川崎記念が開催時期を移したことにより、1年で最初におこなわれるGⅠとなったフェブラリーS。春秋ダートGⅠを制したレモンポップや、日本調教馬として2頭目となるドバイワールドC制覇を成し遂げたウシュバテソーロは海外遠征のため出走しなかったものの、GⅠ馬6頭が参戦。さらに地方所属馬3頭や、芝からの転戦組、キャリア6戦目でのGⅠ制覇が懸かる新星など、バリエーション豊かなメンバーが府中の杜に集結した。
いわゆる"二強"が出走しなかったことで混戦が予想されたものの、人気は3頭に集中。その中で、オメガギネスが1番人気に推された。
5戦3勝2着2回と、まだ底を見せていないオメガギネス。ここまで重賞タイトルを獲得していないものの、前走のGⅡ東海Sでも2着と好走した。
圧巻だったのは、今回と同じ舞台でおこなわれた2走前のグリーンチャンネルCで、2着に3馬身半差をつける完勝。タイムも優秀で、リーディング首位を快走するクリストフ・ルメール騎手と新たにコンビを組む今回、レース史上最少となるキャリア6戦目での戴冠が懸かっていた。
これに続いたのがウィルソンテソーロ。3歳夏から4歳春にかけて条件戦を4連勝した本馬は、名古屋城S5着をはさんで交流重賞を3連勝。ダート中距離路線で頭角を現わしはじめた。
GⅠ初挑戦となったJBCクラシックこそ5着と敗れるも、続くチャンピオンズCでは2着に追い込んで大波乱を演出。一転して逃げた前走の東京大賞典も2着に惜敗した。
GⅠ2着2回の実績は、今回のメンバーでは上位。こちらは、昨年MVJを受賞した松山弘平騎手を鞍上に迎え、待望のビッグタイトル獲得が期待されていた。
そして、3番人気となったのがドゥラエレーデ。ホープフルSを制し、芝の初勝利をGⅠで飾ったドゥラエレーデは、3歳初戦のUAEダービーでも2着と好走した。その後、日本ダービーではスタート直後に落馬し、宝塚記念、セントライト記念と結果が出なかったものの、チャンピオンズCでは9番人気の低評価を覆して3着に好走。続く東京大賞典も3着と好走した。
ここまでダートは4着以下なしと安定しており、芝・ダート双方のGⅠ制覇なるか、注目を集めていた。
以下、2走前のJBCクラシックでGⅠ初制覇を成し遂げたキングズソード。ダート初挑戦がGⅠの舞台となるガイアフォースの順で、人気は続いた。
レース概況
ゲートが開くと、シャンパンカラーが出遅れた一方で、ドンフランキーがわずかに好スタート。そのままハナを切った。
これに続いたのがドゥラエレーデとウィルソンテソーロで、イグナイターとペプチドナイルもここに加わって、2番手は4頭が併走。早くも出遅れを挽回したシャンパンカラーが、そこから2馬身半離れた6番手につけ、その直後にオメガギネスが位置。さらに2馬身離れて、ガイアフォースがポツンと中団8番手を追走していた。
600m通過33秒9、800m通過も45秒6と速く、前から最後方のレッドルゼルまでは20馬身以上の差で、かなり縦長の隊列。その後、4コーナーでガイアフォースよりも後ろにいた5頭が前との差を詰める中、レースは直線勝負を迎えた。
直線に入ると、ドンフランキーがやや内を開けながら逃げ込みを図るも、その内を突いたイグナイターが坂の途中で先頭。しかし、すぐに馬場の中央から抜け出したペプチドナイルがこれを交わすと、残り200m地点で後続に1馬身のリードを取った。
一方、ハイペースがたたったか、先行した上位人気馬は軒並み失速。入れ替わるように追い込んできたのが、タガノビューティー、ガイアフォース、セキフウの3頭で、前を懸命に追うもその差は最後まで縮まらず、押し切りに成功したペプチドナイルが1着でゴールイン。1馬身1/4差離れた2着にガイアフォースが続き、タガノビューティーとの接戦を制したセキフウがクビ差3着となった。
