
番組改編で迎える夏が、胸を刺激する
2025年、中央競馬の番組表が大きく変更。特にベテラン競馬ファンからは、その変化に戸惑う声もあがった。筆者もまた、その一人である。その中でも10月中旬にエリザベス女王杯の前哨戦として東京競馬場で行われていた「府中牝馬ステークス」が、開催時期を6月末へと移すことになったのは胸を刺激する出来事である。それに伴い、同時期に阪神競馬場で行われていた「マーメイドステークス」は廃止され、夏の牝馬のハンデ戦という異彩を放つレース条件は府中牝馬Sに引き継がれることとなった。なお、秋の府中で行われるエリザベス女王杯の前哨戦としては、アイルランドトロフィーとして施行される。
末脚魅惑のディアデラマドレ
さて、番組の変更というきっかけで2つのレースが思わぬ形で縁を持つことになったわけだが、実はこの両レースを同一年に制した唯一の馬がいる。それが2014年にマーメイドSと府中牝馬Sを「魅惑の末脚」で制したディアデラマドレ(鞍上・藤岡康太騎手)である。

ディアデラマドレは、母に重賞を3勝したディアデラノビアを持つ良血馬として注目され、母と同じ名門・角居勝彦厩舎に入厩した。2歳の9月に迎えたデビュー戦では単勝オッズ1.6倍の圧倒的な支持を集め、福永祐一騎手の手綱で危なげなく勝利。暮れの2歳女王や翌年の牝馬クラシック制覇が当然のように期待されたが、無念の休養を余儀なくされた。
翌年はオークストライアルのスイートピーSから復帰するも、結果は凡走。その後夏の小倉で2戦を走るも奮わず、2勝目を挙げたのはデビューから一年後の9月だった。実はこのときが初めてその後の主戦騎手となり、引退まで乗り続ける藤岡康太騎手との出会いだった。その翌月には1000万クラスの堀川特別も勝利すると、なんと格上挑戦でエリザベス女王杯に挑戦。結果は9着だったが0.6差と健闘し素質の片鱗を見せた。しかしその後に再び骨折が発覚し、またしても休養を余儀なくされることとなった。
溢れる才能がたわわになったら
復帰レースとなったのは自己条件(1600万クラス)のパールSだったが、ここでは2着と惜しい競馬だったが約半年ぶりの実戦を考慮すれば上々な滑り出しだった。
そして次走マーメイドSでついにその才能が果実のように実り、「たわわ」になった。
ハンデ戦ということでオッズ上は混戦ムードであったが、中山牝馬S、愛知杯を制したフーラブライドやオークスで3着の経験があるアイスフォーリスなど、実績馬が揃った中でディアデラマドレは1番人気に推された。
軽量ハンデの馬が逃げる「らしい」展開となったが、ペースはそこまで上がらずに落ち着く。ディアデラマドレと藤岡康太騎手は 中団で脚を溜め、直線でスパート。2度の故障で隠されていたその才能は休養の間にしっかりと実ったのか、強烈な末脚を炸裂させて1馬身半の完勝だった。その末脚は確かにファンを魅惑した。

宝物(ホンモノ)の脚は やれ爽快
マーメイドSを制したディアデラマドレはその勢いで札幌のクイーンSに進むも、小回り坂なしのコースはやや合わなかったのか、5着に敗れたが、そのまま秋の大舞台を目指すべくGII別定戦の府中牝馬Sへと歩を進める。
そこには2012ヴィクトリアマイルの覇者であるホエールキャプチャ、GIIの阪神牝馬Sを制していたスマートレイアーなどの強豪牝馬たちが揃っていた。ディアデラマドレは4番人気の評価だった。

直線が長い府中を意識してか、スローペースで流れた馬群は大きく動くことなく最後の直線へと向かった。
直線に向くと、内からホエールキャプチャの白い馬体が楽な手応えで先頭に立つ。残り200mを切ったあたりで外から伸びてきたのがディアデラマドレとこちらも白い馬体のスマートレイアーだった。
一番大外から伸びるスマートレイアーの脚がそのまま突き抜けるかに思えたが、藤岡康太騎手の仕掛けに応え、トップスピードに達したディアデラマドレが差し返し、マッチレースに。最後は1/2馬身差でディアデラマドレに軍配があがった。
まさに母ディアデラノビアから譲られた宝物(ホンモノ)とも言える末脚は「やれ 爽快」だった。

HOT LIMIT
2025年6月中旬に、東京都の最高気温はすでに35度を記録している。近年の猛暑は人だけでなく馬にも深刻で、JRAは競走時間帯の拡大(昼休み導入)や装鞍所集合時刻の繰り下げ、パドック周回短縮といった対策を講じている。
宝塚記念が前倒しされたことから一足早く夏競馬を迎えた気がする2025年だが、暑さの限界の中で繰り広げられるドラマもまた夏特有の熱さがある。
そんな中でも「マーメイドS」という夏らしく涼やかな響きを持つレース名は姿を消してしまうが、「府中牝馬S」という伝統的な名称を冠し、そして長い直線でデッドヒートが繰り広げられる府中へ舞台を移し、牝馬たちの熱戦は燃え続ける。
たわわな才能から繰り出される魅惑の末脚で「マーメイドS」と「府中牝馬S」を制したディアデラマドレ、そしてそれを引き出した藤岡康太騎手は若くしてこの世を去ってしまった。しかし、毎年初夏の府中で「府中牝馬S」が訪れるたび前身のレースである「マーメイドS」を思い出すことがあるだろう。そんな時には、ディアデラマドレと藤岡康太騎手が駆け抜けた2014年の熱い初夏と秋を思い返し、その物語を語り継ぎたい。

写真:しんや