29年後の現在地。フォーエバーヤングの快挙
Forever Young (5), ridden by jockey Ryusei Sakai, wins the Longines Breeders’ Cup Classic on Breeders’ Cup Championship Saturday at Del Mar Thoroughbred Club in Del Mar, California on November 1, 2025. Casey Laughter and Scott Serio/Eclipse Sportswire/Breeders Cup

日本時間の2025年11月2日午前7時25分。

第42回ブリーダーズカップクラシックのゲートが開いた。前年の勝ち馬シエラレオーネ、2着フィアースネス、そして3着だったフォーエバーヤングの3頭がそろい、再戦ムードのなか、スタートは切られた。フォーエバーヤングは五分のスタートから先行態勢をとる。すぐ内にいるフィアースネスの外にびっしり併せにいく。1コーナー手前を上空から撮影した映像には絶対に外に出させないという坂井瑠星騎手の強固な意思を感じる。シエラレオーネの陣営が用意したラビット・コントラリーシンキングは戦前の予想ほど飛ばさない。アメリカのラビットはもっとド派手にかますのかと思われたが、意外と静かに立ち上がっていく。向正面半ばではフォーエバーヤングはコントラリーシンキングに並ぶ形になる。この時点でペースが速くないことを察した。そして、3、4コーナーで先頭に躍り出る。

フォーエバーヤング、先頭。

ブリーダーズカップクラシックの4コーナーを日本調教馬が先頭で回ったきた。米国GⅠ4勝フィアースネス、前年チャンピオンの同3勝シエラレオーネを従えて…。

イギリスから持ち込まれた日本の競馬は芝コースで行われる競馬を主流に歴史を刻んでいった。芝で培ったスタイルは折り合いと末脚比べのヨーロッパの流儀がど真ん中にある。その目指す頂きはフランスの凱旋門賞。1969年にスピードシンボリが挑戦してから、ずっと夢は凱旋門賞だとファンも刷り込まれてきた。一方で施行レース数で遥か上をいくのがダート。スタートから位置を求め、最後まで粘り通す。前半で我慢する芝に対し、最後に我慢するダート。同じく極限状態での我慢でもニュアンスが違う。そんなダートの本場アメリカは我慢のレベルが違う。その事実を突きつけられたのが1996年ブリーダーズカップクラシックだった。挑戦したのは藤沢和雄厩舎のタイキブリザード。芝のGⅡウイナーでGⅠ2着安田記念2着3回という実績の持ち主はカナダのウッドバイン競馬場へ飛び、アメリカ最高峰に挑んだ。結果は最下位。最後方で動けず、勝ち馬からは26馬身以上も離されて終わった。

この惨敗で日本のファンは思い知った。アメリカのダートは日本とは砂質も違い、そもそもレースのスタイルがまったく違う。時計も速すぎる。これは別物だと。先駆者タイキブリザードは翌年も挑戦し、6着と前年より着順を上げたが、着差は23馬身以上。その果敢なるチャレンジに敬意を表す一方、アメリカ競馬との隔たりを感じざるを得なかった。このとき、日本のファンはアメリカ競馬を異文化とみるようになった。

この間、ヨーロッパで日本調教馬が結果を出すようになり、凱旋門賞ではエルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴルと2着に入る馬があらわれた。凱旋門賞はもうすぐそこだ。夢は間もなく現実になる。だが、そんな現実は一向にやってこない。同じ芝でも自然地形をいかしたヨーロッパの競馬場はコースそのものが違う。競技が違うのではないかという声すら出て、やはり異文化と考える風潮も流れはじめた。

その揺り戻しだろうか。だったら整地トラックで実施するアメリカ競馬が合うのではないか。そんな声に押されるように再びブリーダーズカップに挑戦する陣営が出てきた。そして、2021年芝のフィリー&メアターフをラヴズオンリーユーが快勝し、さらにダートでマルシュロレーヌがディスタフを勝ち、歴史は大きく動いた。どちらも矢作芳人厩舎。フォーエバーヤングへ続く道はこの年、開けた。

デビューから5戦無敗で中東のダービーを2勝し、乗り込んだケンタッキーダービーは3着。ブリーダーズカップクラシック挑戦、いや、勝利はこの時点でかなり近づいた。だが、その年の秋はまたも3着。ブリーダーズカップクラシックの3着はタイキブリザードの敗戦を思えば、とんでもない進化であり、大健闘だったのは間違いないが、どこか手放しで喜べない部分もあった。それこそがフォーエバーヤングが抱かせてくれた「勝てる」という確信だった。とはいえ、凱旋門賞も「勝てる」と思い続けて、届いていない。世界の矢作が翌年のデルマーに向けて用意周到、計画を立て、それを実行に移してくれると信じていても、どこかに現実はそう甘くはないという部分も残った。競馬はいくら筋書きを描いたとて、実現することはほぼない。長く付き合えば合うほど、そんな気持ちは強くなる。だが、それでも信じるのも競馬。信じなければ、現実はやってこない。

あらゆる気持ちを振り払い、私は祈るようにデルマー競馬場での雄姿を映すテレビ画面を見つめていた。

4コーナー先頭はフォーエバーヤング。初手で内に押し込めたフィアースネスも闘志を全面に出し、追いかけてくる。最終コーナーで外から追撃態勢に入ったシエラレオーネが自慢の末脚を爆発させた。だが、フォーエバーヤングは止まらない。先行し、直線先頭で粘り通す。心臓の強さが勝負を分ける。これぞアメリカ競馬というスタイルを日本調教馬が貫いていく。それもブリーダーズカップクラシックで。

「頼む」

そうつぶやいた。シエラレオーネが一完歩ごとに差を詰めてきたからだ。もうそこまで夢は現実になりかけている。だが、その瞬間に夢が消えていく。そんな現実も何度となく突きつけられてきた。だからこそ、願うしかない。信じるよりほかにない。日曜日の早朝、日本中の競馬ファンが祈りをささげた。私もそんな一人だった。

そして、フォーエバーヤングはシエラレオーネを抑え込み、ゴール板を通過した。とうとう夢は現実となった。途端に軽い眩暈が襲ってきた。どうやらいつの間にか息を止めていたようだ。これほどまで力を入れて競馬を観戦したのはいつ以来だろうか。記憶がおぼつかない。だが、朝から血圧が上がったことで、新たな歴史の扉を開いた今日という一日を晴れやかに過ごせるような気がする。

かつて異文化といわれたアメリカ競馬。その頂点を競うレースでこれぞアメリカンスタイルというレース振りをみせ、勝ち切った。29年前を思えば、信じられない。「いや、ダートは無理でしょ」もうそんな言葉を発することはできなくなり、たとえ異文化であっても、乗り越えられることを知った。信じ続けることで叶えた夢の結晶は、我々の競馬観をまたひとつ大きく変えてくれた。積み重ねてきた信念の数だけ、前に進むことができる。フォーエバーヤングと矢作厩舎はそれを証明した。その証言者になれたことを誇りに思おう。

写真:Racing TV

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