良馬場の勝ちタイムは1分35秒7。早目先頭から押し切った伏兵ペプチドナイルが、GⅠ初挑戦で初制覇。開業8年目の武英智調教師は、騎手時代も通じて嬉しいGⅠ初制覇となった。
各馬短評
1着 ペプチドナイル
パドックの外目をキビキビと歩いて絶好の気配。そのデキどおり先行すると、上位人気馬が軒並み失速する中、早目先頭に立って押し切った。
6歳にして、これがGⅠ初挑戦。さらに、初のマイル戦、初のワンターンと初物づくしで、乗り越えるべき課題がたくさんあったものの、それらをすべてクリアしての戴冠。確かに、レモンポップやウシュバテソーロの壁は高いが、今回は内容も伴っており、"二強"との対戦が楽しみになった。
2着 ガイアフォース
猛ペースを前に見ながら、道中はちょうど中団に位置。キタサンブラック産駒らしく(イクイノックスは例外)、良くも悪くもやや瞬発力に欠けるのが特徴で、直線はしぶとく伸びるもわずかに及ばなかった。
こちらはダート戦自体が初めてだったが、母ナターレは地方のダート重賞3勝の名牝で、その父はクロフネ。また、前述したとおりやや瞬発力に欠けるタイプで、ダートをこなす下地はあった。
この好走によって今後の選択肢が一気に広がり、距離も2000mまではこなせるはず。ダート路線の顔になる可能性も十分にある。
3着 セキフウ
末脚勝負に徹して後方一気。2頭にはわずかに及ばなかったが上がり最速をマークし、人気を大きく上回る好走だった。
1年前はややスランプに陥っていたものの、夏の北海道シリーズでペプチドナイルと切磋琢磨。今回と同じように先行争いが激化したエルムSでは、前2戦で完敗していたペプチドナイルを降し復活勝利をあげていた。
半兄に、高松宮記念を制し、種牡馬として活躍中のビッグアーサーがいる良血。やや早熟のイメージがあるヘニーヒューズ産駒だが、4着タガノビューティーともども、少なくともこれら2頭にそのイメージは当てはまらない。
レース総評
前半600m通過33秒9、800m通過45秒6は非常に速く、フェブラリーSがGⅠに昇格した1997年以降では2位タイのペース。逆に、上がり3ハロン37秒8は、中山でおこなわれた03年を除けば2番目に遅いタイムだった。
そんなハイペースを先行した上位人気馬は、直線に向くと早々に失速。4コーナーで8番手以下に控えていた差し、追込み馬が上位を占める中、逃げ馬からさほど差のない4番手に位置していたペプチドナイルが、先行勢では唯一上位に入着するどころか勝ち切るという、内容も伴った上でのGⅠ初制覇だった。
失礼ながら、スムーズに先行できなければ脆い馬というのが、ごく最近まで筆者がペプチドナイルに対して抱いていたイメージ。前述した北海道シリーズでは、大沼SとマリーンSを完勝した一方で、スタート直後から逃げ争いが激化し、引いてしまったエルムSでは13着に大敗した。
ところが、その苦い経験と、心身ともに成長したことが相まったのか、秋以降のペプチドナイルは別馬のように変身。一介の逃げ馬ではなくなり、休み明けの2戦こそ勝ち切れなかったものの、59kgを背負ったベテルギウスSで3番手追走から抜け出し勝利すると、前走の東海Sもまずまずの内容。そして、エルムSと似たような展開になった今回、勝ち切ってみせた。
そのペプチドナイルは、キングカメハメハの産駒。芝、ダート双方で数多くの名馬を輩出してきたが、意外にもフェブラリーSはこれが初制覇だった。
