秋華賞が3歳牝馬三冠の最終戦として創設されてから、今年で早くも25回目を迎えた。創設当初こそ、ブゼンキャンドルやティコティコタックが勝利した年のように波乱の決着も目立ったが、過去10年は5番人気以内の馬が1、2着し、堅い決着となることが多い。
2020年の秋華賞にも、絶対的な本命馬のデアリングタクトが出走。歴代のどんな名牝も成し遂げていない『無敗の牝馬三冠』が達成されるかどうか──レースの焦点はその一点に絞られていたといっても、過言ではないだろう。
そのデアリングタクトの最終的な単勝オッズは1.4倍。
オークス以来のぶっつけ本番がどうなのか。追込み脚質のこの馬が、直線の短い京都内回りの勝負どころで馬群に包まれないか、そして無事に差しきれるのか。
主な懸念材料は、この二つだった。
続くオッズ6.7倍の2番人気に推されたのはリアアメリア。デビュー戦とアルテミスステークスのパフォーマンスを見れば、1年前はむしろこの馬に三冠達成の期待がかけられていたといっても大げさではないだろう。3戦目の阪神ジュベナイルフィリーズで敗れて以降、なかなか歯車がかみ合わず歯がゆいレースが続いたが、前走のローズステークスで鮮やかに復活。しかも、中京競馬場の差し馬有利の長い直線を2番手追走から抜け出して押し切る横綱相撲は、昨年の輝きを取り戻したと思わせるに十分値するものだった。
以下、オークス3着のウインマイティー、東のトライアル・紫苑ステークスで重賞2勝目を挙げたマルターズディオサ、オークスで2着に入り、デアリングタクト同様ぶっつけで挑んできたウインマリリンが人気順で続いた。
また、レースへの影響ということで、当週にもう一つ大きな懸案事項となったのが天気と馬場状態である。
結果的に当日は雨もやみレースが始まる頃には晴れ間も覗いていたが、前日まで降り続いた雨の影響は依然として残っており、馬場状態の発表は稍重だったものの実際は重馬場に近い状態なのではないかと推測された。
レース概況
一斉にゲートが開くとばらついたスタートとなり、4枠の2頭、ムジカとソフトフルートが出遅れてしまう。逆に2枠の2頭、とりわけマルターズディオサが好スタートを決めてそのままハナに立ち、ホウオウピースフルが2番手、外枠から積極的に前にいったウインマリリンが3番手を追走する。
さらに、1枠の2頭ミヤマザクラとリアアメリアがその後に続き、注目のデアリングタクトは後ろから6番手の外目を追走して1コーナーを回った。隊列が縦長になったこともあって、馬群に包まれるという一つ目の懸念材料は、ひとまずクリアしたようだった。
向正面に入りレースの中間点を迎える手前から、早くもデアリングタクトがポジションを上げ始める。1000mの通過タイムは59秒4で、馬場状態をふまえれば平均より早めのペースとなった。デアリングタクトの動きを見て、後方を追走していた各馬も追撃を開始し、縦長だった隊列は一転7~8馬身くらいの一団となって坂を下る。
残り600mの標識を過ぎ、リアアメリアが前との差をジリジリと詰め始めて先行馬達を射程圏に捉えるが、デアリングタクトもいつの間にかその直後まで迫っていた。
馬場の外目が伸びることが意識されてか、直線入口では後続から差を詰めた馬達がズラっと横に広がって一気に7頭ほどが先頭に立つ。重い馬場を早いペースで進んだため、ここからは過酷なサバイバルレースとなった。まず、馬場の悪い内目を通って先行していた馬達が苦しくなり、リアアメリアとウインマリリンが脱落。残り200mを切ってマルターズディオサも脚が上がってしまう。
変わって、馬場の中央から堂々とデアリングタクトが先頭に立った。
マジックキャッスルがそれを追い、さらに1馬身離れた3番手はソフトフルートとパラスアテナの競り合いに。逃げるデアリングタクトと、追うマジックキャッスル。しかし、その差は最後まで詰まらず、デアリングタクトが温かい拍手に迎えられて先頭でゴール板を駆け抜け、見事に史上初・無敗の牝馬三冠を達成。1馬身4分の1差の2着にマジックキャッスルが入り、スタートで出遅れ、道中は最後方を追走していたソフトフルートが大接戦の3着争いを制した。
各馬短評
1着 デアリングタクト
いつも通りとはいえ、パドックで予想以上に入れ込みを見せるなど、少し危うさも感じさせた。しかし、おそらく尋常ではないプレッシャーを感じていたであろう松山騎手が、全くそれを感じさせないほどのレース運びを展開。馬を信頼して終始馬場の外目を追走し、オークスのように前が詰まるようなことはなく、着差こそ小差だったが完勝といえる内容だった。
