブラックヒル×スパツィアーレの血統表を送ってくれました。

「Northerndancer~StormCatと種付け料を中心に考えると、カレンブラックヒルはちょうどいいんじゃないかと思います。勝ち上がり率も高いですし、Unbridledが入る点も良さそうです」と丁寧にアドバイスを送ってくれました。カレンブラックヒルは僕の頭の中になかったのですが、たしかにスパツィアーレはNortherndancerの血をほとんど持っていない珍しい血統構成ですし、現代の日本のスピード競馬に対応するにはStormCatの重要です。カレンブラックヒル自身は470kg台のやや小柄な馬体でしたが、スパツィアーレの仔であれば体は小さくはなる心配はなさそうです。種付け料も70万円と、前述の2頭に比べると安価であり、坂上さんの言うようにちょうどいいですね。ただひとつだけ懸念材料としては、カレンブラックヒル産駒はかなりの早熟であるということです。勝ち上がり率が良いのは早熟だからであって、早い時期から走って勝ち上れるのは良いことですが、その後、パタリと成長が止まって頭打ちになってしまうのは、晩成好きの僕としては残念です。早めから活躍して早めに引退すると割り切れば良いのでしょうが、個人的にはチュウワウィザードやビッグアーサーのようにジワジワと強くなって、古馬になって大きいところを獲るような馬を生産したいと思うのです。

毎日の直検(直腸検査)の結果を楽しみにしていると、ある朝、「スパツィアーレが明日種付けになりました!」とLINEが届いていました。発情が来て、卵が大きくなっているそうです。まずは第一希望であるチュウワウィザードを繋養している「優駿スタリオンステーション」に電話をすると、やはり人気があって混んでいるらしく、入れるかどうかの連絡待ちとのこと。その返事次第では、第2希望のビッグアーサーがいる「アロースタッド」に連絡を入れなければならず、もしビッグアーサーも混んでいてダメなら、第3希望のカレンブラックヒルを擁する「優駿スタリオンステーション」に戻ってくるという流れになります。

もしくはチュウワウィザードが明後日に入れるなら、排卵ぎりぎりまで待つことに賭ける選択肢もありますし、またスパツィアーレにとって産後一発目の発情を飛ばして、およそ21日後に再チャレンジすることもできます。さすがに後者は考えていませんでしたので、とにかくチュウワウィザードの種付け枠の空き状況次第で臨機応変に対応しなければいけません。

(次回へ続く→)

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