とはいえ、東京ダートは距離を問わず非常に得意。過去3年、単複の回収率は100%を超えており、2月11日のバレンタインSでも9歳馬レッドヴェイロンが勝利。同馬は、その前の2走も東京ダート1400mのオープンに出走して、ともに12番人気で2、3着と激走していた。
一方、母の父はマンハッタンカフェ。JRAに登録のある現役の産駒は3頭と少なくなったものの、近年は母の父として、ダービー馬タスティエーラや、テーオーケインズ、メイショウハリオなど、芝とダートでGⅠ馬を輩出。2023年のブルードメアサイアーランキングでは、3位(中央のみ。中央+地方=総合では4位)に躍進した。
そして、このペプチドナイルを生産したのが、浦河の名門、杵臼牧場である。
杵臼牧場の代表的な生産馬といえばなんといっても、当時の最多タイとなる芝のGⅠ7勝や、歴代最多獲得賞金、年間8戦8勝、古馬中長距離GⅠ完全制覇など、数々の記録を打ち立てたテイエムオペラオーだろう。
その後は重賞勝ち馬に恵まれなかったものの、札幌2歳Sでブラックホールが18年ぶりに重賞制覇を成し遂げると、その半妹ライラックもフェアリーSを勝利し、エリザベス女王杯で2着に激走。さらに、ホープフルSと札幌記念で2着のトップナイフや、ペプチドナイルの半弟ハセドンなどオープン馬を続々と送り出し、今回の勝利は、テイエムオペラオーが連覇を達成した天皇賞(春)以来、実に23年ぶりのGⅠ制覇だった。
また、管理する武英智調教師は、騎手時代から通じて初めてのGⅠ制覇。レース後の共同会見では、やや緊張した面持ちながらもコメントする姿が印象的で、騎手時代、一番苦しかった時期に支えてくれたのが、ペプチドナイルを所有する沼川一彦オーナーだったそう。
そこで詳しく調べてみると、武調教師が騎手時代3番目に多く騎乗したのが沼川オーナーの所有馬。そして、沼川オーナーのこれまでの所有馬で桁違いに多いのが、杵臼牧場の生産馬である。
そんな武厩舎の看板馬といえばメイケイエールだろう。ここまで6つの重賞を制し、非常にファンの多い馬である一方、真面目すぎる気性が災いして、大敗を喫することもあった。武調教師をはじめ、厩舎スタッフも気苦労が耐えなさそうだが、そんな苦労が報われる勝利でもあった。
ここからは、4着以下に敗れた馬について。まずは、4着のタガノビューティー。
現役屈指の東京巧者といってもよいタガノビューティーは、意外にもフェブラリーS初出走。ただ、過去3年は登録していながらも賞金不足で除外されており、待望の初参戦だった今回、コース巧者らしく大いに見せ場を作った。
2023年のかしわ記念では、それまでほとんど実績がなかったコーナーを4度まわるコースを克服して2着に好走。7歳になった今シーズンもまだまだ元気で、特に東京では今後も常にマークすべき存在といえるだろう。
一方、1番人気のオメガギネスは14着。キャリア初の大敗を喫してしまった。
騎乗したルメール騎手、管理する大和田成調教師ともに、前走からのタイトなローテーションを敗因にあげていたが、結果論になってしまうものの、その2着がなければ賞金不足で今回の出走は叶わなかったはず。それでも、ポテンシャルの高さは疑いようがなく、この経験を糧に、巻き返しと今後の活躍を期待したい。
また、2番人気ウィルソンテソーロ、3番人気ドゥラエレーデは、それぞれ8、12着に敗戦。
ハイペースの先行争いに巻き込まれたことはもちろんだが、ともにワンターンのダート重賞で実績がなく、ルメール騎手を鞍上に迎えたオメガギネスとともに、やや人気になりすぎていた感は否めない。
逆に、帝王賞や好走実績のあるチャンピオンズC、東京大賞典など、コーナーを4度まわる1800m以上のコースでは巻き返し可能。それぞれ5、4歳と若く、ダート界の頂点に立つ可能性も十分に秘めている。
写真:RINOT