挑戦者の記憶と、継承者への旅路。トウシンマカオの引退に寄せて

 2025年11月23日のマイルチャンピオンシップをラストランとして、トウシンマカオの現役引退が発表された。大好きな馬だっただけに、まだまだ競馬場でその走りを見たかったが、アロースタッドで種牡馬入りするというニュースを見て心の中で拍手を贈っている。トウシンマカオの引退は、単なる一頭の競走馬の幕引きではなく、日本競馬の血統史に新たな章を刻む瞬間でもある。彼が種牡馬として未来へ歩み出すことは、過去の名馬たちの系譜を次代へと繋ぐ祝福の物語だと思う。

 2019年に新ひだか町の服部牧場で生まれたトウシンマカオは、2021年の夏の終わり、新潟の新馬戦(1600m)でデビューした。ルメール騎乗の圧倒的な1番人気馬の追い込みを封じ込め、2馬身1/2差で優勝。トウシンマカオの蹄跡26戦8勝中、唯一のマイル戦勝利である。その後、京王杯2歳ステークス2着、クロッカスステークス優勝など2歳時からオープン戦で活躍したが、マイル戦では朝日杯フューチュリティステークス6着、NHKマイルカップ8着と、彼の良さを見せることは出来なかった。

 トウシンマカオがその才能を開花させたのは、3歳秋にスプリント路線へ転じてからのこと。1200m戦に転じると、瞬発力と持続力を兼ね備えた走りで一気に頭角を現す。3歳秋の京阪杯で重賞初制覇を果たし、翌年も同レースを連覇。ここでトウシンマカオの「短距離王者候補」としての地位が固まって行った。

 トウシンマカオが本格化したのは、5歳になった2024年になってからである。京阪杯連覇後、休養に入ったトウシンマカオは、始動戦に3月のオーシャンステークスを選ぶ。前日までの雨で、稍重となった中山の馬場。横山武史騎手を背に、直線入口で先頭集団に取りつくと、坂の頂上で弾けるように先頭に立つ。1分8秒0、3F34.2秒で重賞2連勝を飾った。5歳になって制覇したオーシャンステークスは、トウシンマカオが最も彼らしさを発揮したベストレースといえるだろう。

 続く高松宮記念は、雨の重馬場で差し脚を活かせず6着に敗れたものの、秋初戦のセントウルステークスでは、ママコチャを抑えて勝利。スプリンターズステークスへの期待を大きく膨らませた。

 そして、スプリンターズステークス。7番手のポジションから直線で内を突くと、馬群を縫って先に抜け出したルガルに襲いかかる。最内を急伸する栗毛のトウシンマカオ。初GⅠ制覇のかかった西村騎手を背に、逃げ込みを図る青鹿毛のルガル。その差は瞬く間に縮まり、馬体が合っていく。更に大外からナムラクレアが強襲し二頭に迫るが、ルガルがクビ差残してゴールに飛び込んだ。上がり3Fのタイムはルガルが34秒2、トウシンマカオが33秒5。トウシンマカオは、敗れてなお「勝ち馬以上に記憶に残る走り」と評された。

 6歳時もトウシンマカオは現役を続行し、1400mのGⅡ重賞・京王杯スプリングカップをレコード勝ち。スプリントだけでなく距離への柔軟性を示し、彼に流れる血統の奥深さを証明する。秋はスプリンターズステークス10着、マイルチャンピオンシップ11着と振るわなかったものの、通算26戦8勝、重賞5勝という輝かしい蹄跡を残し、現役生活にピリオドを打った。

                   

 種牡馬となるトウシンマカオは、日本の「競馬の系譜」を血に宿した馬であり、日本の競馬史を彩った「名馬たちの結晶」ともいえる血脈を抱えている。

 トウシンマカオの父は高松宮記念優勝のビッグアーサー、祖父がスプリント王サクラバクシンオー、さらにサクラユタカオー、テスコボーイと遡れる。また母系には日本ダービー馬スペシャルウィークが息づき、サンデーサイレンスの血も流れ、まさに日本のスピード血統とクラシック血統の融合体である。そして5代血統表には、マルゼンスキー、ノーザンテーストの名も刻まれ、トウシンマカオは「日本競馬の縮図」と呼ぶにふさわしい存在かもしれない。

 種牡馬となるトウシンマカオは、単なる「後継者」ではなく、日本競馬の血統を継承しつつ、次世代の競馬に新しい風を吹き込む可能性を秘めている。スピードだけでなく勝負根性と適応力を兼ね備えた子供たちが、日高の地から登場するのを楽しみに待ちたい。

トウシンマカオが走った時間と数々の名シーンは、我々ファンの記憶に刻まれ、これからは父として、血統の物語を紡いでいく役割を担う。「日本の名馬たちの血を抱きしめ、未来へと繋げていく」――その姿こそ、競馬が持つ永遠のロマンである。そして彼の物語は、これからも続いていくはずだ。


トウシンマカオの引退が発表された日、マイルチャンピオンシップ観戦時に着ていたジャケットのポケットから、1枚の馬券が出てきた。

締め切り間際、最後に購入した馬券。そこにはトウシンマカオの単勝と、トウシンマカオからの馬連流しが刻まれていた。その時はラストランであることを知ることもなく、パドックでの西日に映える栗毛の毛艶と力強い歩様を思い出し、マークシートを塗った追加の馬券である。

レース終了後、捨てることなく、ポケットに紛れ込んだままになっていたトウシンマカオの馬券を手にしていると、一抹の寂しさがこみ上げてくる。

「もう、あいつの馬券を買うことは無いんだなぁ…」

トウシンマカオの美しい栗毛の馬体が、心の中で甦った。

   

今、トウシンマカオの最後の馬券は、私のシステム手帳のポケットの中で静かに眠っている。

Photo by I.Natsume

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