[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]Fix You(シーズン1-34)

僕はダートムーアの23を売る方向で心を決めました。それは脚元に不安があって、自分で走らせるのはリスクが高いからではなく、正直に言うと、これ以上の馬を抱えきれないからです。当たり前の話ですが、生産した馬を売らないで自分で走らせていくと、所有馬は倍々ゲームで増えていきます。さらに現役を走り終わった牝馬が戻ってきて、繁殖牝馬として子どもを産み始めると、指数関数的に増えていきます。

全ての馬が天寿を全うするまで養うとすれば、10年後には果たして何頭分の引退馬の預託費を払わなければならない計算になるのでしょうか。繁殖牝馬を2頭持ってからまだ3年目にもかかわらず、出血が止まらなくてヒイヒイ言っているのですから、僕の甲斐性を考えると、売れる馬は手放していくべきです。

上手さんの言うように、これからも冬山に登らなければならない以上、少しでも身軽にしておかなければ、生きて帰れなくなってしまうのは目に見えています。今回、いちばん当てにしていたダートムーアの23がセレクションセールで主取りになったことで、僕の計算は大きく狂い、生きて戻れるかどうかの心配をしなければならなくなったのです。

僕が会社を立ち上げ、税金を払った後に残った僅かな利益を10年にわたって貯めてきて、それらの大半を生産事業に投資し、もしかすると溶かしてしまうかもしれません。今の教育事業だけでは限界が見えてしまったので、お金を寝かしておくよりはサラブレッドの生産事業に投資しようと試みたのですが、当初考えていた以上に出費が多く、回収もままならないことで、このような事態に発展してしまいました。

僕が勝手にリスクを背負ってやったことですが、会社のスタッフの皆には申し訳ない気持ちです。もちろん、まだ試合が終了したわけではなく、僕が単に弱気になっているだけなのかもしれませんが、思わぬ冬山に足を踏み入れてしまったのは確かです。せめてプラスマイナスゼロにして下山したい気持ちもありますが、それが難しければこれ以上傷口を拡げないことも大切です。片手と片足を失ってでも、生きて帰還することさえできれば、またやり直せるかもしれませんから。

出血を食い止めるためには、とにかくダートムーアの23を買ってもらうことから始めなければいけません。売ると決めた以上、手術をして売るか、それとも手術をせずにそのまま売るかの2択です。最終的には、ダートムーアの23を預かってもらっているNO,9ホーストレーニングメソドの木村さんに相談して決めようと考え、電話をしてみました。

「売る方向で進めたいのですが、手術をして綺麗な状態にしてオータムセールに持って行くか、手術をせずにセプテンバーセールに向かうか迷っています。セプテンバーセールに向かうのであれば、明日が締め切りなのですぐに決断しなければいけません」と伝えると、「セプテンバーセールに持って行って叩き売りするよりも、脚元の問題をなくしてから買ってもらう方が良いですよ。石川達絵さんも見に来てくれたように、見所のある馬ですから、もったいないです」と返ってきました。

このような返事が返ってくるのは分かっていたので、「それでは手術することにリスクが少ないのであれば、その方向で行きましょう」と言うと、木村さんは「分かりました。三石の先生にもう一度見てもらって、手術が難しければ様子を見るしかありませんが、手術ができるのであればそうしましょう」と僕たちは合意しました。

たしかに、骨片が飛んだままセプテンバーセールに上場し、そこでも主取りになったり、200万や300万円の値段で買い叩かれたら、目も当てられません。今はとにかく売って手放したいという気持ちになっていますが、僕にとっては待ちに待った初めての生産馬であり、宝物のような存在です。この世に生まれて来られなかった全兄の分の生も背負っている馬なのです。高ければ良いということではありませんが、脚元をきちんと治して、大切にしてくれる人に適正な値段で譲りたいと願います。

あくまでも机上の計算ですが、手術費30万円プラス10月までのコンサイナー費用の約70万円、計100万円をかけてでも、改善された状態でオータムセールに臨み、せめて500万円以上で売りたいものです。それでも売れなければ、最終的には自分で走らせればよいのです。生産者にとって、自分で走らせるのは最後の最後の選択肢なのです。

When you try your best, but you don't succeed
全力を尽くしても、うまくいかないとき
When you get what you want, but not what you need
欲しいものを手に入れたけど、必要ではなかったとき
When you feel so tired, but you can't sleep
疲れているけど、眠れないとき
Stuck in reverse
悲観的になってしまうよね
And the tears come streaming down your face
涙が頬を流れていって
When you lose something you can't replace
他には代えがたいものを失ってしまったとき
When you love someone, but it goes to waste
誰かを愛しても、無駄になってしまったとき
Could it be worse?
もう最悪だよね?

Lights will guide you home
光が君を行くべき場所へと導く
And ignite your bones
魂に明かりを灯して
And I will try to fix you
僕が君を元どおりに治すよ

──Coldplay - 「Fix You」より引用

(次回へ続く→)

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