心優しきガルボがくれたプレゼント - 2012年・東京新聞杯

バレンタインデーにチョコレートを贈る習慣は日本ぐらいのものらしい。毎年2月にお菓子の売上が落ちることを憂い菓子店が企画したのがはじまりだという。ようは鰻の旬ではない夏に鰻を売ろうと企画した平賀源内的発想と同じだ。ついそんな冷めた面持ちになるのはバレンタインデーに縁遠き人生を送ってきたからゆえのこと。ひがみとひねくれ根性の発露だとご勘弁ください。

この時期、活気づくチョコレート売り場だが、そこを通ると、どうしても思い出す馬がいる。

それがガルボだ。某チョコレートメーカーのお菓子と同じ名を持つ競走馬はひねくれ根性の私にとって、まさに救いをもたらす優しき味方でもあった。

父はマンハッタンカフェ。その産駒は天皇賞(春)を勝ったヒルノダムール、ブエナビスタと牝馬三冠を戦ったレッドディザイア、エリザベス女王杯を勝ったクイーンズリングといった、マンハッタンカフェ自身と同じく中長距離で多く結果を残した。その一方で、マンハッタンカフェはそういった守備範囲とはかけ離れた産駒もときどきあらわれる種牡馬であり、ガルボもそんな1頭だった。母は岩手で走ったヤマトダマシイ。この血統をさかのぼるとケイテイルートの名がみえる。京都新聞杯で三冠馬ナリタブライアンを破ったスターマンの母だ。

ガルボは生涯42戦出走し、5勝2着7回3着3回着外27回という成績を残したが、このうち1番人気に支持されたのは4戦目の未勝利戦(1着)と4歳阪急杯(2着)の2度しかない。重賞4勝は4、8、3、8番人気。主役になれずとも結果を残すガルボは血統の意外性を示し、そしてひねくれ者の私を何度も救った。

その重賞2勝目が2012年5歳冬の東京新聞杯。8番人気だった。

ガルボは3歳冬にシンザン記念を制して以来、勝ち星から遠ざかっていた。皐月賞、NHKマイルCは13、15着。距離を延ばしたラジオNIKKEI賞8着と壁にはね返されたものの、13番人気だった富士Sでは3着と反発。マイルでの強さを垣間見せた。この富士Sは前後半800m46.8-46.0とマイル戦としてバランスのとれたハイレベルなラップ構成。これを2番手から踏ん張った。これこそ高いマイラー資質を示すもの。ハイペースのマイルCSは15着だったが、翌年京都金杯では前後半800m47.4-46.0のスローペースを2番手から粘り、2着。レースの幅を広げた。重賞で唯一1番人気に推された阪急杯2着のあとスランプに陥るも、東京マイルのキャピタルSは前後半800m46.6-46.3の得意なラップ構成で2着と復調気配。5歳初戦ニューイヤーSでは45.2-47.2のハイペースを粘って2着。ガルボは再びマイラーとして成長の階段を駆け上がる。

そして東京新聞杯。ニューイヤーSで3馬身差つけられたコスモセンサーが4番人気でガルボは8番人気の伏兵扱い。ひねくれ者はここに目をつけた。得意の東京マイルならば逆転しておかしくないと。しかし、このレースは当時、京都金杯3着の上がり馬ダノンシャーク、皐月賞でオルフェーヴルの2着に入ったサダムパテックなど骨っぽいメンバーが顔をそろえていた。この2頭はどちらものちにマイルCSを制するベストマイラーだ。

ガルボは将来のベストマイラー相手に8番人気で勝った。スタートでダノンシャークが遅れをとるなか、ガルボはダッシュよくハナに立とうかという勢いで飛び出す。このマイラーとして欠かせないスタートダッシュはのちに函館SS勝利に結びつく。果敢に飛び出したガルボの横には同枠に入ったコスモセンサーがいた。ニューイヤーSで先陣争いを演じ、苦杯をなめたライバルの出方をうかがったガルボはコスモセンサーの行く気を読み、一旦引く判断を下す。好位3番手のインに潜り込む形はガルボの得意パターン。さらに前半800m46.9、2ハロン目からずっと11秒台と東京マイル戦らしいスピードとその持続力を問う流れはガルボがもっとも力を出す展開でもあった。まるで気配を消す忍びのごとく3番手をそろりと進むガルボから目を離すまいと私は遥か遠くにある東京競馬場の3、4コーナーに視線を集中させる。手綱を引き気味に追走するサダムパテックも、後方にいるダノンシャークも目に入らない。

気分よくマイペースを決め込むコスモセンサーは2番手にいたブリッツェンを振り切り、最後の直線を迎える。ガルボはブリッツェンの左、ラチ沿いから顔をのぞかせる。鞍上の手応えは逸る気持ちを我慢するかのごとく。直線半ば、コスモセンサーをどう交わそうか思案したガルボはブリツッェンの手ごたえを見やり、コスモセンサーを外からとらえることにした。わずかに右斜めへ進路を切ったガルボが溜めこんだエネルギーを前を行くコスモセンサー目がけて解き放つ。ニューイヤーSで完封したコスモセンサーも抵抗するかのように最後の力を振り絞る。サダムパテックは脱落していき、末脚を繰り出すダノンシャークも追撃の隙が見当たらない。

最後の1ハロンはコスモセンサーとガルボの一騎打ち。今では制裁を受けてしまうぐらい左ステッキが連打されるガルボ。コスモセンサーには右ステッキの乱れ打ち。互いのステッキが火花散るほどに交錯する。富士の山の向こうから吹きつける真冬の風を忘れるほどに熱き激闘はガルボがコスモセンサーをクビ差とらえて決着した。息が止まる思いでこの戦いを見届けた私はふらつく頭とさまよう視線で自分の手元に目を落とし、ガルボが差しのべた救いの手をなぜか自ら払いのけていた自分を責めないわけにはいかなかった。

このあともガルボは伏兵評価を覆す走りを何度も見せ、7歳夏には函館SSを勝ち、1200mの重賞タイトルまで手に入れた。あの日、ガルボが差しだした手を払いのけた自分を恥じた私は以後、ガルボが与えてくれた救いを逃しはしなかった。

ガルボは決してチョコレートの名前ではなく、イタリア語で「優しさ」を意味する。ひねくれ者の穴屋にとってこんなに優しさあふれる競走馬はほかにいない。優しさに慣れていなかった私は素直になる心をガルボから教わった。

そんなことを思い出しながら、私はバレンタイン商戦で盛り上がらんとする冬の町へ繰り出す。ほんの少し頬を緩ませて。

写真:Horse Memorys

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