また、歓喜覚めやらぬ中、続く最終レースで年間100勝を次週に持ち越さず達成したところに、この騎手が今年いかに進化したかが伝わってくる。トップジョッキーの仲間入りを果たしたことの、何よりの証明になったのではないだろうか。
2着 マジックキャッスル
序盤はデアリングタクトとほぼ同じ位置を追走し、終盤はデアリングタクトをマークするような位置から、最後まで女王に迫った。休み明けの前走は増減なしの馬体重だったが、今回はプラス10キロ。パワーも要求される馬場で、これは非常に大きかったのではないだろうか。管理する国枝調教師は、過去に二頭の三冠牝馬を送り出した名伯楽。2019年も同じ社台ファーム生産でディープインパクト産駒のカレンブーケドールで2着したことは偶然の一致ではない。美浦所属ながら、関西を中心に行われる牝馬三冠路線をいかに戦い抜くかを完全に把握している。
3着 ソフトフルート
スタートの出遅れが非常に惜しまれるものの、逆にそれでやるべき競馬が完全に決まったのではないだろうか。前走も、2勝クラスの牝馬限定戦とはいえ、前残りだったレースを上がり最速で差しきって、なおかつ2着馬を0秒7突き放した内容は圧巻。世界的名門ダーレージャパンファーム生産のディープインパクト産駒で、能力は間違いなく高い。今回は前走上がり最速からの距離延長ということもあり、いかにもという穴人気馬だった。
13着 リアアメリア
したい競馬をできたとは思うが、桜花賞に続き馬場に泣くことになってしまった。ミヤマザクラやサンクテュエールにもいえるが、共にノーザンファーム生産のディープインパクト産駒で、母系がアメリカのスピード型という、現代の日本競馬の典型的な王道血統の馬。パンパンの良馬場でこそ、彼女の能力が最大限に発揮される。特にリアアメリアに関しては前走の内容が素晴らしかっただけに、良馬場かつ大箱の競馬場で行われるレースで再度走りを見てみたい。
総評
一番強い馬が一番強いレースをした2020年の秋華賞だった。
ぶっつけ本番で挑むことを選択し、オークスからの5ヶ月間、馬を成長させながらもしっかりと仕上げ、大きなプレッシャーの中で無事にレース当日を迎えられるよう調整してきた陣営の並々ならぬ努力には、本当に頭が下がる思いである。同世代の牝馬との戦いを終えた今、どの路線に向かいどの馬と対戦するのかを想像するだけでも楽しくなってしまう。
レース内容に話は変わるが、京都内回りの2000mは本来逃げ・先行馬が強いコースだが、こと秋華賞に関しては差し馬有利の展開となることが多い。過去三冠を達成した馬は、エリザベス女王杯が三冠最終戦だった時代も含め全て6~8枠に入っており、過去10年内でオークスと秋華賞の2冠を制したミッキークイーンとメイショウマンボも、秋華賞は8枠だった。言い換えれば、春のクラシックの勝ち馬、特にオークスを勝った馬が外枠に入りなおかつ差し馬であれば、元々の能力の高さもありごちゃつく心配もないため、秋華賞ではかなり信頼できるといえる。次に京都競馬場で秋華賞が行われるのは3年後だが、改修後もこの傾向はおそらく変わらないように思う。
また、レース当日や前日の馬場状態をしっかり把握しておくことの重要性も改めて思い知らされる結果となった。思えば、2019年の秋華賞も時計のかかる馬場だったが、勝ったのはバリバリのヨーロッパ血統で凱旋門賞馬バゴを父に持つクロノジェネシス、2着は上述したようにマジックキャッスルとほぼ同じ背景を持つカレンブーケドールだった。その後クロノジェネシスは、道悪で行われた2020年の京都記念と宝塚記念を快勝し、カレンブーケドールも同様に道悪で行われた2019年のジャパンカップ、2020年の京都記念で共に2着に入った。
近年は、異常気象のせいか、道悪でレースが行われることが以前に比べて多くなってきたような印象も受ける。今後も道悪の芝の重賞では、ヨーロッパ系の血を持つ馬やノーザンファーム生産以外のディープインパクト産駒、ノーザンファーム生産のディープインパクト産駒であれば、母系にヨーロッパの血を持つ馬が穴を出すケースがあることを覚えておきたい。
最後に、当週は雨の日が多く、季節が一気に進んだかのように気温もぐっと下がって冷え込み、ともすれば気分が塞ぎ込んでしまいそうな日が続いたが、中央競馬でも制限付きではあるが、10月10日から観客が競馬場に入場しての開催が再開された。
そんな中、秋華賞ではデアリングタクトが1着でゴール板を駆け抜ける直前から、自然とその快挙を祝福するような大きな大きな拍手が沸き起こったのが、テレビの画面越しからもうかがい知ることができた。
それは、レース前から秋晴れとなっていた空模様も相まって、コロナ渦を吹き飛ばすような美しくも感動的な光景だった。どの馬が勝っても、同様の光景をこの先の菊花賞や天皇賞でも見たいものである。